エピローグ
「あ~あ、まさかホムラとコラボ配信をする日が来るなんてね~」
「……開幕早々、クソデカため息とはごあいさつですこと」
「ちがうよ、いまのは深呼吸。ホライゾンの大先輩を前に、緊張しちゃってさあ~」
「貴女、心臓に毛でも生えてるんじゃなくて?」
コメント:
ついにホライゾン大物コラボ!
大先輩とか言いつつタメ口で草。
ブルームは間違いなく心臓ボーボーだよ。
心臓に草生えるwwww
「ブルームとは先日、イタリアンに行ってきましたの」
「連れてってもらったところ、すごい雰囲気よかったよ~」
「でも出鼻をくじかれてしまいましたわ」
「え、なんで?」
「だってブルーム、すごいテーブルマナーに通じてらっしゃるんですもの」
「そ、そうかな……」
「育ちの良さがにじみ出てましたわ。店員さんとの接し方、フォークとナイフの使い方。それに言葉遣いもすごく丁寧で……」
「ちょっとちょっと、リアルの話はやめてよっ!」
コメント:
二人でイタリアンとかオシャンティやね。
ホムラにいじられるブルーム、新鮮!
ブルーム、リアルじゃお嬢様なのかな。
礼儀正しいブルーム、妄想が捗る……
――夕食の用意がてら、スマホからの愉快な声に耳を傾ける。
蒼い髪に天使の輪、ぴょこりと生える二対の翼。
オレンジのポニーテールに、赤のミニスカ忍者服。
ブイチューバー、にこたまブルームと夕日丘ホムラ。
現在、二人の生配信が行われている。
四月下旬。
夕日丘ホムラは正式に復帰した。
ホムラは最初の配信で、ブルームに苦言を呈して炎上したことを謝罪した。
配信にはブルームも登場し「ボクみたいな天才には嫉妬しちゃうよね~」と、公の場で許しをもらっていた。
リスナーからも好意的なコメントが多く、それを見た三厨さんは、
「イガちゃんとさーちゃんは仲良くやれてる。だったらリスナーにもそれをアピールしてかないと」
との一声で、今日のコラボ配信は決まった。
二人が配信上でも上手くやれるなら、《《てぇてぇ》》路線で押し出すのもアリかも、なんて目論んでいる。
だが、それにノーを唱えるのは薫だ。
「かおるは勝つために復帰したんです。なので次は対決形式でお願いします!」
……とのことで、この配信の最後。
二人は歌唱力の優劣でケンカをすることになっている。
じゃあ決着をつけよう、いいだろう。次回の配信はカラオケ勝負! という段取りだ。
リスナーにはプロレスだと思われていそうだが、実際のところはガチである。
紗々も歌唱力については譲れないらしく、最近はヒトカラに籠っている。
「歌はわたしのアイデンティティーです、負けたら白なめくじに価値はありません」
トークはブルーム本人に頼っている分、声そのもので負けるわけにはいかないのだとか。
ホライゾンのツートップによるガチンコ対決だ、ひとりのファンとして俺もいまから楽しみにしている。
こうして夕日丘ホムラは、ホライゾンの一員へと復帰した。
最近は紗々から仕事の愚痴を聞くこともない。もう俺がホライゾンに首を突っ込むこともないだろう。
このマンションに俺が飛び込んでから、七か月。
ようやく俺に与えられた最重要任務は終わりを迎えた。
「……紗々を迎えに行くか」
スマホにイヤホンを差し、ポケットに突っ込む。
外はもうだいぶ暖かくなった、パーカーを羽織れば寒くはないだろう。
今日の収録現場はここから徒歩でも行ける。
防犯上の理由で演者にはタクシーを使わせているらしいが、タクシーの運転手が誘拐しないとも限らない。
最近は紗々専属の運転手にでもなろうかと本気で考えている。……まだ免許も車もないけど。
二人の配信をラジオを代わりに、変わらぬアキバの街並みを歩く。
空は紅から藍へと代わり、もう街灯りのほうが明るい。
帰宅中のサラリーマンに、大学生らしき男女の集団。塾帰りの小学生に指を差され、手を振る猫耳メイド。
半年前から変わらない光景。
だが以前より、たくさんのものが見える。
道行く人それぞれに人生があり、その表情には様々な色彩が浮かんでいる。
それはきっと俺の方が変わったからだろう。
ふと、見慣れた広告を目にする。
家電量販店の壁一面を飾っている『夕暮れ、彼らは』の広告だ。
満を持して発売されたユーグレラは記録的なヒットになった。降魔人気にあやかって、DSのアニメも再放送されている。
――ここでユーグレラの追加シナリオにも触れておこう。
降魔は追加シナリオで透香を殺してもかまわないと言っていた。だがフタを開けてみれば、だいぶマイルドなエンディングを迎えていた。
物語のラストで反乱軍と帝国軍はついに激突。
どれだけ言い繕ってもこれは紛争、軍隊の消耗は他国介入の隙となる。
そのためアズサは自分の首を賭け、透香に一騎打ちを申し込む。
互いに死力を尽くし、刃を交えた後に立っていたのは……透香だった。
だが情の残っていた透香は首を取らず、アズサを秘密裏に遠くへ逃がした。
別れ際。アズサ役の薫が、透香役の紗々にこんなことを告げる。
「万事、上手く行くことはない。呆けていたら必ず足元をすくう者が現れる。……自分の体験談だ」
「かまわない。わたしにひざをつかせる者が、本当に現れるのであればな」
「せいぜい慢心していろ。自分はこのまま終わるつもりはない」
二人は拳を合わせ、再会の予感を残し、物語は締めくくられた。
薫はその頃、ホライゾンに所属はしていなかった。
キャスティングにも夕日丘ホムラの名前はなく、紅ノ嵐という名前で参加していた。
だが声の特徴は隠せない。
ホライゾンの面々が参加する中、一人だけ見慣れない声優が参加し、しかもブルームと死闘を演じているのだ。
――これは夕日丘ホムラ復活の伏線では?
