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シャンテル王女は捨てられない〜虐げられてきた王女はルベリオ王国のために奔走する〜  作者: 大月 津美姫
1章

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11 アルツール王子の告白

 シャンテルは午前中いっぱいを書類整理に費やした。


 午後から明日の国王騎士団入団試験の準備がある。

 ある程度、騎士たちに内容を伝えれば、あとは各自が動いてくれる。その為、シャンテルは明日の入団試験の受験者リストの確認と試験の流れの確認、それから備品の最終チェック、あとは合間を見て騎士たちに進捗を確認すれば問題なかった。


 待ち時間で書類整理を同時に進められればよいのだが、機密書類が多い為、部外者に見られては不味い。その上、紛失する危険もある。

 仕方がないので、シャンテルはまだ三分の一しか片付いていない書類の山を置いて、代わりにニックたちが用意してくれた本を一冊持って執務室を出る。


 と、扉を開けた先、壁にもたれて本を読むアルツールの姿が目に飛び込んできた。


「ア、アルツール王子!?」


 シャンテルの声でアルツールは本から顔を上げて、シャンテルを見た。


 彼のそばには、従者と思しき人物が控えていた。パタンと本を閉じたアルツールがノールックで従者に本を差し出す。それを従者がしっかり受け取ると、本から手を離した。


 国賓が滞在する部屋はシャンテルの執務室から、少し距離がある。それに、アルツールが事前の連絡なしに訪ねてくるのは予想外だった。


「アルツール王子がどうしてここに? というか、いつからそこに!?」


 驚きながら、シャンテルは執務室の前で警護に当たっていたカールに目を向ける。


「構わん。俺がコイツに黙っているよう頼んだ」


 どうして呼んでくれなかったのか責めようとしたシャンテルにアルツールが告げる。


「とは言え、あともう少しお前が出てくるのが遅かったら、呼び出すつもりだった。拒否されたらドアを蹴破っていたかもしれんな」


 付け足された物騒な言葉に、「ドアが蹴破られなくて、本当に良かったです!」と返す。


「どうしてこちらに?」


 一つ息をついて、落ち着きを取り戻したシャンテルは、改めて問いかけた。


「それは、お前が連絡を寄越さないからに決まっているだろう」

「え? 昨日、返事のお手紙を送りましたよね?」

「あぁ、それは受け取った」

「でしたら──」

「何時になるか分からない知らせを待つ気はない。それに、ジョアンヌの方は明後日、セオ国のやつらと茶会をするそうじゃないか」


 ジョアンヌがセオ国の王子たちとお茶をする話は、シャンテルも数時間前に本人から聞いたばかりだ。

 早すぎる情報の流れに、まさか密偵を潜り込ませているのかと考えて身構える。


「……何故それを、アルツール王子がご存知なんです?」

「本人が嬉しそうに使用人たちに言いふらしていた」


 なんとも拍子抜けな答えに、「あぁ……」と思わず声が漏れる。


「そうだったのですね」


 ひとまず、シャンテルはアルツールに背を向けると、執務室を施錠する。


「ジョアンヌが浮かれてお茶会の準備に励んでいるということは、お前たちの公務は量が大したことないか、公務の割り振りがお前に偏っているかの二択だ。後者だった場合、俺はお前との約束をあと数日は待つ羽目になると踏んだ」


 アルツールの予想通りだった。

 アルツールもエドマンドもどうしてこうも鋭いのかと、その観察眼と推察力にシャンテルは感心する。


「それで私の所に?」

「そうだ」

「私が何故執務室にいると分かったのです?」


 シャンテルの問い掛けにアルツールが顎でニックを指す。


「昨日夜会で見かけたお前の護衛騎士が扉の前に立っていた」

「……」


 今までは機密書類もあるし、ニックたちが出入りするからと、執務室ではカールを外で待機させていた。

 護衛騎士を部屋の外に待機させることは、中に守るべき存在がいると周囲に知らせることになるようだ。


 今度から執務室では中で護衛してもらおう。


 シャンテルは今回の失敗から学んでそう決めた。


「アルツール王子、せっかく訪ねてもらって申し訳ないのですが、私はこのあと明日の王国騎士団入団試験の準備がありますので……」

「問題ない。移動しながら話せばいい」

「えぇっ!?」


 思わず漏れた声に、アルツールが不機嫌そうに眉を寄せる。


「何だ? 何か不服か?」

「い、いえっ。そんなことはありませんよ」


 図星をつかれたシャンテルだったが、誤魔化すように笑みを浮かべる。


「では、さっさと歩け」


 何だかせっかちね。と思いながら、シャンテルは訓練所の方へ足を向ける。


「ところで、アルツール王子は何時までルベリオに滞在されるおつもりですか?」


 なるべく早く帰ってくれると助かるのだけど。と思いを込めながら、シャンテルは尋ねた。


「お前が俺の妻になると頷くまでだ」

「っ!?」


 平然と言ってのけるアルツールに驚いて、シャンテルは隣を着いてくる彼を見た。だけど、アルツールはなんでもないことのように表情一つ動かさないままだ。顔は進行方向に真っ直ぐ向けられている。


