【無】を取得して衛兵に捕まった男、すべてを手に入れたが大事なものを失う
【ご案内】
こちらの作品は、某ゲームのバグにインスパイアされて執筆されています。
(無を取得して衛兵に見つかるとラストダンジョンに連行される 通称「ムーンワープ」)
知っていると、より作品をお楽しみいただけるかと思います。
「ようロータス。聞いたぜ。城に呼ばれたんだって?」
「タッシュか。なんだよ、もう聞いちまったのか。驚かせてやろうと思ったのに。」
「王都とはいえ小さい区だからな。噂なんかすぐ広まるさ。16の頃だっけ?お前がアンナに告白したことだって翌日には区内の皆が知ってたもんな。」
「おいおい、昔の話だ。蒸し返すんじゃねえよ。」
「ははっ、悪い悪い。ま、これで名実ともに一番の仕立て屋だな。おめでとう。」
「ありがとよ。」
「それで、城にはいつ行くんだ?」
「明日だ。」
「それは急な話だな。準備や他の仕事は大丈夫なのか?」
「問題ない。王や貴族たちが目を丸くするような最高の服を仕立ててやるぜ。気に入られたら、晴れて王室御用達の仕立て屋だ。この区には戻ってこないかもな。」
「お前ならできるさ。」
「ありがとう。ところで、お前はここで油を売ってていいのか?」
「げっ、見回りの途中だったんだ。じゃあな、頑張れよ。」
翌日、ロータスは親父さんと共に城へ向かったのだった。これがすべての始まりだった。
それからほどなくして、ロータスは家へ帰ってきた。
なぜか少し火傷しているようだった。
それに、様子がおかしい。
声をかけても返事はなく、帰ったその日以来、家から出ることもなかった。
俺は気になって、一緒に行った親父さんに無理やり王都での出来事を聞いた。
城では、ある貴族お抱えの仕立て屋とコンペをすることになったらしい。
「それでは王都で一番の仕立て屋ロータス、貴族ドンバ推薦の仕立て屋ジェニス。両名、仕立てた服を見せよ。」
大臣が命じ、二人は服を献上した。
「ロータスと言いましたね。町で評判の仕立て屋もこの程度ですか?あなたの仕立てた服はボロ切れと大差ないですわね。」
「なんだと?お前の服は生地こそ高級品だが、縫製の技術は素人に毛が生えた程度のものじゃないか。」
「静まれ!王の御前であるぞ。」
「よい。それで、大臣。余に相応しい服を仕立てたのはどちらだ?」
「ジェニスの服でございます。」
「何!?どういうことだ!」
「ロータス!貴様、不敬だぞ!」
「構わぬ。ジェニスの服が相応しいとした理由を説明せよ。」
「ロータスのものは縫製も甘く縫い方も生地に合っていない。生地の品質を理解しているとは言い難い。ジェニスのものが全てにおいて上です。」
「そんなバカな!俺はベストを尽くした。これまでの仕立て屋人生の中でも、この服は最高の仕上がりだったと言ってもいい……なのに。それなのに、俺の最高傑作がジェニスの服より下ということはありえないだろう?」
「言い訳は無用ですわ。」
「お前……まさか最初から……!」
「何のことでしょう。さあ大臣殿。これでロータスの服は必要無くなりましたね?ではこんなボロ切れ、さっさと燃やしてしまいましょう!」
「止めろおおぉぉぉ!くそっ、離せええぇぇぇ!」
「あははっははははは!」
あんまりではないか。詳しい状況はわからないが、おそらく出来レースだったんだろう。
「あ……あ……。」
「うわああああぁぁぁぁぁ。」
「ロータス!危険だ!」
ここは親父さんと衛兵が止めたらしい。だが少し火傷してしまった。
「俺の服が!服が!あぁぁぁ……。」
「ジェニス!てめえええ!」
「衛兵!そいつらをつまみ出せ。」
そして、二人は失意のままこの区へ戻ってきたそうだ。
戻ってからのロータスの様子も聞いた。
なんでも王に献上する予定だった服をマネキンに着せ、店でずっと眺めているそうだ。
だがその服は城で燃やされてしまった。
当たり前だが、親父さんからも他のお客さんからもその服は見えない。
事情を知っている親父さんはともかく、お客さんは不気味に思っている。
その証拠に、区にも城に行ってからおかしくなったと噂が流れていた。
俺が見回り中に耳にした噂だけでも、ロータスは虚空を眺めているだの、無を手に入れて悦に入ってるだのと、それはひどい言われようだ。
ある時、息子の悪評が広まるのを避けたいと、親父さんがそのマネキンをせめて店の奥にどかそうとしたそうだ。
