30 合わせただけです
やっぱり手持ちのドレスから選ぶわ!!
そう宣言したシャンテルの言葉はサリーによって即却下された。
「姫様! 良いですか!!」
シャンテルに詰め寄ったサリーは、いつになく真剣で怖い顔をしていた。
シャンテルの持っているドレスは王女とだけあって、簡素な作りでもそれなりに高級な生地が使われている。
公務をこなすために、元々動きやすい服を好むシャンテル。そして騎士団の訓練がある日は朝から一日中訓練服で過ごす、なんてこともあった。
王女として煌びやかなドレスも持ち合わせてはいるが、お茶会や夜会に呼ばれる機会が少ないため、手持ちの数が極端に少ない。
それにルベリオ王国は現在、民に高い税を課して国費を賄い、国防費に当てているのだ。シャンテルが手持ちのドレスを増やさないのは、必要以上の贅沢はしたくないという意図も含まれていた。
「お二人から贈られたドレスは、間違いなく姫様の手持ちの中で一番華やかなドレスです! どちらかのドレスを身に付けて、ジョアンヌ様や貴族のご令嬢たちに身なりに関して文句の付け所がないお姿を見せつけてやりましょう!!」
力の籠ったサリーの瞳、そして彼女の熱い想いと勢いにシャンテルは思わず一歩後ずさった。
そして、側でサリーの言葉を聞いていたアンナとエリーにまで彼女の想いは伝染し、火が着いたらしい。
「明日は気合いを入れて姫様の準備を致しますわ!!」
二人の侍女がムンッと腕捲りをして、凛々しい顔つきでシャンテルを見ている。
侍女といえど、彼女たちも貴族のご令嬢だ。城に使えているにしては、少々抜けているところもあるが、女の戦いだと理解して燃えているようだった。
◆◆◆◆◆
翌朝。いつもより少し遅れて自室から出てきたシャンテル。出迎えたエドマンドは彼女の姿に一瞬目を見張ったあと、ニッと口の端しを持ち上げた。
「シャンテル王女、今日のドレスは一段と良く似合っていますね」
そっと、エドマンドがシャンテルの手を掬うと手の甲に口付けた。
いつもとは違う朝の出迎え方に、シャンテルはドキッとする。
「か、勘違いしないでください。今日のお茶会はエドマンド皇子と行くことになるだろうから、合わせただけです」
早口で告げるとフイッと視線を逸らす。
「それは光栄だ」
なんとも言いがたい恥ずかしい気持ちを隠すように、「行きましょう」とシャンテルは言葉を発する。それに頷いて差し出されたエドマンドの腕にシャンテルは手を添えて歩きだした。
朝食を終えた後、シャンテルは早速執務室へ籠った。ニックが運んできた国王とシャンテルの今日の分の書類に手を付けていると、バーバラ付きの侍女がやってきて、ジョアンヌの分の書類を置いていく。
そして昼食の時間が近付いてくると、今日もアンナが軽食を運んできた。昨日と同様にアルツールにも連絡が行っているとのこと。またエドマンドが手を回してくれたようだった。
午後にお茶会があることを考慮して、軽食の量は何時もより少なめだった。元々お茶会自体が、朝と夜の2食しか食べていなかった時代の名残だと聞く。
だから今日は昼食を抜いても良いか。と考えていたシャンテルだが、これはきちんと3食食べるように、と言うエドマンドからの伝言なのだと感じた。
その後、何とか国王とジョアンヌの書類を優先して終わらせたシャンテル。自分の分はお茶会の後で手を着けることにして、予め時間になったら執務室へ来るよう呼びつけていた侍女たちに化粧を直してもらい、髪を結ってもらう。その後、ニックの執務室へと赴き、出来上がった書類を預けた。
ジョアンヌに割り振った筈の書類をシャンテルが持ってきたことで、「ジョアンヌ様はまたですか……」とニックのため息が聞こえたが、シャンテルは聞こえていないふりをした。
そして、シャンテルはエドマンドのエスコートを受けながらその足でお茶会が開かれる会場へ向かう
。集合時間ギリギリではあるが、何とか間に合いそうで内心ホッとした。
「エドマンド皇子、この二日間、私の昼食の心配をしていただき、ありがとうございました」
廊下を歩きながらシャンテルは感謝を述べる。
シャンテルたちの後ろには、カールと侍女のサリーも着いてきていた。
「大したことはしていない」
「ですが、結果的に助かりました」
普段からシャンテルは昼食を広間で摂ったり、希に時間がなくて抜くことがあったりとマチマチだった。
予め予定が分かっていれば、最初から執務室に運ぶよう使用人に伝えることもあったが、書類仕事は内容によって長引くことが殆どだったので、昼食を諦めることが多かった。だったら最初から軽食を用意してもらえば良いのだが、そこは出来れば暖かいものが食べたい! という欲が踏ん切りが付かない理由だった。
「未来の妻にひもじい思いをさせるわけにはいかないと思っただけだ」
「っ!? 妻!?」
シャンテルが驚きの声を上げるが、エドマンドは構わず続ける。
「それに、栄養を摂ることは大切だ。しっかり思考を働かせる上で重要だからな」
「それは否定しませんが、エドマンド皇子の妻になると答えた覚えはありませんよ!?」
アルツールにも以前、夜会で“俺の妻”宣言されたことはある。あの時のエドマンドは、シャンテルに婚約を申し込みたいと言っていたが……
エドマンド皇子の中で、いつのに妻に格上げされたのかしら!?
ぐるぐると混乱する思考のシャンテルにエドマンドが反論する。
「何を言う、アルツール王子から贈られたドレスではなく、俺が贈ったドレスを着たと言うのは、そう言うことだろう?」
「っ!?」
アルツールからもドレスが贈られていたことが、エドマンドに知られていた。
これは、ルベリオ王国にデリア帝国の密偵がいるのかしら? いや、でも使用人に運ばせたとはいえ、ドレスをシャンテルの部屋まで運べば、それなりに目立つわ! 彼が知っていても何も不思議ではない筈よ!!
「今朝も言いましたが、私はどうせエスコートは護衛騎士のエドマンド皇子がしてくださると思って合わせただけであって、このドレスを選んだ事に他意はありません!!」
「そう言ことにしておこう」
余裕のある返事が憎らしくて、シャンテルはエスコートを受けているエドマンドの腕にキュッと力を込めた。
そんなシャンテルの小さな変化に気付いたエドマンドが、ちらりとシャンテルを盗み見る。口にはしないもののむぅぅっと、しかめっ面をする姿に小さく笑みを溢した。
そうこうしていると、お茶会の会場である中庭が近付いてきて、ご令嬢やご婦人方の談笑する声が聞こえてきた。
それを合図にシャンテルは気を引き締めるのだった。
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まだ花粉症に悩まされている私(恐らくピークは越えましたが、イネ科もダメなので暫くかかります( ;∀;))ですが、最近たまたま時間が取れているため、少しだけ更新頻度アップ中です。
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