27 急な誘い
「で? どちらの王子が欲しいもののうちの一つを手に入れるつもりをしているんだ?」
スッと視線を細めて問いかけたエドマンドの言葉に、シャンテルの頭の上には疑問が浮かぶ。
セオ国の王子たちが求めるものは、一人しか手に入れられないものなの??
シャンテルはてっきり、“国益になる何か”をセオ国”が手に入れるのだと思っていた。だが、ロルフ王子かホルスト王子のどちらかしか手に入れることができないらしい。
「それは、まだ何とも言えませんね。ですが、互いに譲る気はしていないので。成功すれば間違いなく父上もお喜びになるでしょう。ですから、欲しいものを手に入れたほうが王位に一歩近づくかと」
「お、王位……!? あの、ロルフ王子? 私に手を貸して得られるものが王位だなんて、荷が重過ぎます! 本当に一体何を望まれているんですか!?」
何やら規模が大きくなった話にシャンテルは、顔を青くして取り乱す。他国の王女であるシャンテルに手を貸すことで、セオ国の王位が決まると聞かされて落ち着いてなどいられなかった。
「シャンテル王女は何も気負う必要はありません。ただ、ご自身が思うままにお過ごし下さい」
ホルスト王子が笑いかけてくる。どうやらよく分かっていないのはシャンテルだけのようだ。
やきもきした気持ちになり、むむむっと顔を顰めそうになる。
「まさかとは思っていたが、ロルフ王子とホルスト王子がそういった理由で、ルベリオ王国の滞在を望んだとはな」
エドマンドが腕を組みながらしみじみ口にする。それから、ちらりとシャンテルに視線を送った。
「シャンテル王女、セオ国の王子たちの口車に簡単に乗るなよ」
「えっ? それは……というか、エドマンド皇子には関係ありませんよね?」
それに、貴方も夜会の日に私に似たようなこと言いましたよね!?
シャンテルに手を貸そうと持ちかけてきたのは、エドマンドも同じだ。まさか、他国の王族に似たような提案を持ちかけられるとは思ってもみなかったが、それ程ルベリオ王国の国政は他国から見てもシャンテルに頼り切っていることがバレているらしい。
その事実にシャンテルは内心焦りを感じる。
「何度も言うが、俺はシャンテル王女に求婚したいと思っているんだ。その相手が他の男に靡くかもしれないとあっては、止めるのは当然だろう」
「うっ……」
またその話題を持ち出してくるなんて!
シャンテルは言葉に詰まると同時に、頬が熱を持ったのを感じた。
「私は皆さんと公平に関わっていくつもりです。靡く靡かないと言われても、エドマンド皇子に指図されるつもりはありません」
シャンテルの回答が気にくわなかったのだろう。エドマンドが僅かに眉を寄せた。だけど、セオ国の王子たちはにこやかな表情でその様子を眺めている。
その時、部屋の外が騒がしくなる。
「妃殿下お待ちください。困ります」とカールの声が微かに聞こえたかと思うと、ガチャリと音がしてドアが開いた。
「失礼しますわ」
言葉と共に入ってきたのはバーバラだった。
「皆さま、ごきげんよう。お楽しみのところ中断させてごめんなさい。何やら楽しげな声が聞こえてきたものだから、気になってしまって」
簡単に挨拶をして、にこやかな笑みを浮かべたバーバラが室内に踏み込んでくる。
「ここにいらっしゃるセオ国とデリア帝国の皆さまをとっておきの会にご招待しようと思い、立ち寄りましたの」
「バーバラ妃殿下、お会いするのは夜会の日以来ですね」
ロルフ王子が立ち上がって会釈するとホルスト王子もそれに続く。直後にシャンテルとエドマンドも立ち上がった。
「ロルフ王子、お久しぶりですわ」
「あれ以来、こちらからご挨拶に伺うべきところを申し訳ありません」
「構いません。セオ国の王子お二人にはジョアンヌを素敵な会にお誘い頂きましたもの」
言いながらバーバラの視線がエドマンドへ向かう。その表情は笑顔のままの筈なのに、ロルフとホルストに向けていたものと比べると、冷たいように感じる。
夜会の日にジョアンヌに“興味がなくなった”と、恥をかかせたからだろうか。