しかし、それだけでもロータスはヒステリーを起こしてしまった。
それから、下手に動かすこともできなかったらしい。
「タッシュ。君はロータスと仲が良かったろう?今もこうして様子を聞きに来てくれた。お願いだ、何とかロータスを元気づけてやってくれないか?」
「ええ、もちろん。言われるまでもないです。」
さて、どうしたものか。
俺は門番をしながらロータスを元気づける方法を考えていた。
「やっぱ、これしかないか。」
親友のためだ。ここは俺が一肌脱ごうじゃないか。
非番の日、俺はロータスの店を訪れた。
「よう、ロータス。調子はどうだ?」
「ああ、タッシュか。いらっしゃい。」
「何を見てたんだ?」
「この服さ、見てくれ。俺の最高傑作なんだ。」
ロータスの示す先にあるものは、俺にもやはり裸のマネキンにしか見えない。
「へえ、すごいじゃないか!どういう所がこだわりポイントなんだ?」
「この服はね、王様の要望で作ったものでさ。使ってる生地も俺たち平民の服とは全然違うんだ。それに縫製もいつもと勝手が違うから苦労したな。それでもここまで仕上げられるんだから、やっぱり俺は天才だな。」
そう語るロータスの目はギラギラとしていて、しかしやつれた雰囲気とはミスマッチで、ひどく不気味に感じられる。
親友の俺でさえそう思うのだから、お客さんは怖かっただろう。
彼の異様な雰囲気を直に感じ、やはりロータスには元気になってほしいと、一層そう思えた。
「本当、お前は天才だよ。あーあ。俺も一度でいいからこんな服着てみたいなあ。」
用意してきた一言。その存在しない服は、俺が着てやる。
「なら、着てみるか?」
「え、い、いいのか?」
「もちろん。実はその服、王様にはいらないって言われちゃってさ。タッシュが着てくれるなら俺もうれしいよ。」
思ったよりもすんなり事が運んだ。
もっと抵抗されるかと思ったが、この調子なら彼が元気を取り戻すのも遠くはないかもしれない。
「ど、どうだ?」
「あはは。タッシュ、お貴族様みたいだ。」
見えない手前、自分では着られない。
ロータスにこの存在しない服、【無】を装備させてもらった。
つまり今の俺は、ロータス以外の人からは裸に見えるだろう。いや、実際に裸なのだが。
「笑うなよ。こんな立派な服、俺には似合わないって言うんだろ?」
「ごめんごめん。そうじゃないんだ。タッシュが着たいって言ってくれて、実際に着てくれてさ。嬉しいんだよ。」
ロータスも少しは元気が出ただろうか?そうであれば俺もうれしい。
「じゃあ、似合ってるんだな?」
「えーっと……。」
「やっぱり似合ってないんじゃないか!」
二人で笑いあった。よかった。やつれた感じはまだあるが、少し生気が戻ったような気がする。
「せっかくだし、それを着て少し散歩でもしに行くかい?」
「えっ?」
少し声が上ずってしまった。流石にそれはマズイんじゃなかろうか。
「やっぱりその服で出歩くのは恥ずかしいかい?」
少し悲しそうなロータス。そうだ、俺はこいつを元気づけるために来たんだ。
ひるむな俺。少しくらいなら大丈夫さ。
「い、いや。そういうわけじゃ。」
「そうかい?無理しなくていいんだぞ?」
「だ、大丈夫だ。行こう。」
「裸でうろつく変質者とは貴様か!」
区内を二人でうろついていると、すぐさま衛兵が駆けつけてきて、あっさり御用となった。
城へ連行され、牢に蹴り入れられる。
だが、その時だった。あり得ないことが起こった。
「仕立て屋ジャニス、その裏で謀を仕組んだ貴族ドンバ、それに大臣。嘆かわしいことだが、3名に罰を与えねばならぬ。」
「そんな、王様!私はこの二人に脅されて……。」
「いいえ、王様、私は大臣に騙されていたのです。なにとぞご慈悲を……。」
「違います王様!この者たちは嘘を……。」
「黙れ。余が何も知らぬと思うたか。先日の仕立ての件はお前たちが私欲のため、余に取り入ろうとした醜いものだ。」
ここは牢屋ではない。牢屋に蹴り入れられたと思った次の瞬間、俺は謁見の間にいた。
しかも何やら王様による沙汰が執り行われている。
俺は何が起こったかわからず、ぼう然と立ち尽くしていた。
まるで、途中の出来事をすべてすっ飛ばしてきてしまったようだった。
「沙汰を言い渡す。お前たち3名は国外追放。連れていけ。」
「そんな!王様、話を……。」
屈強な衛兵たちに連れられ、その3人はあっという間に見えなくなった。
