38 小さな支持者
「わぁ! シャンテル王女様だっ!!」
「シャンテル様ぁ!」
孤児院に久しぶりに顔を出したシャンテルに、子どもたちが駆け寄ってくる。
護衛騎士として一歩前に出たエドマンドに「良いの」と答えて、シャンテルは飛び出してくる子どもたちを受け止めた。
トビーは目の前で慕われているシャンテルの姿を見て、自分の知っているシャンテル王女の印象と随分違うと感じていた。
今まで両親や街の大人たちが話していた野蛮で傲慢な王女の姿は何処にもない。数時間前に目の前に現れた彼女は、貧民や行く当てのない子どもに手を差しのべる優しい王女だった。
『シャンテル王女はジョアンヌ王女を虐めている傲慢で野蛮な王女よ』
『ジョアンヌ王女に仕事を押し付けているんですって』
『ジョアンヌ様が可愛そうだな』
『妹を虐めて好き勝手しているんだ。金遣いも相当なもんだろう』
そんな言葉を聞いてきたのに、そのどれもが嘘に思えた。何より、ここに来るまでトビーの話を聞いてくれた彼女は“ルベリオ王国が大切だから自分たちのような孤児に構う”と言っていた。そんな人が妹のジョアンヌ王女に仕事を押し付けたり、ジョアンヌ王女を虐めたりするだろうか?
「どうだ? トビー。お前はまだシャンテルがギルシア王国の血を引く傲慢で野蛮な王女だと思うか?」
ここに来るまでの間、トビーが怖い人だと思っていたアルツールが落ち着いた声で問いかけてくる。トビーはシャンテルの姿を目で追いながら「ううん」と、首を横に振った。
「少なくともみんなに悪く言われるような悪い王女様じゃないと思う」
側でその答えを聞いていたアルツールとエドマンドは、満足そうにトビーの頭をわしゃわしゃと撫でたのだった。
◆◆◆◆◆
「シャンテル様、よくお越しくださいました!」
孤児の院長はシャンテルたち視察団一行を歓迎してくれた。
予定より数時間遅れての到着だったが、街を出発するときに先に騎士を一人送っていたため、事前に連絡も通っており、シャンテルたちは施設内をスムーズに回ることができた。
何処に顔を出しても、シャンテルは子どもたちから笑顔で迎えられる。その姿に貴族たちとの反応とは大違いだと、エドマンドもアルツールも顔には出さなかったが多少驚いた。
この施設にいる子どもたちの1/3はシャンテルたち第二騎士団が連れてきた子だった。シャンテルが視察で年に1~2回はこの施設を訪れるため、中にはシャンテルに懐いている子もいる。
一通り子どもたちと触れあった後、シャンテルは院長と話をする。勿論、話し合いの場にエドマンドとアルツールは参加させられない。シャンテルはカールと官僚を連れて話の場に参加し、2人には部屋の外で待ってもらった。
院長との話の中で、運営状況の確認で資料に目を通したり、先程街を見てきて感じた孤児を減らすための対策や孤児院が最近困っていることなどを聞き取り、話し合って意見も出し合った。
一通りの話が終了し、シャンテルが部屋から出るとアルツールとエドマンドは子どもたちに遊ばれていた。
胡散臭い笑顔ではあるものの、愛想良く相手をするエドマンドと、仏頂面で腕を組んだ状態ではあるが、座ったまま肩車をさせられているアルツール。
一国の王子と皇子がされるがままだったのは、シャンテルにとって物凄く意外なことだった。不満そうではあるものの、子どもたちの相手をする2人の姿がシャンテルには新鮮に見えた。
孤児院を出発するため、シャンテルが子どもたちとお別れをしていると「シャンテル王女!」と呼び止める声がした。
シャンテルがそちらに視線を向けると、入所の手続きを一通り終えたトビーたちが駆け出して来る。
「もう行っちゃうのか?」
「えぇ。次の予定があるの」
頷くとトビーが寂しそうに視線を下げる。
「俺、シャンテル王女に失礼なことばっかり言っちゃった。……ごめんなさい」
街で会ったときは反抗していたトビーが謝ってくれた。そのことにシャンテルは少し驚いた。
「いいのよ。私はトビーに身分を隠して話していたんだから」
そっと笑いかけると、トビーは落ち着かないように目を泳がせる。
「俺、王族はあんまり好きじゃない」
トビーは「けど……」と呟いて視線を上げると、真っ直ぐにシャンテルを見た。
