12 アルツール王子から提示された選択
「シャンテルを誘い出して、ギルシア側に連れて帰るのが目的だった。少々手荒な真似だったとは思うが、お前をルベリオから救い出すためだ」
「その行動で! っ、ルベリオの民がどれだけ怖い思いをしたか、分かりますか!?」
シャンテルは思わず大声を上げて問い詰める。
だが、アルツールはなんとも思っていないようだ。
「そんなに怒ることはないだろう。この国はお前を苦しめているんだ。別に民を傷付けたわけでもない。これくらい、当然の報いだ」
「ルベリオは私の大切な祖国です! もう二度とあんなことはお辞めください! 例えアルツール王子でも私は許しません!!」
キッとシャンテルがアルツールを睨み付ける。
本当はアルツールが少し怖い。
シャンテルの態度次第で、ギルシアを完全に敵に回してしまう恐れもあった。だけど、それ以上にルベリオの民を何度も怖がらせた行為が、許せなかったのだ。
「悪いが約束は出来ない」
冷たく放たれたアルツールの言葉にシャンテルは息を飲む。
「お前がギルシアに戻って暫くすれば、ギルシア国王はルベリオに進行するつもりだ」
「っ!!」
やっぱり! とシャンテルは確信する。
「そんなことを聞かされては、尚更私はギルシアに行くわけにはいきません!」
シャンテルは抱き寄せられていたアルツールから離れるべく、ぐっと彼の胸を押し返す。案外あっさり距離を取ることに成功した。だけど、アルツールは表情を変えることなく、氷のように冷たい眼差しでシャンテルを見下ろし続けていた。
「お前が拒否した場合も、いずれギルシアはルベリオに進行するだろう。力ずくでお前を取り返す為にな」
「どうして私に拘るのです!」
「お前がギルシア王家の血を引く家族だからだ。ギルシアは何よりも家族を大切にする。だが、ルベリオはお前を大切にしていない。だからギルシアはルベリオに攻める。それだけだ」
シャンテルは直ぐに言い返すことが出来なかった。何しろアルツールの言う通り、シャンテルは家族に大切にされているとは言えないからだ。
「だからって! ルベリオの人々を傷付けて良い訳じゃない!」
「それが戦争だ」
「!!」
冷たい声色が、シャンテルに現実を叩きつける。
「誰も傷付かずに済む戦など存在しない。ルベリオ王国の第二騎士団団長であるお前なら分かるだろう」
アルツールは随分と痛いところを突いてくる。
それはきっと、彼自身が身を以て戦争を体験しているからなのだろう。
最近のルベリオは、ギルシアとの小競り合いはあるものの、ありがたいことにその他は至って平和だった。
シャンテルは小さな争いは知っているが、戦争は知らない。だけど、その小さな争いですら怪我人が出る。場合によっては死者だって出るのだ。
「ギルシアが勝てば、ルベリオはギルシアの国土になる。その時、ギルシアはルベリオ国民もギルシア国民として受け入れ、大切にすると約束する。戦争で荒れた土地をならして畑を作り、壊れた家や建物を修復する。家族を失った者たちには支援を施す。それがギルシア王国だ。勿論、ルベリオ王家が早々に降伏し、戦争をせずに済むのであれば、それに越したことはないが」
シャンテルは自身の騎士服の裾をぎゅっと強く握る。
黙り込むシャンテルに、アルツールは思い付いたように付け足した。
「まぁそうだな。お前が俺と共にギルシアに来て国王にルベリオに攻め込まないよう頼めば、お前の望む争いのない解決策も可能だろう。その時は俺も一緒に頼み込んでやってもいい。何よりも可愛い孫たちの頼みだからな。おばあ様も味方してくれることだろう」
「……そんなことを言われても、ギルシアがルベリオに攻め込まない保証なんて何処にも無いわ」
シャンテルの言葉にアルツールは、やれやれと息を吐く。
「俺が一緒に頼んでやると言っている。それで十分だろ」
「そんなこと無いわ。不確かなモノを信じて貴方に着いて行くなんて、危険すぎる」
シャンテルがそう答えると、アルツールが少し煩わしそうに口を開く。
「まだ時間はある。俺の妻になってルベリオ国民を守るか、ルベリオに残って力ずくでギルシアに連れ戻されて、俺の妻になるのか。今の話、よく考えておけ」
そう言い残すと、アルツールがシャンテルに背を向けて、来た道を戻っていく。
「もうよろしいのですか?」
アルツールの従者が追いかけながら尋ねると「あぁ」と、返事が返ってくる。
「今日はこれ以上アイツと話しても、意味がないからな」
遠ざかっていくアルツールの背中を眺めながらシャンテルは思う。
どうして最終的に私がアルツール王子の妻になること前提なのよっ!!
一度深呼吸して、シャンテルは込み上げてくる感情を無理矢理に押さえ込む。
「カール、私たちも行くわよ」
告げて、訓練所を目指して再び歩きだした。
「はい」と返事をしたカールは、シャンテルの後ろを気まずそうに着いてきた。