「さて、タッシュと言ったか。」
「え?あ、は、はっ!」
「此度の活躍、見事であった。」
「えっ……と、恐縮です。恐縮ですが、どういったことを評価していただいたのでしょう……?」
「謙遜せずともよい。先ほどの3名が不逞を働いたことを証明したではないか。それに、友人のため身を挺して抗議しようとするその姿勢、嫌いではない。」
「あ……。失礼しました。」
俺は今も裸のまま、もとい無を装備したままだった。別の異常に気を取られていて忘れていた。
「よいよい。わしにはそちの友人が仕立てた立派な衣装が見えておる。今回の件でタッシュ、そちには十分な褒美を取らせよう。ロータスについては謝罪と賠償をせねばならんな。」
「もったいないお言葉。」
「それに加えて、この後ロータスには姫のドレスを仕立てさせる話をせねばならぬ。タッシュ、そちは下がってよいぞ。」
「はっ。」
全く身に覚えのないお褒めの言葉をいただいた。だが、俺は混乱していてそれを考える余裕はない。
状況が飲みこめないまま、謁見の間を出ようとしたときだった。
「きゃあっ!」
「おっと。」
誰かとぶつかってしまった。
「タッシュ!?何してるんだ?」
「ああ、ロータス。良かったじゃないか。」
そういえばさっきの話で姫とロータスが出てきていたな。
姫は遠目で見たことはあったが、近くで見るとやはり美人だ。
「わ、私になんてものを見せるんですの!早くそれをしまいなさい!」
「それって?」
「いや、服を着ろよ!」
「えっ!?」
「えっ!?じゃねえ!とりあえずこれでも巻いとけ!」
そういいながら俺はロータスに大きい布をぐるりと巻きつけられた。
「あ、ああ。ありがとう。」
元はと言えばお前が無を装備させて出歩かせようとしたんだが?
まあ元気になったのなら良かったが、なんとも腑に落ちない結果だ。
とりあえず俺は家に帰り、この日に起きたことを考えることにした。
そして帰ってから知ったことだが、俺が捕まったのは今日ではなく、なんと1週間も前のことだったという。ますますわけが分からなくなった。
「はあ……。」
王から身に覚えのない功績を認められ、俺はいつの間にか部隊長に昇進していた。
しかし、仕事は全く手につかず、俺はずっとあの日のことを考えている。
「どうしたんですか?隊長。」
「いや、何でもない。」
「私でよろしければ、話してもらえれば何か力になりますよ!」
いつの間にか配属になっていた部隊の、名も知らぬ部下。見るからに優秀そうだ。
このまま一人で悩んでても仕方ないし、ちょっと相談してみるか。
「……自分に理解しえない状況に陥ったとき、君ならどうする?」
「理解し得ない状況、ですか?」
「例えば、そうだな。朝起きたときに自分がいきなり謁見の間にいたらどうだ?夢ではないとして、だ。」
「それは……確かに混乱しそうですね。自分なら、なぜこの状況になったかを順を追って思い出してみる。というところでしょうか。」
なるほど。あの日の状況をもう一度思い出してみよう。
「それから?」
「起きてしまった状況はもうどうしようもありませんが、また起きてほしい出来事ならもう一度試してみるかもしれません。逆に、悪い状況になったのなら同じ行動は避けるでしょうね。」
「なるほど。参考になったよ。ありがとう。」
「もうよろしいのですか?」
「ああ、十分だ。それに君は忙しいようだからね。」
先ほどから誰かがこそこそと部屋を覗いている。おそらく彼の同僚あたりだろう。
「申し訳ありません。」
「いやいや、とんでもない。参考になったよ、ありがとう。」
「そうであれば、何よりです。失礼します。」
そう言って優秀な彼は部屋を出ていき、残された俺は一人になった。
彼の助言通り、あの日の出来事を整理してみよう。
・無を装備した
・その状態で外へ出た
・衛兵に捕まった
・牢に入った(蹴り入れられた?)
こんなところだろうか。無を装備して何かをする、というのがキーになりそうだ。
得られた結果については、
・ロータスを陥れた人物が処罰され、彼は元気になった
・王様に評価され、地位と報酬を頂いた
・体感よりも時間が過ぎていて、何らかの行動の結果だけが残った
・自分が過程を知らないため、周囲の話についていけない
ひとまずはこんな感じだ。
そして、起きてほしいかどうかだが、これならまた起きてもいいんじゃないだろうか?
