第一話 運命の日
「・・・シルフィア?」
呼ばれた自分の名前に動揺しつつも振り返ってみると、そこには金髪碧眼、細見ながらも華奢な印象はない、精錬された細剣のような少女がいた。見慣れた、しかし懐かしい顔であった。
「うん・・・」
彼女はシルフィア・フォン・エレジピレオ。この国の貴族であり、ケルスの幼馴染である。何故ケルスの幼馴染が貴族なのかと言うと、二人は同じ孤児院出身なのである。
シルフィアは孤児院で剣の腕を評価され、かつて人間と魔人族との間で起きた戦争で魔王を倒した四人のうちの一人、エレジビレオの家系に引き取られたのだ。
幼馴染との久しぶりの再会、嬉しく思わないはずがない。しかし、ケルスの顔は盛大に引きつっている。なにしろ最後に会ったときに酷い別れ方をしてしまったのである。
しかし、ここであいさつしないわけにもいかない。
「ひさしぶりだなシル—―—」
「ケルスゥ・・・ケルスー!」
あいさつをし終える前にシルフィアがケルスの胸の中に飛び込んで来た。
「うおっ!? どうしたシルフィア?」
「だってぇ・・・だってぇ・・・」
シルフィアの顔は鼻水と涙でぐしゃぐしゃだ。それを拭きながらケルスは彼女に話の続きを促す。
「ぐすんっ、私が何回か孤児院に行っても全然会えないんだもん・・・。ママに聞いても仕事だけしてどこかに行っちゃって寝るときですら帰ってきてないって言うからそれで・・・」
「あぁ・・・それでか・・・」
シルフィアの言うママとは、孤児院でケルス達を育ててくれたシスターのことだ。確かにシスターから何度かシルフィアが訪ねてきたことは聞いている。その時は毎回別の場所にいて会うことはかなわなかったが・・・、随分と心配させていたようだ。
「全然会ってくれないからもしかしたら避けられてるのかと思って・・・」
「悪かったよ。本当にタイミングが悪かっただけだ。ったく、剣振ってるときは凛々しいのに、普段はほんと甘えん坊だよなお前」
とここで今まで静かにしていた奴の声が頭の中に響いてきた。
『なかなかの別嬪さんじゃねえか。おめえも隅に置けねえなあ』
頭の中に響く声を無視してシルフィアに話を続ける。
「その制服・・・シルフィアも学院に入学したのか」
「うん。歩いてたら見慣れた猫背にぼさぼさ寝ぐせ見つけてびっくりしちゃった」
シルフィアが揶揄するように言ってくる。ようやく本来の調子を取り戻してきたようだ。
「ほんとびっくりしたよ。おまけに私の顔見て嫌そうな顔するんだもん」
「いやほら・・・最後に会ったときがあれだったし・・・」
「ふーん。一応気にしてくれてはいるんだ。なら許してあげる」
シルフィアが何でもないように言う。おかげで少し肩の荷が下りた気がした。しかし、シルフィアと別れたあとに起きたことをケルスは忘れられない。
壁に生えたカビみたいに頭の中にこびりついた情景が浮かぶ...
□ □ □
三年前ケルスは今日と同じようにシルフィアと会っていた。
「あれ? ケルス? 久しぶり。珍しいね王都にいるなんて」
「ん? シルフィアか? まあいつものあれだよ」
久しぶりの再会と言ってもこのときは何年かぶりではなく、一か月かそこらでの再会だった。シルフィアは王都に住んでいて、ケルスの住む孤児院は王都から少し離れた山の中の町にある。とは言え、歩いて一日、馬車なら半日の距離だ。
「ねえねえ、お茶してかない? 近くにいいカフェがあるんだ」
「おう、いいぞ」
「そっか。魔導師さんたちは実験やめちゃったんだ」
「どうあがいても俺の魔法の才能は開花しなかったみたいでな」
ケルスは王都の魔導師たちに呼ばれて度々王都に訪れていた。それはケルスに常人ではありえないほどの魔力が宿っていたからだ。普通の魔術師を一とするならばケルスにはその千倍の魔力量があった。しかし同時に、ケルスはありえないほど魔法の適正が無かった。大抵の人が使える日常魔法ですらケルスにはつかえなかった。精々身体能力が高かったり治癒能力が高いくらいの、宝の持ち腐れであった。
そんなわけで今日この日まで、ケルスに魔法を使えるようにさせようとしていた魔導士たちは、十年近くの歳月をかけても、日常魔法ですら使えないケルスに痺れを切らした魔導士はケルスを放り出したのである。
呼ばれたのに放り出されたなんてたまったもんじゃないとケルスが思っていると。
「でもケルスは他の人に力を借りたらすごいことになるんじゃないかな?」
「なんだよすごいことって・・・?」
大雑把なシルフィアの言い方に思わずジト目になってしまうケルス。
「ほら、ケルスって周りに力を借りるのうまかったじゃない? いつもは眠そうな顔してるのになんかやらなきゃいけないときななったら、周りに力を借りて何でもできてたじゃん? 私他の人に頼るの苦手だったからすごいなぁって思ってたんだ」
「おいコラ、それじゃ自分一人じゃ何もできない無能みてえじゃねえか。あと眠そう言うな」
クスクスと笑っていたシルフィアはふとなにかを思いついたような顔をする。
「じゃあさ、昔よくケルスが会ってたって言う精霊に力を借りたら?」
「精霊ねぇ・・・」
たしかに幼い頃はよく精霊の森に行き、精霊たちに会っていた。しかし、孤児院にいた子供たちは精霊に会ったことがないと言い、他の子供たちを連れて行っても精霊たちは現れないどころか森にすらたどり着かなかった。
そんなケルスを子供たちはほら吹きだと口々に呼んだが、シルフィアだけは信じてくれていた。
「そうは言ってもなぁ・・・、いつの日からか森に行けなくなっちまったんだよなぁ。今じゃもうあの頃のことは夢だったんじゃないかとおもうようになってきてんだよ」
「まあ確かに寝相悪かったもんねぇ」
とそんなことをしゃべっていると突如風が優しく頬を撫でた気がした。最初はただの風かと思ったが、ケルスはその風に強烈な違和感を覚えた。
何故なら今ケルスたちがいるカフェは室内なのだ。窓も空いていなければ、新しい客が入ってきたわけでもない。
気になって周りを見渡すとケルスの周りに緑色に淡く光るものが群がっていた。
「ケルス・・・? どうしたの?」
シルフィアはその緑のものが見えていないようだった。
「シルフィア・・・、俺の周りにいる奴らのことがみえるか・・・?」
「ううん、なにも・・・」
これでケルスは確信する、こいつらは風の微精霊だ。