13 ルベリオ王国騎士団入団試験に、まさかの受験者
ルベリオ王国騎士団入団試験。シャンテルは目の前で胡散臭い笑みを浮かべる人物に顔をひきつらせていた。
──時は少し遡る。
シャンテルが会場入りする前に終えられていた騎士団入団試験の筆記。そこで首席を取った受験者がいて、話題になっていた。
実技試験を目前に控えて解放していた訓練所の一角。首席を取った青年が試験前に肩慣らしをする姿が、更に話題を呼んでいた。
「シャンテル王女! 彼は正しく逸材です!!」
国王陛下から第一騎士団団長を任されているラルフが、嬉々とした声で報告してきた。
一緒に彼を見た、という第一騎士団の副団長を始め、試験の為に集まった騎士たちの殆どが口を揃えて“凄い”と青年を褒め称えている。
ひとまず、シャンテルは試験開始前に試験を受けた全員分の筆記試験答案と共に、受験者リストに目を通す。
王国騎士団試験を受ける方法は大きく三つある。一つ目はニ週間前に行われていた一般参加の一次試験に合格すること。二つ目はルベリオ王国に存在する一般の騎士団で団長やそこの運営者から、お墨付きをもらって王国騎士団の試験を受ける権利を獲得することだ。
一般市民でも、このどちらかの条件を満たせば、王国騎士団の試験を受けられる。だが、どちらも狭き門だ。
そして、最後の三つ目。実のところ試験は、一般参加や騎士団の推薦枠とは別に、貴族の募集枠が存在している。
こちらは貴族家出身であれば誰でも参加でき、ここから騎士団に入団させる定員も決まっている。つまり、貴族出身者は大した実力が無くても騎士になれてしまうのだ。
勿論その中には、真面目に騎士を目指す者もいる。だが、一部の人間は楽して騎士になれると思い込んでいる者も存在する。そういった人物を試験で粗方弾き飛ばし、更に訓練でつまみ出すことをしなければいけない。
だからこそ一般参加者はある程度実力を持っていても受かりにくい。しかしその分、貴族出身者よりも実力があり、強いと言える。
そして、話題の彼は一般参加の試験でここまで来たという。
このルベリオ王国に、とんでもない実力者がいたのね。試験の様子を見るまでは何とも言えないけれど、是非王国騎士団に欲しいわ!
シャンテルがそう期待していたのが一時間ほど前だ。
そして実技試験を終えた今、シャンテルは試験を受けた一人ひとりと面談している。これは第一〜第三騎士団の団長と副団長とで、ニ対一で向かい合って話をする所謂、面接だった。
この面接の目的は試験合否の他に、合格したあと何処の騎士団に所属したいか希望の聞き取りと騎士団の団長や副団長として、誰をどの団に入れるかを見極める場でもあった。
その大切な場でシャンテルは頭を抱えたくなった。
シャンテルは実技試験中に受験者の所作や動き、背格好から顔立ちまでを観察しているうちに、とんでもないことに気付いてしまったのだ。
そして今目の前で、その顔をはっきりと捉えて確信した。
「……何故エドマンド皇子がルベリオ王国騎士団の試験を受けていらっしゃるのです?」
「第二騎士団団長殿、どなたかと勘違いされているようです。私の名はエド・キャンベル・ブレスド。しがない大商人の次男坊ですよ。皇子だなんてとんでもない」
そう語る目の前の人物は、相変わらず胡散臭い笑顔を向けてくる。
確かにパッと見た目はエドマンドとは少し違う。服装は勿論のこと、髪も黒髪ではなく茶髪だ。だけど、アメジストのような紫色の瞳、それから肌の色。声や話し方は少し意識して変えているようだが、よく聞けばエドマンドだ。恐らく髪型や髪色が違うのは、かつらを着用しているからだろう。
それにしても、エド・キャンベル・ブレスド。
そして、エドマンド・グリフィン・モラン。
エドマンドとエド。
自分の名前の一部を偽名に使うなんて……
「エドマンド皇子の前に面接をした人物がいます」
告げながらシャンテルは手元の資料を確認する。
「クレイグ・アトキン・スミス。彼は貴方の従者ですよね?」
「付き人です。父親が心配症で一緒に入団試験を受けることになりました」
クレイグのこともシャンテルは見覚えがあった。
エドマンドとお茶をした日、後ろに控えている姿を薄っすらと覚えている程度ではあったが、面接時に「一度お会いしましたよね?」と彼に詰め寄ると、クレイグはあからさまに目を逸らした。これは肯定と見て間違いない。
「エドマンド皇子、何故こんなことを?」
「団長殿。先程も申し上げましたが、私はエドマンド皇子ではなく、“エド”です」
彼はあくまでも皇子ではなく、ただの“エド”を押し通すようだ。
「では、エドにお聞きします。どうしてルベリオ王国騎士団の入団試験を受けたのです?」
「それは勿論、剣術が好きだからです」
そこはエドマンド皇子とも一致しているのね。
小さく息を吐いて、シャンテルは殆ど決まり文句である面接の質問をエドにぶつけていく。
「──最後に、入団を希望する団はありますか?」
「はい。王国騎士団に入団後は、第二騎士団への入団を希望します」
そこまで言うと、エドがシャンテルの手を取って握る。
「何しろ、私は麗しい姫君であるシャンテル王女の騎士団に憧れて今回の試験に挑んだので」
「っ! ちょっ!!」
直に手を握るこの行動は、やはりエドマンドそのものだ。顔を赤くするシャンテルの反応をエドが面白そうに見つめる。
「エド・キャンベル・ブレスド。シャンテル王女に対して無礼ですよ」
横から声がして、エドマンドが“エド”と名乗ることに拘った状況を逆手に取ったカールが止めに入った。
エドマンドはデリア帝国の第二皇子だが、本人が“しがない大商人の次男坊”だと言い張るのだから仕方ない。
少し緊張した面持ちのカールが、視線を逸らすことなくエドマンドに睨みをきかせる。
「ははっ! これはこれは!! 失礼しました」
パッとシャンテルから手を離したエド。
「第二騎士団の団長殿にはとてもガードの堅い護衛騎士殿がついているようだ」
微笑むとエドがカールを見る。
「しかしながら、副団長と護衛騎士の兼任は大変でしょう。私が第二騎士団に入団したら、副団長殿のお仕事を軽くして差し上げましょう」
「? ……どういう意味だ?」
カールが眉を潜めて尋ねると、エドが肩を竦める。
「私に護衛騎士としての任務を与えて欲しい、と言うことです」
「は!? はいぃぃ!?」
シャンテルから素っ頓狂な声が漏れる。“エド”と言う偽名を使用しているとは言え、他国の皇子にそんな事をさせられる訳が無い。
「どうか、私にシャンテル王女の護衛騎士の栄誉を戴けないでしょうか?」
そう言うエドは、やはり胡散臭い笑顔を向けてくる。
シャンテルは彼が何を考えているのか、全く検討が付かなかった。




