プロローグ
広い家、綺羅びやかな服に高級な料理。使っても使っても湯水の如く沸く財産。
望んだ物は全て手に入れ、何不自由のない暮らしをしてきた子たちは皆幸せ。
周りはそう思っているだろう。しかし、そんなものは望んでいない。物心付いたときから周りにいた人間は、「金」という魔力に魅了され、欲を露わに権力の有る者に媚びへつらう汚い人間ばかりで、その権力者本人も、物も人も全て金さえあれば手に入ると思っている。子どもである私に対してもそう思っているのだ。
「お前は坂下財閥の娘であり後継ぎでもある。ただでさえ『女』という枷があるんだ、同業者には絶対に舐められてはいけない。
周りにいる人間とは馴れ合うな、常に上に立て。
これも私達の将来を考えてのことだ。
分かったら下がれ。二度と継ぎたくないとか言う戯言を言うな。」
私の父は昔からそういう人だった。
通う学校も、習い事や作法教室も、結婚相手も全て父に従い生きてきた。これからもそうだろう。
逃げ出したこともあったが、父の金で雇われているボディガードや召使いの手から逃れることはできない。
もういっそ死んでしまえば、こんなに苦しい思いもしなくて済むし、父に一矢報いることも出来るかもしれない。
そう思い手にしたのは、月夜に照らされ鈍い銀色を放つペーパーナイフ。力を入れようとしたその時、複数人の男の叫び声が屋敷にこだました。
持っていたペーパーナイフを下ろし、ドアに近づき耳を澄ますと、ボディガードたちの焦る声が聞こえる。
「おい!大丈夫か!?
くそっ、相手は二人だぞ?なんでそんなにてこずってるんだ!!」
「後ろの方にいたから、はっきりとは分からないが…仲間がどんどん倒れていったんだ、敵は『何にもしてないのに』。しかも相手は若い男と女のガキだぞ!?
坂下様とお嬢様を安全な場所に避難させなければ…っうわぁーーっっっ!!!」
叫び声と共にバタバタと倒れる音がする。
どうやら近くまで謎の二人組は来ているようだ。
ここにいては危ないと判断した私は恐る恐る部屋から廊下に出た。
出るとすぐそばにボディガードが三人倒れていた。白目を剥いて呻きながら小刻みに震えている。すると一人が突然起き上がり咆哮に近い声を発し、足元に倒れている同僚を持っている銃で乱射し始めた。
「ゔヴゥあぁあぁッッッ、おぉヴゥヴッっ……
ゔヴゥある…ゔゔし…やる…しデヤる…ごろシデヤるァァァァッッッ!!!!!」
弾が途中で切れていたが、カチカチと引き金を引き続けている。もはや理性などどこにもない。
完全に気が触れてしまったボディガードは、私に目もくれず、弾のない銃で同僚の死体を『撃ち続けて』いる。
ボディガードたちが来た階段とは別の階段を使って降り、父の書斎部屋に差し掛かった頃、中から父の怒鳴り声が聞こえた。
「応援はまだか!?何?やられただと!?
お前の部隊で最後!?何をしてるんだ!!
おっ、おい!!どうした!?
クソっ!!全員やられやがった、全く役立たずどもめ!!」
部屋に入ろうとドアノブを捻り、ドアを開けかけたところで、父の書斎部屋の中のガラスが割れる音がした。
ガシャアァァァンッッッ
「うわあああああっっっ!!!!!」
ガラスの破片が辺りに散らばる。
割れた衝撃で父の腕や顔は血が滲んでいた。
「だっ、誰だ!?お前たちは!?!?」
父の目の前には黒いサングラスをかけた若い男と大きなウサギのぬいぐるみを持った少女が立っていた。
窓から入ってきてずっと無表情だった若い男が、一瞬父の問うた質問に不敵な笑みを浮かべた。
「何故これから死にゆくあんたに教えなくちゃいけないんだ?何で殺されるかは…自分の胸に聞いてみな。
さあ…ダンスの始まりだ…面白く滑稽に踊ってくれよ?財閥の坂下さん?」
そう言って身につけていた黒いサングラスを、ゆっくりと外した男の眼は、赫く冷たい眼をしていた。