バーバラがエドマンドに何か言葉をかけることはなかった。そして、彼女はシャンテルには視線を向けることすらなく、セオ国の王子たちに向き直った。
「明後日、アンジェラ嬢が陛下と婚約されたことをお祝いする為に、お茶会を開きます。ルベリオ王国の貴族令嬢を沢山招待していますから、ぜひ王子様方もご参加ください」
「ご令嬢方が楽しまれる催しに、我々が参加してよろしいのですか?」
ホルスト王子が問いかけると、バーバラが「えぇ、勿論です」と頷く。
「王子様方はルベリオ王国に婚約者候補を探しにいらっしゃっているのですから。今度のお茶会は前回の夜会の次に良い出会いの場になると思いますわ。勿論、お茶会にはジョアンヌも参加します。王子様方が参加すると聞けば、きっと喜びますわ」
バーバラは「ふふふっ」と扇子で口元を隠して上品そうに笑う。
それは明らかにデリア帝国の皇子であるエドマンドよりも、セオ国の王子を贔屓している態度だ。
その証拠にお茶会に誘ってはいるものの、エドマンドの方にはあれから視線を向けていない。それどころか、セオ国の王子達ばかりに視線を向けている。
シャンテルは緊張で体を強張らせた。
もしも、バーバラの態度が気に入らなくて、エドマンドが怒ったら、小国のルベリオは大変なことになるというのに……
ちらりとエドマンドを見るけれど、その表情にはなんの感情もなく、ただバーバラとセオ国の王子たちを見ていた。
「シャンテル」
突然、バーバラに名前を呼ばれたシャンテルは、ハッとして慌てて「は、はい!」と返事をする。
「貴方も早く公務を終わらせて、明日のお茶会に参加なさい。大切なお客様をお招きするお茶会です。遅れてはなりませんよ」
冷たく告げられた言葉。シャンテルは見下されるような視線を感じて、少しだけ背筋がゾクッとした。
口元は相変わらず扇子で隠れていて表情は読めない。だが恐らくシャンテルはお茶会に遅れず参加しても、そもそも参加しなくてもバーバラから文句を付けられるのだろうと簡単に想像がついた。
「はい、分かりました」
シャンテルは無理やり笑顔を作って返事をする。
「それでは、そろそろ失礼しますわ。アルツール王子やジョセフ公子もお誘いしておきますから、皆さま楽しみにしていてください」
「ご機嫌よう」と言葉を残してバーバラが退室した。途端に沈黙とともに気まずい空気が流れる。
「ハッ、くだらん」
そう言って、最初に沈黙を破ったのはエドマンドだった。ストンと椅子の上に体を戻して、言葉を続ける。
「大体、あの態度の違い。……気に入らない。俺が兄上だったら今頃ルベリオ王国を侵略する計画を練っていただろう」
エドマンドの言う兄上とは、デリア帝国の第一皇子を指す。第一皇子といえば、自ら軍を率いて、戦地に赴くこともあり、近年デリア帝国の領土拡大に最も貢献していると言われている。
「っ!! エドマンド皇子、バーバラ妃殿下が失礼な態度を取ってしまい、大変申し訳ありません」
“侵略”と聞いて、シャンテルは即座に頭を下げて謝罪する。
最近のエドマンドとのやり取りのせいで危機感が霞んでいたが、彼は大国の皇子なのだ。小国のルベリオ王国はデリア帝国にかかれば容易く蹂躙されるだろう。
「シャンテルが謝ることではない。気にするな」
さらりとした言葉に顔を上げる。
シャンテルの目に映るエドマンドは少々不機嫌ではあるものの怒っていないようだ。そのことにシャンテルは少し安心感を覚える。
「私たちがジョアンヌ王女をお誘いしたことで、バーバラ妃殿下に変に気に入られてしまったようですね」
ロルフ王子とホルスト王子が困った様に顔を見合わせる。
「ジョアンヌ王女がバーバラ妃殿下の子であるのも納得です」
ホルスト王子が肩を竦めた。
「少々愉快ではないこともありましたが、誘われた以上、参加するしか無いでしょう。ホルスト気を引き締めますよ」
「はい。兄上」
「腹立たしいことだが、一応俺も誘われた様だからな。特別理由が無い限り、妃殿下の誘いを断るわけにはいかないだろう」
三人は納得していないものの、それぞれ参加するようだ。だが、シャンテル自身はどうするか悩む。
お茶会に参加するのもしないのも、どちらも気が進まない思いだった。




