21 護衛騎士のプライベート
予想外の人物が執務室の前にいたことで、シャンテルは慌てて執務室を片付けると、今日の公務を終了した。
「エドマンド皇子が護衛騎士の務めを果たされるのは、夕食の少し前までと伺ったのですが?」
自室を目指しながら、シャンテルは隣を歩く人物に質問を投げかけた。シャンテルたちの少し後ろにはカールとクレイグもいて、あとを着いてきている。
「そうだ。護衛騎士の努めはそこで一度終わらせた。だからこれはプライベートだな」
「プライベート、ですか」
「クレイグをシャンテル王女の執務室前に残して、俺は食事に向かった。“シャンテル王女が出て来るまで執務室前にいろ”とクレイグに伝えてな。俺が食事を終えて自室に戻っても俺の元に戻ってこない従者を心配して来てみれば、クレイグが忠実に俺の命令を遂行している途中だった、と言うわけだ」
「何故、クレイグ様を執務室の前に残されたのです?」
護衛騎士の務めが終わったあともシャンテルの動向を気にするのは、何だか不自然に思えた。
もしかすると、エドマンドには護衛騎士になってまでシャンテルのそばにいる理由を作った狙いがあるのかもしれない。
そんな疑問がシャンテルの頭を過っていた。
「俺が婚約を申し込みたい女性は何日も書類仕事を溜め込むような“無能”では無い筈だ。だが、ここ暫く朝から深夜まで働いているから気になっただけだ」
「えっ?」
「まぁ、それは俺が手合わせを頼んだことも一つの原因だろうが……」
呟いたエドマンドが、ちらりとシャンテルを見る。
廊下に灯された薄暗い明かりの中、エドマンドはくるりと身を翻してシャンテルの前を塞ぐと、顔を覗き込んでくる。
「目の下に隈ができている。あまり寝ていない証拠だ」
「っ! エ、エドマンド皇子が気にされることではありませんよ」
「ははっ」と苦笑いを浮かべるシャンテルにエドマンドは更に付け足す。
「国王の書類だけでなく、妹の分まで押し付けられたそうだな?」
「な……」
何故それを? と言いかけて、シャンテルは慌てて唇を結ぶ。
ジョアンヌがシャンテルに書類仕事を持ってきたことは密偵を潜らせているアルツールですら、把握していなかったことだ。
あの場には、シャンテルたち姉妹とニックにカール、それからジョアンヌの侍女しかいなかった。
では、デリア帝国もルベリオ王国に密偵を? まさか、ジョアンヌの侍女が!? いやいや!! ジョアンヌたちが道中で話していたのを聞かれた可能性だってあるわ。
「何やら深刻そうな顔をしているな?」
エドマンドが考え込むシャンテルの様子を怪しんでくる。
「えっ!? いえ! そんな事はありません」
誤魔化して顔に無理やり笑みを貼り付ける。
「何も隠すことはない。ルベリオ王国の王族がシャンテル王女を除いて、無能であることは、ギルシア王国の奴らも知っていることだからな」
「む、無能って……」
あまりの発言にシャンテルは苦笑いのまま言葉が続かない。だけど、否定もできなかった。何しろ、国王はシャンテルに書類仕事を押し付けて、今となっては次期王妃となった元愛人に入れ込んでいる。その上、会議も参加するだけでほぼ家臣任せだ。
ジョアンヌは基本、自身の公務は自分でこなしている。だが、セオ国の王子たちからお茶会に誘われたときのように、社交の予定が入ると公務をシャンテルに押し付けてくるのだ。
唯一、バーバラだけはシャンテルに頼ることはなかった。どうやら公務を自力でこなしているらしい。
シャンテルに手を上げたり、酷い仕打ちをしてくるが、そういう意味ではバーバラは公務と真摯に向き合っているようだ。
「無言は肯定だな」
エドマンドに面白がるようにフッと笑われた。だけど、やはりシャンテルは言い返せない。ただただムッと顔を顰めることしか出来なかった。
「このことは、恐らくセオ国の奴らも勘付いているぞ」
「えっ!?」
セオ国が!?