現役ブイチューバーの出演と、夢見降魔のキャッチコピー。そしてホムラ復帰の匂わせ。ネット上で口コミを元に、多くの人に知れ渡った。
……これも降魔の仕込みだろう。
ヤツは天才であると同時に、商才にも優れていたのかもしれない。
三厨さんはユーグレラの成功もあって昇給したようだ。
焼肉を奢ってくれるらしいので、マンセイ本店の最上階をリクエストするつもりだ。いや~家から近いしね?
無論、その時は飢えたあいにぃもやってくるだろう。
二人の付き合いは順調らしく、最近は三厨さんの家が安住の地になってるらしい。
御茶ノ水のマンションはずっと空き家だ。
きっと遠くないうちに引き払うことになるだろう。
……そう考えると俺たち兄弟は、二人揃って女の家に転がりこむことになるのか?
余計なことを考えるのはやめよう、死にたくなる。
早く紗々の顔を見て、あいにぃのことなんか忘れよう。
俺は収録スタジオに向けて、足を急がせた。
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「カズくん、お待たせしました」
電気街から少し離れた雑居ビル。
その地下にあるスタジオから、収録を終えた紗々と薫が顔を出す。
「和平さんだ、久しぶり~!」
薫は元気にあいさつをしたかと思うと、紗々を肘で小突いてニヤリと笑う。
「なになに? にこたん彼氏に迎えに来てもらったの~? おアツいねぇ」
だが紗々はけろっとした表情で、
「はい。カズくんはわたしのことが大好きなので、いつも心配で迎えに来ちゃうんです」
と、無垢な返事をする。
「……へ、へえ、そうなんだ」
紗々の返事が予想外だったのか、薫は矛先を変える。
「和平さん、意外と情熱的だねえ? 随分とラブラブじゃん、やけちゃうなぁ~~?」
「だろ? 紗々なしだと俺、生きていけないしな」
紗々は俺の返事を聞いて嬉しそうにしている。対する薫は( ∵ )みたいな顔になっていた。
「毎日、カズくんが迎えに来てくれて嬉しいです」
「紗々のいない部屋なんて寂しいだけだからな」
「だったらみくりんのお誘いに乗りましょう。カズくんがホライゾンの社員になれば、いつでも一緒にいられます」
「そうしたいのは山々だけど、絶対紗々をえこひいきしちゃうから駄目だ」
「わたしはえこひいきされたいんです!」
「他の演者さんが怒るよ」
「大丈夫です、みんな許してくれると思います。五十嵐さんもいいですよねっ!?」
「……いや、それは勘弁して欲しいかも」
薫が引きつった表情で言う。
そんなに収録が大変だったのだろうか?
