23 ジョセフ公子との庭園巡り
その日、シャンテルは夜会の日以来のお洒落をして、待ち合わせの庭園前へ足を運んだ。
「ジョセフ公子」
待ち合わせの少し前に着いた筈のシャンテルだったが、そこには既にジョセフと彼の従者の姿があった。
シャンテルの呼び声で気付いたジョセフは振り向くと、ほんのりと頬を染めた。
「お待たせして申し訳ありません」
「私も今来たところです。シャンテル王女にお会いできるのが楽しみで、少し早く来てしまいました」
ふと、ジョセフの視線がシャンテルの数歩後ろに向けられる。
「あの、……ところで、エドマンド皇子がどうしてここに?」
やっぱり気になりますよねぇ。
ええ、私も気になります。
心のなかでそう同意しながら、シャンテルは経緯を説明する。
「エドマンド皇子はルベリオ王国に滞在している間、私の護衛騎士を務めることになったのです」
「あぁ」とジョセフが思い出したように声をあげる。
「そのことは人伝にお聞きしていましたが、本当だったのですね」
「はい。今日はジョセフ公子との交流の場なので、この時間ばかりはお断りしたのですが、“そうやって何かある度、簡単に護衛騎士の務めを放棄するなんて出来ない”と、頑なでして……」
微笑みを浮かべていたシャンテルだが、徐々に口元が引き攣っていくのが自分でも分かった。
シャンテルは他の王子たちとの交流の間は、護衛騎士を休んでほしいとエドマンドに頼んだ。だが、彼は首を横に振って拒否した。
くれぐれも! と釘を差したのに、約束の時間に向けて昼食後にシャンテルが自室で着替えを済ませると、当たり前のように部屋の前で待っていたのだ。
「エドマンド皇子がこの場にいること、どうかお許しください」
申し訳ない思いで胸が一杯のシャンテルは、軽く頭を下げる。
「シャンテル王女!? 顔をおあげください! 私は気にしませ──っ!?」
ジョセフ公子が慌てて言葉を紡ぐが、最後の方で言葉を詰まらせた。
「……ジョセフ公子?」
不思議に思ったシャンテルがゆっくり頭を上げて、彼の視線の先を振り返って辿る。そこには鋭い視線をこちらに向けるエドマンドの姿があった。
なっ、何!? あのお顔!?
不機嫌を隠さずに表した表情が一瞬見えた。が、シャンテルが振り向いたことに気付くと、途端にいつもの胡散臭い笑顔に変わる。
「……、本当に申し訳ありません……」
いたたまれない気持ちで呟くと、ジョセフ公子も顔をひきつらせたまま苦笑いで返事をする。
「いえ、お気になさらず。シャンテル王女のせいではありませんから」
「……あの、エドマンド皇子には“遠くから見守るように”と釘を刺しています。私の専属護衛騎士も彼と一緒ですので、エドマンド皇子が私たちの会話まで聞きくことはありません。その点はご安心ください」
シャンテルが精一杯の配慮を伝えると、ジョセフの表情が柔らかくなった。
「ありがとうございます。では、参りましょうか」
ジョセフが手を差し出す。シャンテルは「はい」と頷いて彼の手を取ると、庭園の案内を始めた。
◆◆◆◆◆
シャンテルとジョセフの会話は意外にも弾んだ。
シャンテルが花の説明をすると、ジョセフは時折相槌を打ちながらそれに耳を傾けた。
初めて見る花については質問を投げ掛け、ロマーヴリフ公国でも育てている花については、逆にシャンテルの知らない特徴を教えてくれたりもした。
また、ロマーヴリフ公国では品種改良により、今までに無かった色の花を咲かせることに成功した花もあるという。
ロマーヴリフ公国はルベリオ王国の西部側に位置している為、ルベリオ王国と気候条件もよく似ている。だから、両国は同じ様な品種の草花が育つようだ。だが、ロマーヴリフ公国では最近発見された新種があるらしい。
「赤やピンク、オレンジの可憐な花が咲くのです」
「まぁ、それは可愛らしいお花なのでしょうね。一度見てみたいです」
「きっと、ルベリオ王国でも育つと思います。ロマーヴリフ公国とは気候もよく似ていますから。……そうだ! 本国からルベリオ王国に送らせましょう!」
ジョセフの思いつきに、シャンテルは「えっ!」と驚きの声を上げる。新種の花が気になるのは嘘ではない。だが、半分社交辞令のつもりで言ったのだ。
「……よろしいのですか?」
「勿論です。シャンテル王女がお望みならば喜んで」
ジョセフが嬉しそうに微笑む。社交の場が苦手なシャンテルだが、どうやら喜んでもらえているようだとホッとする。
一通り庭園を散策し終えると、庭園に用意してもらったお茶の席へ着いた。
散策中は木々や花々たちに囲われて、それらがシャンテルの意識を逸らせてくれていた。だが、今は右側からとてつもない視線を感じる。
離れた場所に立っているのに、エドマンドの不機嫌さがひしひしと伝わってくる。だが、ジョセフはあまり気にしていないようだ。
いや、気にしないようにしているだけかもしれない。
「シャンテル王女は草花にもお詳しくて驚きました」
