24 エドマンド皇子のお気に入り
ジョセフとのお茶の席を終えたシャンテルは夕食までの間、残りの公務をこなすため執務室に籠もった。
今日の朝食は昨日と同様にエドマンドとアルツールがシャンテルの部屋の前まで迎えに来ていた。それを受けて、どうやら暫くは賑やかな朝食になるようだと腹をくくって、三人で食べた。
そして昼食はというと、アルツールが宣言通りシャンテルの元へやってきたので、アルツールと共にした。エドマンドは昼食時は護衛騎士としての務めを優先するつもりらしい。アルツールとの食事中は護衛騎士の務めを果たしてくれていた。
そして迎えた夕食の時刻。それを少し過ぎた頃にシャンテルが執務室の扉を開けると、エドマンドが出迎えた。
「やはりこの時間に出てきたか。待っていた甲斐があるというものだな。さぁ、共に夕食を摂ろうじゃないか」
「……何で?」
瞬きを繰り返すシャンテルの手をエドマンドが平然と取ると、エスコートしながら歩き出す。
「それは約束したからに決まっているだろう」
どうやらシャンテルはエドマンドと朝食と夕食を取ることが決定してしまったていたようだ。
シャンテルは内心小さくため息をつきながら、夕食の準備がされている部屋へ向かった。
◆◆◆◆◆
「ジョセフ公子と何を話した?」
食事の中盤、それまで黙って食事をしていたエドマンドが唐突に尋ねてきた。
「内緒です」
澄ました顔でシャンテルが答えると、「なに?」と低い声が響く。
「例えエドマンド皇子でも、ジョセフ公子との会話はお教えできません。騎士として見聞きしたことは他言無用です」
言えば「なるほどな」と、エドマンドがにやりと口の端を釣り上げた。
「では、言葉を変えよう」
そう言うと、彼は面白そうに問いかけてくる。
「お前は公子をどう思っている?」
「どう、と言うと?」
「好きなのか、と聞いている。ジョセフ公子に何か言われて、まんざらでもない顔をしていただろう」
その言葉にシャンテルは飲んでいた水を吹き出しそうになって、慌てて飲み込む。
「っ……! ま、まんざら!? 私がですか!?」
「アイツに婚約の話をされたのだろう?」
「……!! どうしてそれを!」
言い当てられて、シャンテルは思わず目を見張る。
「ジョセフが大きな声を上げていたからな」
それを聞いて、断片的にジョセフとの話を聞かれていたんだと悟った。同時にエドマンドのペースに乗せられて、まんまとシャンテルが会話の一部を認めてしまったことに気付かされる。
「……もしそうだとしても、エドマンド皇子には関係ありません」
シャンテルは一度大きく息を吸って吐くと、冷静な頭を取り戻して答える。
「大ありだ。俺はシャンテル王女に婚約を申し込むと宣言したんだぞ」
「だからといって、知ってどうするんです?」
「奴をルベリオ王国から追い出す。それが無理なら婚約者に名乗り出ることを諦めさせる。手段は選ばない」
「なっ!? 余計に教えられません!!」
何処か物騒なことを思わせるエドマンドに、シャンテルはつい声を荒げてしまう。バツが悪くなって、「ごめんなさい」と謝罪を口にした。
「だけど、例えエドマンド皇子でもルベリオ王国内での勝手は許しません」
精一杯、シャンテルはムッと目を細めてエドマンドを見る。すると、少し間があってから渋々といった様子で彼は口を開く。
「……それがシャンテル王女の望みとあらば仕方ない。手荒な方法は我慢、しよう」
不服そうではあったが、エドマンドの言葉にシャンテルはホッとする。
だけど、エドマンド皇子はどんな方法を使うつもりだったのかしら?
……まさか、得意の剣技で力ずくでねじ伏せようとした、とか??
想像してゾッとする。剣技に関して彼の全力はシャンテルにも未知数だからだ。
他国の王族をルベリオ王国で傷害事件に巻き込むわけにはいかない。
エドマンドとジョセフはなるべく近づけさせないようにしよう! とシャンテルは決めた。
◆◆◆◆◆
夕食後の帰り道。シャンテルはやはり、エドマンドと並んで歩いていた。
昨日も部屋まで送ってもらったのだ。カールも付いているから必要ないと言ったのに、彼は引き下がらなかった。
「今夜のこれもエドマンド皇子のプライベートなのですか?」
「あぁ、そうだ」
「エドマンド皇子はお暇なんですか?」
シャンテルがそう尋ねるとエドマンドが不機嫌そうに眉を寄せる。
「なに?」
「だって、朝から殆ど私と一緒ではありませんか」
それを聞いて一つ息つくと、エドマンドが語りだす。
「暇ではない。だがまぁ、シャンテル王女より忙しくないのも確かだな。俺は第二皇子だから、公務もそれほど多くない。母国から送られてくる書類仕事も朝と夜に目を通せば十分対処出来る。だから今はシャンテル王女口説く方が最優先事項だ。そういった意味では俺は忙しいと言えるだろう」
「え……」
エドマンドがジッとシャンテルを見つめる。シャンテルはそれに耐えきれなくなって、フイッと顔を背けた。
“口説くことが最優先事項”と言われて、シャンテルは頬が熱をもった気がした。
エドマンドもそうだが、アルツールもジョセフも何故かシャンテルと婚約したがっている。
今まで男性からそんなことを言われたことがないシャンテルは、彼らから向けられる好意に戸惑うばかりだ。
アルツールには好きだと言われ、エドマンドには王配の座ではなく、夫の座を求めると言われた。そして、ジョセフには赤らんだ頬で、婚約を考えてほしいと言われたのだ。
だが、浮かれている場合ではない。三人とも一国の王族として求婚しているにすぎないのだ。
だから浮かれてはダメ。惑わされてもダメよ。
私はルベリオ王国の王女。王族として彼らの相手をして、誰を婚約者に選べばルベリオ王国の利益になるのかを考えなくちゃ!