「シャンテル王女は好きだ! だから、俺は本当のシャンテルをルベリオ王国のみんなに知って欲しい!!」
「本当の私……?」
「そうだよ! 傲慢で野蛮なんかじゃない!! 本当のシャンテルはいい王女様だもん!! シャンテルなら、将来ルベリオ王国のいい王様になれるよ!!」
「っ!!」
ドクンッとシャンテルの心臓が音を立てる。
『次の王にふさわしいのは姉上です』
ふと、レオに会いに行ったときに言われた言葉がシャンテルの耳元に甦る。
弟以外に、私が王にふさわしいと言ってくれる人がいるなんて……
「私もシャンテル様好き!」
「シャンテル様は王様になるの?」
「シャンテル様はいい王女様だよ!」
「頑張って!!」
その場にいた他の子たちが口々にシャンテルに暖かい言葉を投げ掛ける。ぶわぁっとシャンテルは自身の身体に血が巡っていく感覚を強く感じた。
「みんな……」
シャンテルはルベリオ王国の誰も、自分をを女王に望んでいないと思っていた。
シャンテルには後ろ楯がない。だから、誰もシャンテルが王になることを望んでいないのだと諦めていた。だけど今日、小さな味方が沢山いることに気付かされた。
この子たちの期待に、答えたい。
ルベリオ王国の未来を私の手で守りたい。
そんな気持ちがシャンテルの心に小さな波紋のように広がって、やがて大きなうねりになっていく。
「ありがとう。……みんなが応援してくれるなら私、頑張るわ」
目頭が熱くなるのを感じながらシャンテルはにこりと笑顔を見せて孤児院を後にした。
その後、シャンテルは再びエドマンドとアルツールと共に馬車に揺られる。
王都の視察はまだ1箇所残っているが、それは帰りの道中で寄ることになっていた。ここからは夕方まで馬車を走らせて次の目的地へと向かう、少し長めの道のりだった。
シャンテルは窓の外を眺めながら、孤児院の子どもたちから言われた言葉を何度も頭の中でリピートしていた。そして物事を整理していく。
エドマンドもアルツールもシャンテルが孤児院で、何か心境の変化を感じたと分かっているようだった。だから城を出発した時のように言い合いもしなければ、シャンテルに話しかけようともしない。
ありがたい環境の中、シャンテルは考える。
お父様は次の王を誰にするのかまだ明言されていない。
今のところシャンテルかジョアンヌの中から選ぶわけだが、シャンテルには後ろ楯がない。それに比べてジョアンヌにはバーバラの実家であるベオ侯爵とその派閥が付いている。
だけど、ジョアンヌにこの国は任せられないとシャンテルは思っていた。満足に視察もこなせない上に、自分に割り振られた公務をシャンテルに押し付けるのだ。そのような無責任な態度や行いで王など勤まるわけがない。
とはいえ、シャンテル自身もきちんと王の役目を果たせるかには不安がある。それでも、トビーとレオの言葉が何度も繰り返し思い出されては、その度にシャンテルの背中を押してくる。
『傲慢で野蛮なんかじゃない!! 本当のシャンテルはいい王女様だもん!! シャンテルなら、将来ルベリオ王国のいい王様になれるよ!!」』
『今までルベリオ王国を支えてきたのは姉上です。姉上だって赤い瞳の持ち主なんですから、次の王にふさわしいのは姉上です』
シャンテルを応援してくれる味方は限りなく少ない。それでもシャンテルをルベリオ王国の王に望んでくれる人は確実にいると分かった。
────決めたわ。
私が次のルベリオ王国の王になる。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
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さて、シャンテルがルベリオ王国の次の王になると決意したところを一つの区切りとし、1章としまして纏めました。これにて1章を完結とさせていただきます。
書き始めた当初はもっと早く、シャンテルには王になる決意をしてもらう筈でした。でも、書いている内にアルツールやエドマンドたち婚約者候補の皆さんが色々と動き回ってくれたお陰で、ここまで時間が掛かりました!
2章は少しお時間を頂いてから更新していきます。
※現時点でストックは数話分ありますので、ご安心を。
それでは2章開始までお待ちください。




