17 乱入者
室内の扉付近で警護に当たっていたカールが、「無礼ですよ!」と入ってきた人物を咎めた。だけど、それがジョアンヌと分かり「ジョアンヌ様!? こ、困ります!」と狼狽える。だが、彼女はカールなど視界に入っていないようだ。
「お姉様っ!!」
ズカズカと執務室へ入り込んできたジョアンヌは急いでここまで来たらしく、息を切らして顔を赤くしている。
「どう言うことですの!? エドマンド皇子がお姉様専属の護衛騎士だなんてっ!!」
今まで報告を行っていたニックを押しのけると、執務机をバンッ! と手で叩く。
「一昨日の会議では、ただお姉様とエドマンド皇子が手合わせするだけだった筈じゃない!! それなのにっ、それなのに!! ……まさか、エドマンド皇子をご自分の騎士にされるために、一昨日の会議であのような発言を!? お母様もとてもお怒りでしたわよ!!」
物凄い剣幕で責め立てられる。こういったときのジョアンヌは、話を聞いてくれないことが殆どだ。
「ジョアンヌ落ち着いて。護衛騎士の件なら、私はお断りしたわ」
「だったらどうしてこんな噂が流れるのよっ!!」
バンッ!! とまた執務机が叩かれる。
「ジョアンヌ様、シャンテル様もたった今、私の報告で噂のことを耳にされたばかりなのです」
「嘘よっ! きっとお姉様は、わたくしがエドマンド皇子から嫌われたことを利用して何か企んでいるんだわ!! お姉様はエドマンド皇子と協力してデリア帝国にルベリオ王国を売るつもりなのよ!!」
「ジョアンヌ、いくら何でも話が飛躍しすぎだわ」
ニックとシャンテルが宥めることに苦労していると、漸くジョアンヌの侍女が追い付いてきたらしい。
許可を取る前から「失礼します」と告げて執務室へ入室すると、「ジョアンヌ様!」と呼び掛けた。
主人が主人なら侍女も侍女のようだ。まるでシャンテルに敬意を払うつもりが無いらしい。シャンテルには目もくれす、ジョアンヌの説得を始めた。
「戻りましょう。このような所に長居されては、ジョアンヌ様もデリア帝国に肩入れしていると思われてしまいます!」
「さぁさぁ」と急かす侍女の言葉には耳を傾けるジョアンヌが、「それは困りますわ!」と慌てる。
ニックの前と言うこともあって、侍女たちはあからさまにシャンテルを睨み付けるようなことは無かった。だが、先程から彼女たちはシャンテルを視界に入れようともしない。そのままジョアンヌを連れて、執務室を出て行こうとする。
「待ちなさい」
ニックが低い声でそれを呼び止めた。
「ニック?」
少し怖い顔付きをした宮廷官僚が侍女たちを振り返る。
「使用人の分際で、シャンテル王女の存在を無視するとは何事です?」
「ひっ……」と、侍女たちから小さな悲鳴が漏れた。シャンテルからはニックの表情を確認することはできない。だが声色からして、とても怒っていることは確かだった。
「貴女達には再教育が必要なようですね」
「ニック、侍女たちは何も悪くありませんわ。わたくしを止めようと必死なだけですもの。だけど、わたくしはお姉様がルベリオ王国をデリア帝国に売るんじゃないかと、心配で心配で……っ!」
じわりと目尻に涙を浮かべるジョアンヌ。
いつも都合よく涙が出てくることには感心させられるものだと、シャンテルは思っていた。
「シャンテル様がそのようなことなさる筈がないでしょう。この国で誰よりもルベリオ王国を想って、熱心にご公務に励んでおられるのですから」
「だからこそですわ。何かよからぬことを──」
「ジョアンヌ様」
何か言いかけていたジョアンヌの言葉をニックは遮る。
「万が一にもあり得ませんが、仮にシャンテル様が“よからぬことを企んでいた”としても、その件とジョアンヌ様付きの侍女たちがシャンテル様を無視してよい理由にはなりません」
いつの間にかジョアンヌの話術により、シャンテルがデリア帝国と手を組もうとしているのではないか? と言う疑惑の議論にすり替わっていた。それを察して、話を戻したニックが続ける。
「彼女たちのことは侍女頭に“再教育の必要あり”と伝えておきます」
それを聞いて、侍女たちが息を呑む。
侍女頭はルベリオ王国城内の侍女全てをまとめ上げる存在だ。侍女頭に専任で使える主はいないが、先代国王の頃から千人は仕えているであろう城の侍女を纏める役目を担っていた。
侍女頭は国王に侍女たちをどう動かすか裁量を任されている。だから侍女たちからすれば、侍女頭とは王族の次に逆らえない存在なのである。
その侍女頭よりも権限があって彼女に口を出せるのは、国王とバーバラだけだ。
「……そう。好きにして頂戴」
一瞬、悔しそうな表情を見せたジョアンヌ。だけどバーバラに頼めば良いと考えたのか、あっさり引くと笑顔を取り繕って、大人しく執務室を後にする。
その場に残されたシャンテルとニック。
「……ええと、何の話だったかしら?」
一騒動あったおかげで、直前にどんな会話をしていたかすっかり忘れてしまった。
「……騎士団の入団試験で、一般参加試験の受験者の身元確認を強化すると言う話をしていたかと」
ニックの言葉でシャンテルの脳裏にジョアンヌが訪ねてくる直前の会話が思い出される。
「あっ、そうだったわね。とりあえず書類作成はニックに任せるわ」
「はい」
「それと、大事になっているようだから、エドマンド皇子の件も何とかしなくてはいけないわね」
シャンテルの呟きに「そうですね」と答えたニックが少し考える素振りを見せた。少ししてフッと笑うと、とんでもない提案を口にする。
「一応、私の方で火消しに当ってはみますが、鎮火しなかった場合、いっそのこと本当にシャンテル様の護衛騎士にしてしまわれてはいかがです?」
「へ……?」
思わず間抜けな声を上げるシャンテルにニックが続ける。
「大陸一の国土を誇る大国、デリア帝国の第二皇子が、小国ルベリオ王国の第一王女の護衛騎士を自ら志願して努めた。字面は悪くありません。それどころか、各国が知れば大変驚くことでしょう」
確かに、あのデリア帝国の皇子を護衛騎士にするなど、前代未聞だ。
「でも、それだとルベリオ王国はデリア帝国と友好を結んだ、もしくはデリア帝国の傘下に加わったと思われる可能性がないかしら?」
指摘するとニックが「はい」と頷く。
「ですが、今はギルシア王国やロマーヴリフ公国、セオ国の王族がルベリオに揃っています。この期間にデリア帝国だけがルベリオ王国と事を進めるとは考えにくいです。何しろ他の国賓の目がありますからね。そのため交流の一つとして、捉えてもらえる可能性が高い。何より、今回の滞在の目的は王女様方の婚約者候補を探すことであり、彼らが滞在を延期したのは、王女様方と仲を深めるためですから」
言われて、シャンテルは何だか納得してしまう。だけど、直ぐには決められない。
「……ひとまずは火消しをお願いするわ。それが駄目だったら、その時にまた考えましょう」
「仰せの通りに」
告げて一礼すると、ニックも執務室を後にした。
カールと共に室内に残されたシャンテルは、頭の隅で直前までの会話を振り返りながら書類を捌いていった。




