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シャンテル王女は捨てられない〜虐げられてきた王女はルベリオ王国のために奔走する〜  作者: 大月 津美姫
1章

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3 各国の思惑

「シャンテル様、昨日から各国より着々と国賓の方々が到着されています」


 夜会まであと5日と迫った日。朝から書類に目を通すシャンテルにニックが報告する。


「ロマーヴリフ公国より、ロマーヴリフ公爵とそのご令息、ジョセフ・S・フロスト様。そしてセオ国からはロルフ・フォン・シャッハマン第一王子とホルスト・フォン・シャッハマン第二王子です」


 そこまで告げるとニックが険しい声色になる。


「それから、ギルシア王国からはアルツール王太子殿下が夜会当日にご到着されるようです」


 予想外の人物の名前が飛び出したことで、シャンテルは「えっ!?」と書類から顔を上げる。


「アルツール王太子がいらっしゃるの!?」


 アルツール・ジェラード・ルデック。彼はシャンテルの母、ジュリエットの兄の子。つまり、ギルシア国王の子でシャンテルの従兄にあたる人物だ。


 シャンテルはまだ母が元気だった頃、4歳の時に一度だけ彼に会ったことがある。シャンテルの二つ年上のアルツールは、次期国王としてギルシアで最も期待されていた。


「ギルシア王国には王子が三人もいるのに、第一王子が来るなんて……」


 それこそ第二王子はジョアンヌと同い年だ。ギルシアが王配の座を手に入れて、ルベリオと友好な関係を築く、若しくは自国に都合が良いように扱いたいなら、夜会への参加は第二王子が適任と言えるだろう。


 シャンテルが顎に手を当てて呟くと、ニックも同じ事を思っていたようだ。


「お気をつけ下さい。きっと何か考えがあってのことです」

「そうね。……ギルシア王国はルベリオ王国を地図から消すつもりなのかもしれないわ」


 ニックが険しい声で「はい」と頷く。


 アルツールが来るということは、何か仕掛けてくる可能性が高い。外交に亀裂が入るようなことがあれば即戦争に発展、なんてこともあり得る。それ程までに両国の仲は冷めきっているのだ。


 何とも頭の痛くなる話ね。と、シャンテルはため息を零す。ニックが気を取り直して報告の続きを語り始めた。


「最後になりますが、先程デリア帝国からエドマンド・グリフィン・モラン第二皇子が到着されました」


 デリア帝国は大陸一の広さを誇る領土を治める大国だ。圧倒的な武力で周辺諸国を蹂躙してきた国で、ルベリオにとっても悩みのタネである。ギルシアですら、警戒していて簡単に手出しできない国だった。


 そんな大国に目を付けられれば、小国に過ぎないルベリオは一溜まりもない。ギルシアのアルツールよりも厄介な相手と言えた。


「エドマンド皇子に失礼のないよう、最新の注意を払って頂戴」

「勿論でございます。それで早速なのですが、エドマンド殿下よりご要望を頂いております」


 宮廷官僚として有能なニックがシャンテルにお伺いを立ててくる。つまりはニックの裁量では決め切れない案件のようだ。

 内容によってはシャンテルでも決められない可能性があるが、聞かなければ何も始まらないので「何かしら?」と尋ねる。


「エドマンド殿下がシャンテル王女とジョアンヌ王女が率いる騎士団の訓練を見学されたいそうです」


「は……?」と、シャンテルから短い戸惑いの声が漏れる。


「いやいやいや!! 駄目に決まっているじゃない!!」


 いくらデリア帝国といえど、ルベリオ王国騎士団の訓練を見学させるわけにいかない。そんな事をすれば、他国に自国の戦力や手の内を明かしているも同然だからだ。


「はい。ですので失礼のないようにお断りしましたところ、王女様方とお話されたいとのことで、お茶の席を設けて欲しいとご要望がありました」

「お話? 夜会の場では駄目なの?」


 わざわざ夜会の前に話したいだなんて、エドマンド皇子は何を考えているのか。少なくともルベリオにとって良いことでは無さそうだわ。と、シャンテルは考える。


「私にもエドマンド殿下の真意は分かりかねます」

「そもそも私はお茶会とか、そういうのは得意じゃないわ」


 白い目をするシャンテルに、ニックが「えぇ。存じ上げております」と頷く。


「ジョアンヌだけじゃ駄目なのかしら? そういうのはあの子の得意分野でしょう。それに、どうせ私は直ぐにその場をお暇することになりそうだしね」


 きっと、ジョアンヌが話の展開をそう持っていくに違いない。


「ですがエドマンド殿下は、シャンテル様とジョアンヌ様のお二人とお話しすることを希望されています」


 その一言で、ひとまずシャンテルもお茶の席に同席するしかないのだと諦める。


「仕方ないわね。明日、席を設けて貰える? ジョアンヌにも伝えて頂戴」

「畏まりました」


 ニックは恭しく一礼すると、執務室を後にする。そうして、一人になった執務室でシャンテルは考えを巡らせる。


 何かが動こうとしている。

 だとしたら、こちらにも備えが必要ね。


 そう感じて残った書類の整理を急いだ。



 ◆◆◆◆◆



 深夜。城内には多くの者が寝静まった頃を見計らうように動く幾つかの人影があった。

 隠し通路を通って、いつものように愛人の元へ通う父を密かに見届けたあと、シャンテルもそれに続いた。


 シャンテルはフードを目深に被り、父とは違う道を迷いなく進んでいく。そうして城からだいぶ離れた所で一つの邸の敷地を跨いだ。

 そこは大きな邸ではあるが、庭は少々雑草が目立ち、壁もところどころ色が剥がれている。手入れが行き届いていない邸の玄関をシャンテルはノックする。


 程なくして顔なじみの使用人が出てくると、シャンテルはフードを降ろしす。使用人はシャンテルの顔を確認すると少し目を見張った。そうして、「お入り下さい」と許可を貰うと室内に足を踏み入れた。


 使用人の後をついて、シャンテルは二階に上がる。一つの部屋の前で使用人が止まると、ドアをノックした。


「レオ様、姉君がいらしています」


「入って」と中からくぐもった声がして、使用人がドアを開けた。「失礼致します」と中に足を踏み入れた使用人に続いて、シャンテルも入出する。


「姉上、お久しぶりです」


 跪いて敬意を払う目の前の少年に、シャンテルはにこりと微笑みかける。


「レオ、久しぶりね。そう畏まらないで楽にして。私たちは姉弟なんだから」


 告げると、顔を上げた少年が立ち上がる。


 彼はレオ・リンゼイ・トルーマン。没落貴族、ムーカン男爵の御子息だ。だが、本当の名はレオ・リンゼイ・オリヴィエ。


 本来の彼はルベリオ王国の第一王子だった。シャンテルと同じ赤い瞳を持っていることが、目の前の人物の本当の地位を表していた。


「姉上、今日はどうされたんですか?」


 レオの問い掛けにシャンテルは一息ついてから話し出す。


「もう一度、レオに考えて欲しくて来たの。……ねぇ、レオ。お城で一緒に暮らしましょう?」

「それは前にもお断りしたはずです。そもそも国王陛下がお認めにならないでしょう」


 シャンテルの提案に相変わらずレオは首を横に振る。だが、今日のシャンテルはもう一段階踏み込んだ話を口にする。



「お願い。レオには将来、この国の王になって欲しいの」



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