28 バーバラからの呼び出し
セオ国の王子たちと別れたシャンテルは、明後日のお茶会に出席できるよう、その日の書類を片付けていた。気は乗らないが、バーバラに参加するように言われたのだから仕方ない。
明日は騎士団の訓練もあるから、段取り良くやらなくちゃ。それから部屋に帰ったらドレスも選ばないと。
そんな考えで仕事を片付けて迎えた翌日。早朝からシャンテルの部屋にバーバラ付きの侍女がやってきた。
「朝食後、バーバラ妃殿下の部屋に来るようにとのことです」
サリーに身支度を手伝ってもらいながら、シャンテルは侍女から要件を聞く。
今日のシャンテルは、午後から騎士団の訓練を控えている。だから朝から髪をポニーテールで一つに纏めあげ、騎士団の服に着替えていた。
バーバラからの呼び出しは、ついこの間もあったばかりだ。珍しい上に、こんなに早く次の呼び出しが来るなんて……と、シャンテルは嫌な予感がしていた。
それでもいつものように、エドマンドのエスコートで朝食へ向かい。それが終わると、自身の執務室へ向かう前にバーバラの部屋に向かう。
「バーバラ妃殿下、シャンテルです」
声を掛けると扉が開いて中に通される。
「やっと来たわね」
複数のネックレスを片手に持ちながら、鏡に向って何やらアクセサリーを選んでいたらしいバーバラが態とらしく息をつく。
「そこに置いてある書類を任せるわ」
そう言って、部屋の机に置いてあった書類を指差した。すると、バーバラ付きの侍女が書類の束を持ち上げて、シャンテルに手渡す。
「妃殿下、この書類は一体?」
恐る恐る尋ねると、「ジョアンヌのよ」と返ってくる。
「あの子は今日、私が主催である明日のお茶会の手伝いで忙しいの。だから、貴女が代わりにやって頂戴」
こちらには目もくれず、淡々と告げられた内容に「えっ」と声が漏れる。
「ジョアンヌはこれからドレス選びもあるし、賓客の招待リストを覚えてもらうのに忙しいのよ。それに比べて今日の貴女はいつも通りの公務と騎士団の訓練だけなんだから、時間があるでしょう?」
つまり、ジョアンヌの公務の肩代わりをしろということ?
シャンテルがそう思っていると、「明日は明日でジョアンヌはおもてなしがあるから、明日の分もお願いね。書類は貴女の執務室まで侍女に運ばせるわ」と声がする。
「明日は早く公務を終わらせて、貴女も茶会に参加なさい。遅れてはなりませんからね」
その言葉に、昨日バーバラから言われた言葉が重なる。
つまり、これは私をお茶会に行かせない、もしくは遅刻させるための企てということ?
「分かりました」
「話は以上よ。早く出ていって頂戴」
用件が済むと、シッシッと追い払うような仕草をする。こうして、バーバラはシャンテルを視界に入れることなく退室を促した。
「それはなんだ?」
「書類ですけど?」
「そのぐらい見れば分かる。俺が聞いているのはそういうことではない」
バーバラの部屋を出た直後、部屋の外で待機していたエドマンドが、シャンテルが抱える書類の束を見つけて不機嫌に顔を歪ませた。
「何故、妃殿下の部屋から出てきたシャンテル王女が、書類の束を持っているのか、と聞いている」
「バーバラ妃殿下からジョアンヌの公務を頼まれました」
「妃殿下が?」
呟くとエドマンドがチッと舌打ちする。
「俺が執務室の前にいて部屋に入り難いから、私室へ呼び出して直接頼んだというわけか」
エドマンドの言葉に、そう言えばと思い出す。
『これからは俺がお前の執務室の前に居座るんだ。こうして部屋まで送り迎えもすれば、ジョアンヌ王女も公務を押し付け難くなるだろう』
あの言葉通り、エドマンドがシャンテルの執務室の前に居たことで効果を発揮していたのだとすると凄いことだ。だけど、他国の皇子を自国の揉め事に巻き込んで良いのかしら? と、シャンテルは複雑な気持ちになる。
「単純に私をお茶会に来させたくないか、遅れて来させるためだと思います」
「“遅れないように参加しろ”と言っていたのは妃殿下だろう」
エドマンドが指摘する。だけどシャンテルは、首を横に降った。
「皆さんの前でダメな王女を話題にしたいだけですよ」
あれは所謂、そのためのフラグなのだ。
「シャンテル王女はダメな王女ではない」
「え? ……それは、ありがとうございます……」
唐突にきっぱりと言いきられて、シャンテルは誉められた気がして照れ臭くなる。
「照れている場合ではないぞ」
その言葉にシャンテルは「うっ」と言葉を詰まる。
「そうやって、周囲からの評価を下げるのは得策とは言えない」
「仕方ありません。私は既にジョアンヌを虐げている王女として認識されているんですから」
「だとしても、だ。まだ夜会の日の答えを聞いていないが、もしシャンテル王女がルベリオ王国の女王を目指すのなら、自国の貴族たちを味方に付ける必要がある。でなければ、仮にシャンテル王女が女王になれたとしても直ぐに足元を救われるぞ」
言われて、シャンテルは気が付く。自分には後ろ楯がなければ、味方になってくれるような王侯貴族すらいないのだと。
「そうよね……」
頷くとシャンテルは目を伏せる。
ギルシアの血を引いた野蛮な王女。それがルベリオ王国で人々から向けられる、シャンテルの認識なのだ。
「城内では使用人の殆どがお前の価値も努力も知っているが、貴族の大半は違う」
「それは違います。城内でも私を王女として接してくれているのはほんの一部ですから」
シャンテルを敬ってくれているのはシャンテル付きの侍女、そして騎士団のみんなやニックを筆頭とした一部の官僚たちだけだ。
その証拠に、シャンテルはバーバラやジョアンヌの侍女からは舐められているし、専属を持たない侍女たちからは避けられている。
「……一部か」とエドマンドが呟く。
「自身を過小評価するのだな」
「? どう言うことですか?」
過小評価と言われても、シャンテルはいまいちピンとこない。
「まぁいい。とにかく、シャンテル王女は今日までの公務を終わらせることに集中してくれ」
エドマンドが告げたとき、丁度シャンテルの執務室前に到着した。