何より、俺が気になって仕方ない。
「しかし、またこれを着るのか……。」
無。ロータスの作った、燃やされたはずの服だ。しかしロータスに会ったとき、彼はこの服を認識せず、俺を裸だといった。
至極当然の発言、と言えばその通りだ。
言い出した彼が認識できなくなったということは、もうこの服は存在しないのかもしれない。
あの不思議な出来事も、もう起こらないかもしれない。
でも俺はどうしても気になってしまう。確かめずにはいられない。
ロータスに認識できなくなっても、俺にはただの無に戻ったとは考えられない。
それを今夜、証明する。
「で、裸のお前を後ろから蹴れって?変わった趣味だな、ターシュ。」
「いいから、黙ってやれ。」
こんなことを頼めるのはロータスしかいなかった。
そして、彼に何度も蹴られた。家のドアというドアや、近所の空き家。
他にも部屋に入れそうなドアの前で試したが、どうにも上手くいかない。
「やはり牢か。それとも衛兵か?」
「……お前、大丈夫か?」
「できればもう少し優しく蹴ってくれると助かる。」
「尻じゃなくて、頭だよ。何か心配事なら相談に乗るぞ?」
「協力してくれただけで十分だ。今日は解散しよう。じゃあな、おやすみ。」
「お、おう……?おやすみ……。ゆっくり休めよ?」
迷いなく言い切った俺の態度に気圧されたのか、ロータスは何も言わなかった。
それから俺は一度家に戻って眠り、朝一番に城へ向かった。
もちろん、無を装備して。
「また、お前か。」
「また、捕まえて牢に蹴り入れてくれるかい?」
「それが俺の仕事だ。」
そして二度目の投獄。
俺は地下へ連行され、再び牢に蹴り入れられた。
はずだった。
俺はまたしても謁見の間にいた。
成功だ!
やはり無と衛兵がカギだったのだ。
見回すと今回は多くの人が集まっている。お祭りムードといった様子だ。一体何があったのだろう。
「そなたこそ救国の英雄じゃ。ありがとう。」
「ありがとうございます。恐縮ですが、今回は何を評価していただいたんでしょう?」
「またそれか。お主は以前と変わらんな。では、改めて今回の功績を読み上げるぞ!」
「汝、ターシュは王都を襲う災厄の化身、ドラゴンと戦いこれを撃破した。国防に尽力した、その戦果を讃えるものとする。」
なんと、今回の俺はいつのまにかドラゴンを倒したのか!通りで体中が痛いはずだ。
英雄の称号に加え、爵位と土地まで付いてくるそうだ。
これ以上ないと思っていたら、さらに想像の上を行く話が聞こえてきた。
「そして、この英雄ターシュに我が娘を嫁がせようと思う。」
その言葉とともに、あの時出会った姫が王の隣に現れた。彼女は俺のそばへ来てこう囁く。
「あの日すれ違った時から貴方のこと、忘れられませんでしたの。」
姫にこんなことを言われ、落ちない男などいるだろうか。
「ありがたいことでございます。王様。」
苦労して手に入れるはずだった結果を、何度か尻を蹴られただけで手にしていいのだろうか。
「そして今日という日をターシュの日として祝日として定め、祭りを行うこととしようではないか!」
これは後世に名前が残る。名誉、地位、富、そして姫。俺は今日、全てを手に入れたのだ。
それから俺という英雄について、王は話を始めた。
「彼は二度、余の前に現れた。一度目は彼の友人を救うため、この姿で抗議に来た。そして二度目。今回は服を燃やされながらもドラゴンを倒し国を救った。二度とも彼は決まってこの恰好だった。」
忘れていたが、俺はこんな大勢の前で無を装備したままだった。
「ゆえに、この祭りでは皆が裸で彼の偉業を祝うこととする!ターシュ万歳!」
……は?
そう言うなり、召使いが王の服を脱がしていく。冠と杖とマント。あとは靴だけ残して。
謁見の間は一気にざわつきだした。
「そら、お主らも脱げ。」
「は、はっ!」
召使い、衛兵も王の命で脱いでいく。
「姫よ、民を導くものとして、お主も率先して行動せんか。」
「お父様……しかし……はい、わかりました……。」
女性も例外ではなかった。侍女が困惑しながら脱がしていく。
「お主らも、余や姫に恥をかかせるつもりか?」
王の号令に従って、一斉に脱ぎだす貴族たち。もうめちゃくちゃだ。
「民へもすぐに勅令を出す。行くぞ。」
後に、この祝日はタッシュの日として、また裸祭りの日として後世に語り継がれることになった。
この結末は、喜ぶべきなのだろうか。
俺が無を装備してしまったために招いた、ちょっと不本位な名前の残り方。
俺が真面目に生きて、ドラゴンを自分の力で倒していればこうはならなかっただろうか?
答えはわからない。
しかし、どちらにせよ今そんなことは考えられない。
俺は無を装備した姫に夢中だったからだ。
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