シャンテルかグッと決意を改める姿にエドマンドが訝しげな視線を送る。
「エドマンド皇子、そんなに必死にならなくて大丈夫ですよ。自国のことを思う気持ちは分かりますが、焦る必要はありません。私は皆さまと公平に接していくつもりですから」
シャンテルが告げると、エドマンドは予想が当ったとため息を付く。
「シャンテル王女は俺が婚約を申し込もうとしている意味を深読みして勘違いしているようだが、全然違うぞ」
「違う?」
キョトンとシャンテルはエドマンドを見る。
エドマンドは夜会の日にシャンテルの夫の座を求めていることや自身の求める花嫁の条件を伝えた。だが、彼女には全く響いていない様だ。
シャンテルの頬にエドマンドが手を伸ばす。
「っ!? ひゃ!?」
シャンテルは思わず横に飛び退いてエドマンドと距離を取る。
な、なに?
シャンテルの動揺も知らずに、コツとエドマンドの足音がして、飛び退いて離れた分だけ彼は近づく。
シャンテルが一歩後ずさると、背中に硬い感触がした。視線を動かして硬い感触の正体を確認すると、廊下の壁際に追い込まれたのだと気づく。シャンテルがそのことに気を取られていると、スッと頬にエドマンドの手が伸びてきた。そのままシャンテルの右頬に彼の手が触れる。
「っ!?」
驚きで声にならない声を上げながら、シャンテルがエドマンドに視線を戻すと、彼はシャンテルを見下ろしていた。そして、シャンテルの顔の直ぐ側の壁にトンッと手をついた。それにより、シャンテルは退路を塞がれる。
「……」
「……」
何故か互いに黙ったまま微動だにしない。
シャンテルが動けない理由は、予想もしていなかったエドマンドの行動で思考が停止し、身体が硬直してしまったことが原因だ。しかし、エドマンドは違う。
何せ自らこの状況を作り上げた人物なのだ。
エドマンドはジッとシャンテルを見つめ続けて、それから何やら考え事をしていたのか、フッと息を吐く。
「ここは一つ、シャンテル王女に分からせておいた方が良さそうだと思ったのだが。……王女に昔から使えている護衛騎士殿の視線が痛いな」
言われて、シャンテルは後ろを着いてきていたカールを見る。薄暗い明かりの灯った廊下の中、護衛騎士として国賓であるエドマンドの行いがどこまで許容かを真剣に見極めているようだ。
カールの隣りにいるクレイグもそんな彼をいつでも止められるよう、少し気を張り詰めているようだった。
エドマンドとクレイグの両方の動きを気にしなければならないカールの表情は険しく、そのせいかエドマンドを睨んでいるように見えた。
「俺が護衛騎士の務めを行っている間は、彼が俺の上司のようなものだからな。今日のところはこのくらいにしておこう」
言い終わると、エドマンドの顔がグッと近付いてきた。
「っ!」
シャンテルの手を添えられていない方の左頬に柔らかくて温かな何かが、一瞬触れた。
「俺はシャンテル王女を気に入ったから婚約を申し込むのだ」
近い距離にあるエドマンドの顔。その口の端が満足げに吊り上げられた。
シャンテルは直ぐに状況か理解できなくて、瞬きを繰り返した。そして、その数秒後に頬に口付けられたんだと頭が理解して頬を赤く染めた。
「なっ!? ななな、っ! なっ!!」
あわあわと口を開けて、だけど言葉が出てこない。そんなシャンテルの姿にエドマンドはくすりと肩を竦めてみせた。
「からかい概がある反応だな」
その一言で、シャンテルの頬が更に赤くなる。
「かっ、からかわないでくださいっ!!」
未だ触れられたままのエドマンドの手をシャンテルは払いのける。そのまま、通せんぼされている腕を避けて彼の後ろを回り込むと、赤い顔を腕で隠しながら自室へと駆け出す。
「シャンテル様っ!!」
慌ててカールがその後を追う。残されたエドマンドとクレイグは小さくなっていく二人の後ろ姿を見つめた。
「殿下、少々やり過ぎです」
はあ、と主の前で堂々とため息を付くクレイグ。
「シャンテル王女にはやり過ぎぐらいが丁度いい」
呟くとエドマンドが身を翻して来た道を戻っていく。充てがわれた自室へ戻るその後をクレイグもついて行った。