驚いた顔を見せるシャンテルにエドマンドは言葉を続ける。
「夜会の日、奴らは“セオ国もシャンテル王女と仲良くなりたいと願っていて、そのためにルベリオ王国まで来た”と言っていた。“王女たち”ではなく、お前を名指ししたんだ。そこには必ず意図がある」
「……そうかもしれませんね」
他国の皇子に気付かされるのは居心地が悪い。だけどあの日、ロルフは確かにそう言っていた。
そのやり取りを離れた所から見ていたジョアンヌが、焦ったのか“わたくしもいますよ”と割り込んで来たくらいだ。
「恐セオ国が先日ジョアンヌ王女を茶の席に誘ったのは、彼女に声を掛けておかないと、お前との時間に割り込まれるか、あの王女に付き纏われると考えたからだろう。謂わば、ご機嫌取りだな」
エドマンドが言うように、シャンテルがお茶に誘われてジョアンヌが誘われないなんてことがあれば、彼女は間違いなく何かしら手を打ってくるに違いない。それこそ偶然通り掛かった、とかそれらしい理由をつけて、お茶の席に割り込んで来ただろう。
「皆さま、ジョアンヌの性格を理解されているようですね」
シャンテルは思わず苦笑いになる。ルベリオ王家の情報がここまで他国の王族に筒抜けであることが、少し悲しかった。
「兎に角、シャンテル王女はもう少し休んだ方がいい。近々国賓との茶会を控えているのなら尚更、顔色は整えておかないとな。まぁ、これからは俺がお前の執務室の前に居座るんだ。こうして部屋まで送り迎えもすれば、ジョアンヌ王女も公務を押し付け難くなるだろう」
「へ……」
ハッとしてシャンテルはエドマンドを見る。
まさか、そのためにエドマンド皇子は私の護衛騎士を? いや、……まさか。まさか……ね? これは流石に私の自惚れよね??
シャンテルが少し焦った思考で考えていると、自室の前に着いていた。
「明日の朝、朝食の前に迎えに来る」
エドマンドがそんなことを言う。だけど、彼の護衛騎士としての努めは朝食後からの筈だ。
そのことを覚えていたカールが「恐れながら、エドマンド殿下」と声をかけてシャンテルの代わりに指摘する。
「勘違いするな。俺がプライベートでシャンテル王女を朝食に誘って何が悪い」
「えっ、これって朝食のお誘いだったのですか?」
思わず尋ね返すと、「あぁ」と頷く。
「シャンテル王女はいつも一人で食事を取っているだろう? 俺がルベリオに滞在している間は朝昼晩と付き合ってやる」
そのお誘いに驚きつつも、シャンテルは昼間に無理やり交わしたアルツールとの約束を思い出す。
「あ、……ええと、ありがたいお誘いですが、あいにく昼食は先約がありまして……」
告げると、エドマンドが眉間にシワを寄せた。
「なに? ……まさか、アルツール王子か?」
す、鋭い……!!
「と、兎に角!! 私は公務もありますし、毎回エドマンド皇子と時間を合わせて食事することは難しいと思います! ですから、お約束は出来ません!」
「問題ない。俺がお前を迎えに行くし、公務が終わるまで待っていてやる」
このままだと昼間のアルツールの時みたいに、半ば強制的に約束を取り付けられてしまいそうだ。
そう悟ったシャンテルは強行突破を試みる。
「必要ありません! それでは、私はこれで失礼します!! 送って頂きありがとうございましたっ!」
バッと部屋の扉を開けると、礼節を欠いているとは分かっていながらも、シャンテルはササッと一礼して「おやすみなさい!!」と言い逃げるように部屋に駆け込んだ。
「あっ! おい!!」
背後でそんな声がした気がしたが、シャンテルは無視を決め込んだ。
「姫様? どうされたのです??」
主の帰りを起きて待っていたサリーが、慌てて部屋に駆け込んできたシャンテルの様子に首を傾げたのだった。




