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シャンテル王女は捨てられない〜虐げられてきた王女はルベリオ王国のために奔走する〜  作者: 大月 津美姫
1章

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10 面倒事の押し付け

 夜会の翌日。シャンテルは通常の倍に当たる量の書類仕事に追われていた。


 デリア帝国、ギルシア王国、セオ国、そしてロマーヴリフ公国の皇子や王子、公子が昨日中にルベリオ王国への滞在延長を申し出た。その件でニックが作成した書類の確認と、王女としての承認作業に追われていたのだ。


 まさか、皆さま揃って滞在を延期されるなんて……

 本当に私と仲を深めるつもりということ??


 そう考えてシャンテルはゾッとした。夜会が終われば、苦手な社交から暫く解放されると思っていたからだ。

 仲を深めるということはつまり、お茶をしながら談笑したりと、彼らと同じ時を過ごす必要がある。


 ロマーヴリフ公爵は予定通り帰国されるが、各国とのやり取りや彼らとの交流を含めて、これから忙しくなる予感がシャンテルを襲う。


 そしてもう一つ、シャンテルを忙しくさせたのは、国王陛下が王妃を迎えると発表したからだ。

 こちらも書類や婚姻に関する段取りの確認、そして反対する貴族たちを宥めるための準備が必要だった。


 今までの力関係の均衡が崩れるのだ。それを心配する者は当然多い。それによる損害を最小限に抑えたいのが彼らの望みだ。送られてくる意見を吸い上げ、応えられる範囲で彼らの要望を叶える必要がある。


 コンコンと執務室にノックの音が響く。シャンテルが入室を許可すると、ニックが部下を連れて書類や本、それから丸められた紙の束を抱えて入ってきた。


「ニック、……これは?」


 顔を引き攣らせるシャンテルに、ニックは執務机にそれらを積みながら答える。


「はい。いつも通り、追加の書類をお持ちしました。それから、国王陛下と新たに王妃となられるシャトーノス侯爵令嬢の婚儀に関して、陛下からシャンテル様に招待する貴族や周辺諸国の国賓をリストアップするように、とのことでした。また当日の警備に関しては第二騎士団と第三騎士団に一任するとのことでして。これは式場予定の教会の見取り図と、式場から王宮までの帰り道で行うパレードの暫定通過予定地区の地図です」


 そう言って、丸められた紙の束が書類の上に置かれる。


「…………。今のところ婚儀に関する件はそれだけかしら?」

「はい。ドレスの仕立てなどに関しては、お二人でお決めになるそうなので、私は仕立て屋や宝飾品店の手配を仰せつかりました」

「そ、そう……」


 招待する貴族と周辺諸国のリストアップを任されるということは、招待状のやり取りを任されたようなものだ。参加者の関係性を考慮して、問題が起こらないように席次を決めろ、ということだろう。

