29 究極の二択
あと少しで昼食の時間という頃、シャンテル付きの侍女の一人、アンナが食事を運んできた。
「食事を頼んだ覚えはないのだけど?」
「エドマンド皇子からこちらに運ぶように仰せつかりました」
「え? エドマンド皇子に?」
部屋の前で別れる前、公務に集中するよう言っていたエドマンドを思い出す。
「はい。公務をしながらでも食べられるよう、軽食をお持ちするようにと仰せになりました。それから、アルツール王子には姫様が本日昼食をご一緒出来ない旨、お伝え済みです」
そう言って、アンナはローテーブルの上に二人分の食事を配膳する。どうやらカールの分まで用意してくれたようだ。
食事の用意からアルツール王子への連絡まで……。エドマンド皇子がこんなに気が利くなんて……。と、シャンテルはエドマンドの存在を有り難く感じる。
「ありがとう。エドマンド皇子は今も廊下にいらっしゃる? 皇子にも昼食を取るよう伝言をお願いできるかしら?」
「ご心配には及びません。先ほどエドマンド皇子も昼食に向かわれました。現在はクレイグ様が執務室の前で待機されています」
「そうなの?」
いつもならシャンテルがアルツールと昼食を共にしている間、護衛騎士を勤めているエドマンドは、シャンテルの昼食後に自身の昼食を摂っているようだった。
だから、今日はシャンテルが訓練に入っている間の待ち時間で食事をするつもりなのだと思い込んでいたが、違うようだ。
エドマンドに感謝しながら、シャンテルはローテーブルに向かう。そして、用意されたサンドイッチに手を伸ばした。
今日は国王の書類もじっくり考えなければいけない案件が多かった。騎士団の訓練後には定例会議もある。恐らくそこで国王とアンジェラ嬢の婚儀に関する話題も上がるだろう。だからシャンテルは婚儀当日の警備について、現段階で決まっていることを纏め上げていた。
婚儀に招待する賓客もピックアップ出来たため、ニックを通して宮廷官僚の一人に資料を作成するようお願いしておいた。更に、明日のお茶会に出席するために、シャンテルに回せる書類はなるべく今日中に回すようお伝えておいた。
明日のため、今から出来る公務の根回しは全て行ったつもりだ。
お茶会のドレス選びに関してはサリーたちに任せてある。
シャンテルは会に遅れないように気を付けるつもりだ。だが、暫くすれば何時ものようにジョアンヌの巧みな言葉で居心地が悪くなって、早々に退席することになるだろう。だからドレスは王女として恥ずかしくなければ、何でも良いと侍女たちに伝えていた。
伝えていた。その筈だったのに……
「…………。サリー? これは??」
食後に残りの書類仕事を片付け終えたシャンテルが自室に戻ると、明日のお茶会用のドレスが部屋の隅に置いてあるのが目に入った。だが、いつにも増して用意されていたドレスが華やかであることに気づく。それも、見覚えのないドレスが何故か二着も用意されている。
「エドマンド皇子とアルツール王子からです」
瞬きを繰り返す主人の質問に、ニコニコと笑顔を浮かべて答えたサリー。その後ろでアンナともう一人の侍女、エリーも同じように笑顔を浮かべている。
「昼間にそれぞれの従者が使用人と共にこちらへ運びにいらっしゃいました。どちらも“是非お茶会で着用して欲しい”とのことです」
目の前にあるのは、エドマンドから贈られた淡い紫色のドレスと、アルツールから贈られた淡い青のドレスだ。
誰に教えてもらった訳ではないが、シャンテルは一目見ただけでそれぞれの贈り主が分かった。なぜなら、紫はエドマンドのアメジストの瞳の色だし、青はアルツールのコバルトブルーの瞳を連想させるからだ。
アンジェラ嬢が主賓のお茶会とあって、それぞれ色合いは控えめとなっているが、これはこれで目立つに違いない。
一体、この短期間でどうやってドレスを用意したのか謎である。それに、シャンテルのサイズが分かる筈もないし、そもそも仕立てが間に合わない。既製品とも思えないデザインに、まさか前もって作らせていたのでは? と、嘘みたいな考えがシャンテルの頭を過ってその考えを追い払う。
「だからさっき、エドマンド皇子はあんなことを……」
シャンテルの脳裏にほんの一分前程のやり取りが思い出される。
『明日は朝から茶会で着るドレスを着用するのか?』
『えぇ。途中で着替えている時間があるか分かりませんから。メイクも事前にある程度済ませておくつもりです』
エドマンドからの質問になんの疑いもなく答えたシャンテル。『そうか』と相づちを打った彼の口の端しが楽しげに持ち上がった。
『では、明日の朝の迎えを楽しみにしている』
あの言葉は、こう言う意味だったんだわ……
「困ったわ……」
シャンテルは思わずため息をつく。
独占欲の現れのような二つのドレス。どちらかを選べば、シャンテルは選んだドレスを贈った相手を意識している、もしくは婚約者にしたいと考えていると思われても仕方がない状況だ。
しかも、エドマンドに“楽しみにしている”と言われた。これでシャンテルがアルツールのドレスを選べば、早朝にエドマンドに責められた後、お茶会の席でエドマンドとアルツールが火花を散らすことになるだろう。
だからと言って、エドマンドのドレスを選んでもお茶会の席で二人が火花を散らす未来は避けられないだろうが。
「どちらも素敵なドレスですね!」
「えぇ。姫様にとっても似合いそうです!」
アンナとエリーがキラキラと瞳を輝かせている。
シャンテルは慌ててサリーを振り返った。
「サリー、今朝私があなたたちに頼んでいたドレスは!?」
途端に彼女の眉が申し訳なさそうに歪められる。
「……姫様、一応手持ちのドレスを選びはしましたが……申し訳ございません。贈っていただいたドレスがあまりにも素敵だったので、片付けてしまいました」
「なっ!?」
「ですが、姫様は何でも良いと仰っていましたよね!? 素敵なドレスが贈られて良かったではありませんか!」
パンッ! と弾けるような笑顔と共に、サリーが手を叩く。その直後に顔を真剣な表情に戻すと、こう付け足した。
「とは言え、どちらのドレスを選ぶのかが厄介ではございます」
「えぇ。その通りよ」
ムムッと眉間にシワを寄せるシャンテルとサリー。その姿に、二人の侍女が首をかしげた。
「姫様が気に入ったドレスを選ばれるのでは、いけないのですか?」
アンナの疑問に同意するようにエリーがブンブンと首を縦に振って頷く。
二人の侍女はこのドレス選びの重要性に気付いていないらしい。
デリア帝国の皇子でシャンテルの護衛騎士のエドマンドを選ぶか。それとも、ギルシア王国の王太子であり、シャンテルの従兄でもあるアルツールを選ぶのか。
選ばれた方がシャンテルの婚約者に一歩近づく。
事態はそういう問題なのだ。