「も、申し訳ありませんが、仮に私が現在滞在されている他国の王族の方の中から、婚約者を決めるとしても、かなり時間がかかると思いますよ?」


 大体、何故私がアルツール王子を選ぶこと前提なの!? 


 シャンテルが心のなかで付け足していると、アルツールが顎に手を当てながら「なるほど」と呟く。


「長期戦か。……それは困るな。なるべく早くお前を落とすしかないようだ」


「おっ、落とす!? そんな、攻めている国のお城を落とすみたいな言い方はやめて下さい」


 シャンテルが言えば、「そういうつもりで言ったわけでは無いのだが」と呆れた顔をされた。


「それはそうと、こちらに滞在されている間、公務はどうされるのです? アルツール王子は王太子なのですから、私よりも多く公務を抱えているのでは?」


「問題ない。弟に任せてある」

「第二王子に?」

「あぁ。その他、俺の署名や指示が必要なものは、ルベリオまで届けてもらうことになった。恐らく他の奴らもみんな似たような感じだろう」

「……そうなんですか」

「俺が最も優先すべき最重要事項は、お前をギルシアに連れて帰ることだからな。おばあ様がお前の帰国を強く望んでいる。それに、国王陛下と王妃殿下もお前を心配している」


 それまで歩いていて、一度も合わなかったアルツールの視線がシャンテルを捉えた。

 驚いたシャンテルは思わず立ち止まって、息を呑む。


「というわけで、そろそろ本題だ」


 アルツールがズイッとシャンテルを覗き込む。


「シャンテル、俺と一緒にギルシアに来い。お前を俺の正妃にしてやる。お前が望むなら、俺は側妃を娶らずに生涯お前だけを愛してやろう」


 告げだアルツールがシャンテルの髪を一房掬うと、それに口付けた。


「っ!?」


 まるで、誓いの証だと言わんばかりの行動だった。

 頬や唇にキスをされたわけでもないのに、シャンテルは顔が熱くなる。


「そ、そんな簡単に言わないで下さいっ! それに、時が経てばアルツール王子はそんな約束、きっと忘れてしまいますよ」


 耐えきれなくて、フィッとシャンテルは顔を逸らす。だが、アルツールがシャンテルの顎を掴んだ。そのまま、強制的に顔を向き合わされる。


「簡単には言っていない。それに俺は案外一途だからな。一度言った約束は必ず守る」

「私には、一途なアルツール王子が想像出来ないのですが……」


 失礼を承知でそう口にすると、少し思考を巡らせたアルツールが口を開く。


「離れて暮らしていたんだ。無理もない。では、特別に教えてやろう」


 グイッとアルツールがシャンテルを抱き寄せた。


「ひゃ!?」と小さく悲鳴を上げるシャンテルに、驚くカール。だが、アルツールは気にせず続ける。


「俺は6歳のあの日、お前に初めて会ったときから今日までずっと、お前を想っていた」

「えぇっ!?」


 アルツールが言う6歳のあの日以降、アルツールとシャンテルは一度も顔を合わせる事は無かった。

 あの頃は二人とも、ただの子どもだ。


 それなのに何年もの間、想ってきたと言われても信用ならない。


「あの頃の私と今の私は全然違います。それに、たった一度会ったときのことをそんな風に言われても、信じられません」


「一目惚れだと言ってもか?」

「え? ひ、一目惚れ!?」


 この氷のような冷たい瞳をしたアルツール王子が!?


 淡々としたアルツールの話し方からは、想像も付かない単語が飛び出してきた。


「それに、俺はルベリオとギルシアの国境付近で、遠くからお前の姿を何度も見かけている」


「え?」


 その言葉にシャンテルは目を見開く。それまでの驚きや戸惑いがサッと引いて、まるで時が止まったかのような気分だった。


 つまり、ルベリオとギルシアの小競り合いの指揮を取っていたのは──


「……今まで国境付近での小競り合いは全て、アルツール王子が企てた事だったのですか?」


 キュッと自身の手を強く握り締めて、シャンテルはアルツールを見た。


「そうだ」


 一言呟かれた肯定の言葉を聞いて、シャンテルの中にふつふつとした怒りが湧いた。

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