 そして、婚儀当日の警備を第二騎士団と第三騎士団が行うと言うことは、ジョアンヌと連携しなくてはならないことになる。


 シャンテルはため息が出そうになるのを堪える。

 よく見るとニックも彼の部下たちも顔色が優れない。それもそのはず、今日渡された大量の書類は彼らが昨日徹夜して用意したものだからだと、安易に想像がついた。

 昨夜はいつもより少し遅いぐらいの時間に床に着いたシャンテル。私が弱音を上げては駄目だわ。と気を取り直す。


「それから、こちらアルツール王子からのお手紙です」

「手紙? 昨日の今日で?」

「はい。何でも直ぐに返事が欲しいとのことでした」


 手紙を受け取ったシャンテルは、蝋封にギルシア王室の印璽が使われていることを確認してから中を確認する。



 ────


 昨夜伝えた通り話がある。

 お前の都合に合わせてやるから、直ぐに日程を調整しろ。


 アルツール・ジェラード・ルデック


 ────



 端的に伝えたいことと、差出人だけが書かれた内容だった。


 今日はこのあと騎士団の訓練が午前中いっぱいまである。それから午後には国王と家臣たちを交えて、進行中の政策に関する報告会議を控えている。

 合わせてこの書類の山と婚姻関係の書類を片付けるとなると……


 明日……いや、明後日に国王騎士団入団試験を控えているから、明日はその準備が必要ね。


 そして、いつも通りその他の公務だってある。それに、目の前にあるこの書類を一日で片付けるのは不可能だ。

 いつ予定を開けられるか、今は確かなことが言えない。ひとまず、様子を見て近日中にこちらから声を掛けると返事を出そう。


「ニック、直ぐに返事を書くから、アルツール王子に手紙を届けてもらってもいい?」

「はい、構いません」


 その返事を聞いて、引き出しに常備している用紙と封筒を取り出すと、シャンテルはサッとペンを走らせる。


 アルツールは端的な内容を送ってきたのだ。こちらも端的な内容で問題ないだろうと考えて、即座に書き終えた。


 顔を上げるとニックが封蝋の準備をしてくれている。「ありがとう」と声をかけて、手紙のインクが乾いたのを確認すると封筒に入れた。


 ロウソクに火を付けて、溶けてきた蝋を封筒のフタに垂らす。溶けた蝋がある程度の量になると、ルベリオ王室の印璽を捺した。


「シャンテル様、こちらは公務とは関係ないのですが、宜しければ参考にして下さい」


 そう言ってニックが執務机の手前にあるローテーブルに、いつの間にか置かれていた数冊の本を差した。


「これは……」


 呟きながら、シャンテルは表紙を確認する。

 それはデリア帝国とセオ国に関することが記された、謂わば歴史書のようなものだった。その他にも、その国で書かれたファンタジーモノの本が数冊ある。


「皇子や王子様方と交流の場を設けることになったとお聞きしましたので、我が国とは交流が少ないデリア帝国とセオ国の書物を部下に集めさせました。それから物語の方は、今その国で流行っている本だそうです」


 それを聞いてシャンテルはニックとその後ろに控えている彼の部下たちを見る。


「ありがとう! 助かるわ」


 お礼を伝えるとニックは勿論、彼の部下たちも顔を綻ばせた。


 これがあれば少しはその国の話題で会話を成立させられそう。と考えて、早速今晩から眠る前に読み込もうと決める。


 再びノックの音がする。


「シャンテル様、もうすぐ訓練の時間です」


 執務室の部屋の前で警護してくれていたカールが、扉越しに知らせてくれた。その声に「すぐ行くわ」と返事をして、アルツール宛の手紙の蝋封がある程度固まったことを確認すると、それをニックに託した。


「アルツール王子によろしくお願いします」

「はい。では私たちも失礼します」


 ニックたちが部屋を出るのを確認しながら、シャンテルは執務机の上を少し整理して、部屋を出ると執務室の部屋を施錠した。



 翌日、少し早起きをしたシャンテルは昨日に片付け切れなかった書類に目を通していた。先ずは自分の分の公務を行い、必要なものには署名をして一枚一枚片付けていく。


 その時、ノックと共に声がかけられる。


「シャンテル様、バーバラ妃殿下からの伝言をお伝えしに参りました」


 バーバラからの伝言、とうことは、バーバラ付きの侍女が訪ねてきたらしい。


「どうぞお入り下さい」


 シャンテルが部屋に通すと、バーバラ付きの侍女がシャンテルが座る執務机の前に立つ。


「本日の朝食後、話があるのでバーバラ妃殿下のお部屋まで来るようにとのこです」


 バーバラから話があるとは珍しい。いつもなら、自身やジョアンヌからシャンテルを遠ざける存在だ。食事ですら特別なことがない限り別々に取っている。


 どういう風の吹き回しかしら? と、思いながらも一昨日の国王陛下の発表で城内は混乱している状態だった。


 呼び出される理由は、国王が新たに王妃を迎え入れる件くらいしか思い当たらなかった。


 了承の返事をして侍女を退室させると、シャンテルは自身の食事の時間まで公務に精を出した。



 ◆◆◆◆◆



『シャンテル、貴女からもシャトーノス侯爵令嬢との婚姻を取りやめるよう、国王陛下を説得なさい』


 バーバラの用件はシャンテルの予想通りの内容だった。


『お言葉ですが、国賓や国内有力貴族たちの前で発表してしまった以上、簡単に取り下げは出来ないと思います。それに、国王陛下は私に無関心ですので、私の言葉などお聞き入れ下さらないと思います』