感激するようなジョセフの声に「たまたまです」と、答えて紅茶を口にする。
数年前、バーバラの「毎年同じ花ばかりで飽きたわ」と言った気まぐれな我儘で、庭園の花を入れ替えることになったのだ。
バーバラが国王にお強請りした花々のリクエストがそのままシャンテルへと回ってきたた。そのため、王宮の庭師と相談した結果、今の形になったわけである。
花は好きだが特別好きなわけではない。詳しいのは、そういった経緯があってのことだった。
「こんなにも話が合うとは思っていませんでした。シャンテル王女と過ごす時間はとても楽しくて、ついつい話しすぎてしまいます」
そう語るジョセフの頬は赤かった。夜会の日の彼と姿が重なり、シャンテルは少しどきっとする。
「実は、今日シャンテル王女とお会いするまで少し不安だったのです」
突然切り出された不安を語る告白にシャンテルは首を傾げる。
「何故ですか?」
「夜会の日、異国の王子たちの中で最初にシャンテル王女と話したのは私でした。でも、その後直ぐエドマンド皇子とアルツール王子がやってきて、貴女とは殆ど話が出来ませんでしたから……」
告げてジョセフが目を伏せる。
ジョセフがシャンテルと交友を持ちたいと願うのは勿論、公国の事情もある。父のロマーヴリフ公爵から「シャンテル王女を手に入れて来い」と言われていたのだ。
だけど、それとは別でジョセフはシャンテルを魅力的に思い、好意を寄せ始めていた。そんな時にあとから来た他国の王族にシャンテルを取られたのだ。
悔しくて。惨めで。だけど、ジョセフはその中に割り込む勇気も持てなかった。
何しろ相手は大国デリア帝国の皇子とギルシア王国の王子だ。小国ルベリオ王国よりもさらに小国のロマーヴリフ公国は、目を付けられれば一溜まりもない。
ジョセフは膝の上に置いていた手をぎゅっと握り込む。そして、意を決したように顔を上げると「シャンテル王女」と真剣な眼差しで名前を呼ぶ。
「夜会の日にエドマンド皇子やアルツール王子との会話を聞いているので、あのお二人がシャンテル王女に婚約を申し込もうとされていることは分かっています。ですが……っ」
徐々に頬の赤が増していくジョセフの姿に、シャンテルも自身の頬が熱くなっていく気がした。そしてジョセフは一度言葉をつまらせて、それから早口に告げる。
「どうか私との婚約を考えて頂けませんか!」
「っ」
会話の流れからしても、シャンテルはそういった類のことを言われるだろうと、予感を募らせていた。
だけど実際に口にされると、シャンテルの胸にどきりと実感を伴わせる。
こんな時、なんて言葉を返せばいいの?
夜会の時とは違い、ここにはシャンテルとジョセフ、それから少し離れた所に護衛騎士のエドマンドとカールしかいない。
そもそもシャンテルは自分が複数の男性から婚約したい! と望まれるなど、想像もしていなかった。
それがどうだろう。
シャンテルは今、複数の男性からの誘いを受けていることで、結婚相手に誰を望むのか選ぶ事態が発生している。
シャンテルは「えっ、と……」と目を泳がせる。
「ダメですか?」
まるで叱られた子犬のように少し潤んだような瞳のジョセフに困った様に見つめられた。
「ダメかどうか……よく分かりません」
シャンテルは戸惑う心中を正直に話す。
「複数の男性から婚約したいと思って頂けると思わなかったので、それぞれの方とどのように向き合ってよいか分からないのです」
「では、まだダメではないということですね?」
「はい」
頷くと、ジョセフが安心から表情を和らげた。
「そう言うことでしたら、また直ぐにシャンテル王女をお誘いしてもよろしいですか? ロルフ王子も言っていたように、貴女に私を知って頂きたい。それに、私ももっと貴女を知りたいので」
私を知りたい、か。
今までシャンテルは他人からそんな風に言われたことはなかった。社交の場ではあらぬ噂をされ、白い目を向けられるし、公務で忙しかったこともあって友だちと呼べる人物すらいなかったからだ。
少しだけ嬉しい気持ちがして胸が温かくなる。
「えぇ、勿論です」
シャンテルは答えると自然と微笑んでいた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
前回の更新から日が随分と開いてしまいました。
先々週ぐらいから私生活がバタバタしており、そこへ花粉症が重なって少しダウンしておりました。
お陰で下書きの進捗が遅れいています。
書きかけの1話を除いてストックがありません。
今のところ来月中旬頃まで予定がちょこちょこ入っている為、纏まった執筆時間があまり捻出できなさそうです。(あとは花粉症次第………)
このお話は週2回の更新を目標にしていましたが、暫くは週1から10日に1回程度の更新になりそうです。
お待たせしてしてしまいますが、変わらず応援してくださると嬉しいです!




