25 シャンテル王女のイイ人
翌日もエドマンドは何食わぬ顔で、シャンテルの部屋の前で待っていた。
昨夜のシャンテルは頬に残るエドマンドの唇の感触が中々消えず、寝付けなかったというのに。エドマンドは眠そうな顔一つしていない。
「シャンテル王女、顔を赤くされてどうしました?」
態とらしく胡散臭い笑みを浮かべながらも丁寧な口調で尋ねてくるエドマンド。彼の行いに振り回されている気がして、シャンテルは思わず睨み付ける。
「頬だけでその反応をされると、今後が楽しみだ」
「!」
何も言っていないのに指摘されて、シャンテルは昨夜と同様に頬に熱が灯る。
「っ、……もう言わないで下さい!」
昨夜のシャンテルは文字通り走って自室に逃げ帰った。
数日前のように、部屋の主の帰りを起きて待っていたサリーが、慌てて部屋に駆け込んできたシャンテルの様子に首を傾げた。だが今回はあの時とは違い、シャンテルの頬は真っ赤に染まっている。その姿を見て、サリーは何事かと驚いた。
まさか風邪!? と慌てふためくサリーを「何でもない」と言って落ち着かせるのが大変だった。「何でも無いわけがありません!!」とサリーが叫んで、シャンテルを問い詰めようとしたところで、ハッとした彼女が今度はニマニマしだした。
嫌な予感がしたシャンテルだったが、その日サリーがそれ以上問い詰めてくることはなかった。根掘り葉掘り聞かれなくてよかったと、安心する一方不気味でもある。
そんな侍女が部屋を開けるなりシャンテルを待っていたエドマンドとのやり取りを見て、昨夜と同じニマニマした笑みを見せている。
姫様にも遂に良い出会いが! でもそれが、デリア帝国の皇子殿下とは……!! だけど、あの優しい眼差し……間違いないわ!!
じぃぃんと、サリーが感動に浸る。
シャンテルは幼い頃に母を亡くし、父である国王からは関心を向けられず、継母とも言える妃からは虐げられる日々を送っていたのだ。
それを誰よりも近くで見届けてきたサリーはシャンテルが、彼女を幸せにしてくれる殿方と結ばれることを祈っていた。
城内の噂で夜会の日にエドマンドやアルツールから“求婚したい”とシャンテルが求められていたことは聞いていた。他にもセオ国やロマーヴリフ公国の王族が、シャンテルと交流を深めたがっていることをサリーはシャンテルから聞かされていた。
昨日はエドマンドとアルツールが朝食の誘いに現れたが、今日はエドマンドだけのようだ。
シャンテルのイイ人が大国の第二皇子ということには驚くばかりだ。何しろ同盟国でもなく、今も尚領土を拡大している大国の皇子だ。そんな彼に目を付けられたことは心配だった。
だが、エドマンドの表情を見ればシャンテルを大切に思っていることがよく分かった。だから、サリーは二人を応援したくなったのだ。
「姫様っ! 良かったですね!!」
何故か感動したように呟くサリー。そして、彼女の隣に並んでいる他二人の侍女もキラキラと瞳を輝かせていた。
「サリー? それから皆も。何か勘違いをしているようね?」
侍女たちの視線に気付いたシャンテル。
朝の迎えはエドマンドが勝手にやっていることで、決してシャンテルの意思ではない。そのことを伝えようと振り返ったが、腰に回された腕にクイッと体を引かれる。
突然のことに「ひゃ!?」と変な声を上げながら斜め上を見上げると、エドマンドが少し胡散臭さの抜けた笑みを浮かべていた。
強制的に体の向きを変えられ、近づいた距離に一瞬、シャンテルは身を固くする。
「さぁ、行こう」
言葉とともに腰に回された腕はするりと解かれ、代わりに手を掬われると、エドマンドがエスコートするように歩き出す。
サリーたちが部屋の前でにこにこしながら、シャンテルたちを見送る。今までエドマンドと共に、廊下で黙って待っていたカールがシャンテルたちのあとを付いてくる。
侍女たちには後でちゃんと説明しなくちゃね。
一杯いっぱいの頭で、シャンテルは侍女たちへエドマンドのことを説明する言葉を考えていた。
◆◆◆◆◆
その日の午後、シャンテルは2日ぶりにお洒落をしていた。客人をもてなすために用意された賓客室で、お茶とお茶菓子を前にセオ国の王子たちと向かい合う。
「シャンテル王女、貴女に漸くお会い出来たこと、大変嬉しく思います」
「ありがとうございますロルフ王子。それから、ホルスト王子も。まさか、エドマンド皇子を同席させてくださるとは思いませんでした。お心遣い感謝します」
スッとシャンテルは軽く会釈する。
「構いません。デリア帝国の皇子を立たせたまま我々だけで会話を楽しむのでは、こちらも落ち着きませんから」
ホルストがにこりと笑みを浮かべる。だがこれは社交辞令だ。シャンテルとの交流のために約束を取り付けたこの場に他国の皇子がいるなんて、本当は気分が悪いに決まっている。
「どうやら、気を使わせてしまった様で申し訳ないな」
シャンテルの隣に腰掛けているエドマンドが、心にもなさそうな詫びを入れる。
「いえ、気にしないで下さい」
ロルフが受け答えしたあと、ホルストがシャンテルに尋ねてくる。
「ジョセフ公子とは庭園を散策されたそうですね」
「はい。現在、王宮の庭で咲いている花や植物をご紹介しました」
「本日は室内での交流を希望しましたが、次の機会があれば是非我々にもルベリオ王国の植物をご紹介頂きたいものです。ルベリオ王国はセオ国とは気候が違うので、目にするもの全てが新鮮で興味をそそられます」
セオ国はルベリオ王国の北側にある。ルベリオ王国よりも寒い気候である為、咲く花々の種類はルベリオ王国より少ない、だが、セオ国の花々はこの国では見かけない種類ばかりだ。
そんなセオ国の王子たちからしたら、ルベリオの植物が珍しいに決まっている。
「勿論です」
シャンテルは答えて、しばし和やかな雰囲気でお茶やお菓子を楽しむ。
以前、ニックやニックの部下たちがシャンテルに渡してくれたセオ国の歴史に関する本や流行っている本のお陰で、多少の話題も出来た。
少し身構えていたシャンテルだったが、今回は本当にただ交流を楽しむだけの会のようで、すっかり気持ちが緩んだ。




