第二話 過去
すると突然、風の微精霊たちが窓を透過し、外へ飛び出した。
嫌な予感がしたケルスは無意識のうちに立ち上がっていて、その様子にシルフィアが鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
「ケ、ケルス? どうしたの・・・?」
「悪いシルフィア急用ができた。」
「ちょっとケルス!? どうし―—――」
シルフィアの話を聞き終わる前にケルスは自分の頼んだ分より多い金を置いて店を出た。急いで微精霊の後を追う。
ケルスが風の微精霊を見るのは初めてではない。幼い頃、精霊の森に行く際には毎回、風の微精霊に導かれていたのだ。逆に言えば風の微精霊に導かれなければ、森には辿り着けなかった。
しかし、今の微精霊の様子は見たことが無く、みちびく導くと言うよりも、まるで助けを求めているかのように慌ただしかった。
しばらく微精霊を追いかけて走っていると、王都郊外にある小さな雑木林に来た。
そろそろ夕方で、この時間帯になるとこの辺り一帯は随分と暗くなり、人の気配も無くなっていた。どうやら人のいないところに連れてきたかったらしい。
いつの間にか風の微精霊は姿を消しており、辺りを見回しているとケルスの周りきに青みがかった霧が立ち込めていた。
ケルスはこの霧を知っていた。この霧は精霊の森とこちら側をつなぐ門の役割をしている霧だ。この霧を通れば精霊の森に行けるだろう。
しかし、ケルスはすぐには霧をくぐろうとはしなかった。今、何故森に導かれたのかわからなかったのだ。
一瞬逡巡してしまったケルスだったが、次にはじぶんの頬を思いっきり叩き覚悟を決める。分からないことをあれこれ考えてもしょうがないのだ。
霧のなかへと足を踏み込む次の瞬間には精霊の森の美しい光景が広がる・・・はずだった。
精霊の森の光景は悲惨の一言だった。木々は燃え、水は濁り、風には灰が混じり、精霊たちが逃げ回っている。
その奥で一匹の精霊が、他の精霊を守るようにして戦っていた。炎の翼と尻尾を持つ炎の猛禽だ。
ケルスはその姿に見覚えがあった。
「ティオネ!!」
『坊主!? 何でてめえがここにいる!?』
その精霊は幼い頃によく遊んだ精霊だ。名をティオネと言い、燃焼を司る炎の精霊だ。少々がさつでおっさんくさいが、面倒見の良い精霊だ。
ティオネは敵を倒し終えたようでこちらに近づいてくる。見慣れた顔に冷静さを取り戻し、ケルスが周りを見回すとそこら中に死体が転がっていた。
あまりの惨さに吐き気を催すがよくよく観察してみると、ケルスは絶句した。
「な!? こいつら・・・」
『ああ、こいつらは魔人族だ」
尖った耳に、先が鏃のように尖った尻尾、炭化していて分かりにくいが、本来なら服の間から浅黒い肌が見えていただろう。
それはまさしく、ケルスの知る人間の宿敵である魔人族の容姿に合致していた。
「なんでこんな所に魔人族が・・・?」
『さあな・・・、ていうかなんでてめえこそこんな所にいるんだよ?』
「いやそれは・・・、風の微精霊に導かれて・・・」
『風の微精霊だぁ?何でそんなやつ―—―—』
とケルスとティオネが話しているところで新たな精霊が音も無く話に割り込んできた。
『お二方ともおしゃべりはそのへんに』
『そうよぉ、こっちはピンチなんだから。』
「シャーナ・・・ネビュラ・・・。」
『お久しぶりですね、ケルス殿』
そこには尻尾を四つ持った狼のような精霊と、上半身は人間で下半身は蛇のような姿をした精霊がいる。
狼のような精霊はシャーナ、音を司る風の精霊だ。真面目で思慮深く、人間だったら王の元で働いていそうな精霊だ。もう一方の精霊はネビュラ、霧を司る水の精霊だ。常に妖艶な雰囲気を纏っており思春期の心臓に悪い。最もケルスは精霊に発情したりしないが。
『ティオネ・・・まずいことになりました。西の方はアサニシャを残して全滅しました。古参者は我々しか残っていません』
アサニシャは隆起を司る土の精霊だ。少しおっとりしているもののいざとなったら切れるやつだ。
シャーナの話を聞いたティオネは少し青ざめた声を出すものの
『わかった。西の方に援護に行ってくる』
『ごめんなさいね、私たちはあまりいい攻撃手段を持ち合わせていないものだから・・・』
『まかせろ』
と言って飛び去ってしまった。
しかし、ケルスはシャーナの話を聞いて錯乱していた。
「他のやつは全滅って・・・カローラや、トルヴィニスは!?」
カローラは陽炎の精霊、トルヴィニスは竜巻の精霊だ。両方とも幼い頃は仲が良かった。
『精霊は人間とは違います。たとえ死んでも我々を象る現象そのものが消えない限り何度でも蘇ります。』
「そういうことじゃねえだろっ!!」
『・・・』
「なぁ、一体何があったんだ?」
『それは―—―」
シャーナが話を続けようとしたところで、上空でドゴォォォンッと大きな爆発が起こった。
上を見上げると二体の強力な精霊が戦っているようだ。魔力を感知できないケルスでも、魔力の奔流が見て取れる。
『・・・あれが原因です。破壊の大精霊が魔人族を連れて攻めてきたのです』
大精霊とはその属性そのものを司る精霊で、その属性の精霊の長のような存在だ。人間の間では火、水、風、土の四属性の大精霊がいるとされているが、他に父、母、破壊、再生の四体が全ての大精霊である、
『私はあのお方の援護に行って参ります。ケルス殿はここを離れぬように。ネビュラ』
『はーい』
「おい待てっ! 何で破壊の大精霊が―—―」
シャーナたちはケルスの質問に答えずに消えてしまった。
「ああっ、くそっ!」
ケルスは歯噛みするような表情をするが、いまはとにかく動かなくてはと思い走り出す。
名づけのセンスないんだなぁって思う