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シャンテル王女は捨てられない〜虐げられてきた王女はルベリオ王国のために奔走する〜  作者: 大月 津美姫
1章

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16 シャンテル王女とエドマンド皇子の噂

 エドマンドとの手合わせから一晩経った。


 昨日、シャンテルが三分の一に減らした書類の山は、ニックが新たな書類の山を持ってきたことでまた少し増えた。そのついでに、進行中の案件や国王の婚姻関連の報告をニックは行った。


「それから、大変申し上げにくいのですが……」


 そう前置きして、心苦しそうにニックが話し出す。


「国王陛下から伝言です。”数日前から手元に届く書類の決裁期限が極端に短いものが多くなっている。各国から皇子や王子たちが来訪し、滞在していることで浮かれているのではないか? 怠けるのは終わりにして、早く書類を回すように“と」

「……」


 ここ数日、シャンテルは怠けるどころか何時もより多忙な日々を送っている。昨日も遅れを取り戻そうと、日付が変わる直前まで書類を片付けていた。


 そもそも国王が目を通すべき書類にシャンテルが目を通して承認•非承認に振り分けているが、それらは本来シャンテルには関わりのない案件だ。勿論、シャンテルの署名を待って、国王の元に届けられる書類もあるが。

 文句を言うなら、全て自分で確認して欲しいものだ。


 それに、どちらかと言うと浮かれているのは愛人を王妃にしようと躍起になっているお父様の方では? お陰で私は仕事が増えているのですが??


 シャンテルはそんな文句を呑み込んで、代わりにため息を溢す。


「一応、シャンテル王女は休む間も惜しんで公務に取り組まれているとお伝えしました。ですが、陛下はご自分が国王に就任して暫く経ってから、“書類を溜めたことは殆どない”と自慢しておられました」


 それはそうでしょうね。と、シャンテルは呆れる。

 何しろ国王は振り分けられた書類にサッと目を通して署名し、判を押すだけ。殆ど内容について深く考えたり、悩んだりする必要が無いのだから当然である。


「もういいわ。言わせておきましょう」

「承知しました。……とは言え、普段よりシャンテル様の公務が増しております。どうかご無理はなさらず、きちんとお食事とお休みをお取り下さい」

「分かったわ」


 シャンテルが苦笑いで頷いたのを確認すると、ニックが「ところで」と話題を変える。


「城内でシャンテル様とエドマンド皇子が噂になっていることはご存知でしょうか?」


 その問い掛けに、シャンテルは直ぐに返事が出来なかった。ニックの言葉の意味をゆっくり咀嚼したのちに、ややあって「……はい?」と、疑問の声を口にする。


「“エドマンド皇子がシャンテル王女の護衛騎士になったらしい”と、朝から城内は大騒ぎです」


 それを聞いてシャンテルはガタッ! と執務机の椅子から立ち上がる。


「護衛騎士の件はお断りしたのに! どうしてそんな事になっているの!?」

「真相は分かりかねますが、恐らくは噂が巡り巡って伝えられるうちに“そうなった”もしくは、誰かが意図的に“そういった噂を流した”かのどちらかでしょう」


 噂というものは、話される過程で少しずつ内容が変わってしまうものだ。


 “エドマンドがシャンテルの護衛騎士に志願した”ことだけが噂として巡り巡ったのだとしたら、いつの間にか“エドマンドがシャンテルの護衛騎士になった”と変化した可能はある。

 あとはエドマンドが連れてきた使用人たちが、意図的にその噂を流した可能性があるくらいだろうか。


「その他の可能性としては、密偵が潜り込んでいることも考えられますね」

「えっ? 密偵? いやいや、まさか! それは──」


 否定しかけたシャンテルだったが、“無い”と言い切れるだろうか。と考え直す。何しろ、今回エドマンドとクレイグはルベリオ王国の騎士団入団試験に潜り込んでみせたのだ。


「あり得ない話ではありません。実際、ギルシアの密偵はそれなりに城内に入り込んでいるはずですから」

「えっ!? ギルシアの密偵!?」


 その可能性は低いと思っていたシャンテル。だが、考えは甘かったようだ。


「はい。ジュリエット前王妃が嫁入りされる前から、数人潜り込んでいました。婚姻の際に前王妃はギルシアから使用人を連れてこられたので、その時に紛れ込んだ者もいると考えます。前王妃が亡くなられて、ギルシアからの使用人はみなギルシアへ帰されてしまいましたが、前王妃が嫁入りされる前から潜り込んでいる者と、それ以後に潜り込んだ密偵が存在するかと」

「そう、なのね……」


 今までシャンテルはルベリオ王国の国境警備が万全だから、密偵が国内に入り込める可能性は低いと考えていた。


 だけど、簡単に潜り込まれるものなのね。


「我が国と関わりが少ないデリア帝国も密偵を送り込んでいる可能は十分考えられます。それに、我が国も先代や現国王陛下の命でギルシア王国やロマーヴリフ公国に密偵を数名送り込んでいます。それから、数は少なくなりますが、セオ国にも」

「そうだったの?」


 初めて聞かされた内容にシャンテルが驚いていると、ニックが「はい」と頷く。


「今まで密偵の件はシャンテル様とギルシア王国が接触するようなことがあっては大問題だ! と、バーバラ妃殿下が国王陛下に訴えたこともありまして、シャンテル様にお話する機会がありませんでした」

「え? ニック待って!? それって、私に話しても大丈夫なの??」


 突然の打ち明けにシャンテルは、ニックの身を案じる。

 ニックがとても有能な宮廷官僚とはいえ、秘密にするよう命じられていたことを話したと、国王やバーバラにバレてしまえば、どんな処分が言い渡されるか分かったものではない。

 だが、そんなシャンテルの心配を他所にニックは「良いのです」と答える。


「何しろ、シャンテル様は随分賢く成長されました。先程、私が少しヒントを出して勘付かれたように、そろそろ密偵の存在にご自分で気付かれてもおかしくはありませんから」


 にやりと悪戯な笑みを見せるニックに、「そう言うことね」と呟いてシャンテルも同じ笑みを浮かべる。


「ここ数年、ギルシア王国以外とは小競り合いすら起きませんでした。密偵を送るのは我が国と関わりがある国に裏切りの傾向がないかや、侵攻される恐れがないか、いち早く情報を入手する事が目的です。ギルシアの兵が国境付近に現れた際の何度かは、密偵から国境を守る騎士たちへ情報が届けられていました」


 シャンテルは第二騎士団を任されながらも、何も知らなかったのだと思い知らされる。今の話を聞いて、これからはもっと気を引き締めないといけないわね。と決意を固める。


「ニック、お願いがあるの」


 それまでの驚き顔から真剣な表情になったシャンテルに、「何でしょう」とニックも気を引き締める。


「次回のルベリオ王国騎士団の一般参加試験から、受験者の身元確認を強化してもらおうと思います。エドマンド皇子に身分を偽って、簡単に試験を受けられてしまったんだもの。今の話からして、騎士団は密偵に潜り込まれる可能性が高いわ」


 ニックはコクリと頷いて、「そうですね」と相槌を打つ。


「申し訳ないけれど、この件に関して書類作成をお願いできる?」

「畏まりました」


 その時、バタバタと掛けてくるような足音が聞こえてきた。そうして、入室の伺いもなしに突然開けられた扉から、ジョアンヌが駆け込んでくる。

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