 シャンテルは思っていることを正直に述べた。

 バーバラは不愉快そうに眉間を歪めて、「使えない子ね!」と一言放った。


『もういいわ。出て行きなさい』


 期待した働きが出来ないとわかると、バーバラはすぐにシャンテルを部屋から追い出した。


 そうして、シャンテルが自身の執務室の前まで戻ってくると、何やら書類を抱えた侍女の姿が見える。その後ろにはジョアンヌの姿もあった。


 シャンテルが戻って来たことに気付いたジョアンヌが、ムッとした顔を向けてくる。


「お姉様、何処に行っていらしたの? わたくし、ずっとお姉様をお待ちしていましたのよ!?」


 ずっと待っていたと言われても、訪ねてくるなんて聞いていなかったのだから、仕方がない。

 逆ギレされても困るわ。と思いながらシャンテルは質問に答える。


「バーバラ妃殿下のところよ」

「お母様の? ……だったらまぁいいわ。そんな事より、お姉様これお願いね」


 そう言って、ジョアンヌは連れていた侍女が持つ書類の束を指差す。

 彼女を一目みた瞬間からシャンテルは少し嫌な予感がしていた。だけど一応尋ねてみる。


「これは?」

「見れば分かるでしょう? わたくしに割り当てられた公務の書類よ。大半は国王陛下の婚姻関係になっているわ」

「……」

「王女の署名を求める書類だけを集めてあるから、お姉様の署名でも問題ないわ」


 何でも無いことのように告げられるが、これはジョアンヌに任された書類だ。唯でさえ国王の書類整理も行っているのに、これ以上は勘弁して欲しいと思いながら、シャンテルは口を開く。


「ジョアンヌ、私も自分の分があるわ。私たちに割り振られる公務は将来スムーズに公務が行えるよう、慣れる目的ももちろんあるけれど、負担を減らして手分けするために均等に割り振られているのよ?」

「仕方ないじゃない。わたくしセオ国の王子様たちから明後日のお茶に誘われたんだもの」


 セオ国の王子たちが、ジョアンヌをお茶に?


 夜会ではシャンテルと仲良くなりたいと言っていたのに、先に彼らが声をかけたのはジョアンヌの方だった。

 一晩冷静に考えて、シャンテルよりジョアンヌと仲良くするほうが良いと判断したということだろう。


「明後日ならまだ時間があるじゃない。もう少し頑張ってみたらどうなの?」

「それは駄目よ。今から残りの書類整理と明後日のお茶会のドレスや髪型を決めたり、お茶菓子を決めるのに忙しいんだもの。それに、明日は王国騎士団の入団試験があるでしょう? 面倒だけれど、わたくしの第三騎士団に入りたがっている優秀な騎士を見極めるためにも、出席しなくちゃいけないから、絶対に今日終わらせなきゃいけないの」


 そこまで言うと、ジョアンヌが持っていた扇子で口元を隠す。


「お姉様と違って、わたくしは大切な国賓のお相手を控えているのよ」


 ふふふっと、見下すような目でジョアンヌがシャンテルを見た。


 これは何を言っても駄目ね。と、シャンテルは諦める。


「仕方ないわね。今日の分だけね?」

「流石お姉様! 国賓のお相手の方が大切な仕事だとよく分かっていらっしゃいますわね」


 書類を捌くことも十分大切な公務なのだけど。と思いながらも、これ以上何かを言うと面倒に成りそうなので、口を噤む。


 執務室の鍵を開けると、シャンテルは侍女から書類の山を受け取る。


「あぁ、それから国王陛下の婚儀当日の警備だけれど、全ての指揮はお姉様にお任せするわ。警備のことに関してはわたくし、全く分かりませんもの。第三騎士団をお姉様にお貸しするから、よろしくね」


 一任された警備の件はジョアンヌと相談が必要だと思っていたが、つまりは丸投げだ。かなり大変だが、これで意見が分かれたりする心配はなくなった。


「分かったわ」


 シャンテルが頷くと、ジョアンヌが期限が良さそうな笑みを浮かべる。


「それではお姉様、ご機嫌よう」


 足取り軽く、ジョアンヌは廊下の奥へと消えていった。

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