「カズくんがホライゾンに来れば、もっと頑張れるのに……」
「紗々は充分頑張ってる、いまくらいでちょうどいいんだよ」
「……そうですか?」
「そうだよ、俺の彼女は頑張り屋さんだからな」
「えへへ、カズくん。大好きですっ!」
「……あ、あのぉ」
入り口前に立ったままの薫がおずおずと手をあげる。
「かおる、先に帰っていいすか……?」
「途中まで一緒に行こうぜ?」
「途中まで一緒に行きましょう」
俺と紗々の声がハモる。
すると薫はますます体調の悪そうな顔で、しぶしぶと頷いた。
……いや、どうしてそんな顔をしているかはわかっている。
だがこれは薫と、そして三厨さんが全面的に悪い。
以前、俺が紗々に泣きついて、イジられた話はしたと思う。
二人はあれからも時折、あのネタで俺をイジり、恥ずかしさに悶絶する姿を見て笑い転げていた。
だがある日、俺はプッツンした。
イジられ過ぎたせいで、恥ずかしいという感情が死んでしまったのだ。
紗々のことが好きなのは事実だし、隠す必要はない。
だから俺は開き直り、全力でノロけてやることにした。
すると最初は冗談半分だったのだが、段々と楽しくなり始めた。
隠し事をせず、言いたいことが言えるのは最高だ。
人前でノロけると紗々は大いに照れるのだが、やめろとは言われないし、その後の機嫌もだいぶ良い。
なんだ、別に悪いことないじゃん。
俺がそうやって開き直り続けると、次第に紗々も乗じるようになり、気付けばただのバカップルになっていた。
いまも三人で歩きながら、紗々とは手を繋いで歩いている。
本当だったら俺たちは有名人だ。
手をつないで歩くなんてパパラッチホイホイでしかない。
だが俺たちは世間にいっさい顔バレしていない。
おかげで公然と手を繋いでも、誰に隠し撮りされることもない。まったくちゃらちゃらしてない声優は最高だぜ!
なんてことを考えていると、すぐ駅の改札についてしまった。
「二人とも送ってくれてありがとね」
「いえっ、次の配信でもよろしくお願いします」
「でも次のカラオケ勝負、絶対に負けないかんね?」
「五十嵐さんこそ負けた時の言い訳、考えといてください」
不敵な笑みを浮かべ、二人の視線に火花が散る。
「かおるが全部奪ってみせるから。ホライゾントップの座も、和平さんのこともっ!」
「奪えるものなら奪ってみてください。カズくんはわたしが骨抜きにしました」
「そうかな」
薫がシャツの胸元に指を突っ込み、前かがみで谷間を見せつけてくる。
「ブルーム、お願いッ!」
「まかせて!!」
薫の胸元にブルームの顔アイコンが現れる。
お前はいつもそんな扱いでいいのか……?
「それじゃかおるは帰ります。和平さん、あとでラインしますねっ!」
「しないでくださいっ!」
ムキになる紗々を笑い、薫は颯爽と改札に消えていった。
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「まったく、あのメギツネは油断も隙もないね!」
「ホントです。もっとみんなの前で見せつける必要がありますね!」
実体化したブルームと紗々は、ぷんすこと頭から湯気を出している。
「カズくんもカズくんです。軽率に性的コンテンツへ興味を示さないでください」
「薫は性的コンテンツかよ」
「五十嵐さんにそれ以外ありますか?」
まるで性的魅力以外ないような言い方だ。さすがに失礼だろ。
なにか薫に取り得というべきものはなかっただろうか……?
「あれだ、バッティングは上手かったぞ」
「五十嵐さん、野球できるんですか?」
紗々がキョトンとした顔をしている。
「バッティングセンター行った時の話だけどな。ホームランかっ飛ばしてた、すごかったぞ」
冬の夜空に響くホームランのファンファーレ。薫のニカッとした笑顔とVサインが記憶に新しい。
が、紗々はしらっとした目を向けてくる。
「……その話、初めて聞きましたけど」
「あ」
そういえば無断外泊した時以外に、薫のことは話していない。
紗々はつないでいた手を離し、すっと距離を取る。
ブルームも呆れた顔で「やれやれだぜ」とでも言いたげだ。
「カズ、空気読めよな~」
「……いや、その、ゴメン」
「別に怒ってませんから」
それ、絶対に怒ってるヤツ!!
「そろそろ五十嵐さんからライン来てるんじゃないですか」
「確認しない! 来てない! いまは紗々と一緒にいるんだから!」
「わたしは気にしませんよ。わたしはその間、お兄さんとラインしてますから」
「それはマジでやめろ! 俺が悪かった! もう薫の話はしないからっ!」
両手を合わせ、頭を下げる。
すると紗々はふう、とため息をつき、また手を差し出す。
「いまさらそんなことで怒りませんよ」
紗々は困ったように頬を緩め、そっとまた手を握ってくる。
「……あ~、またイチャイチャの気配がする~」
そして不満そうな声を出すのはブルームだ。
「二人の世界になると、ボクの出番が減るんだよ! ボクが脇役だと勘違いされたまま話が終わったらどうすんのさ!!」
「大丈夫です。ブルームも一緒ですから」
「およ?」
俺と紗々は手を離し、実体化したブルームの姿を挟んで手をつなぎ直す。
「……へへ、二人の子供になった気分。でもカズのことはパパなんて呼んでやらないからな?」
「俺だって呼ばれたくねえよ。こんな口の悪い娘、勘弁しろ」
「そう言いつつ、カズくんも嬉しそうです」
「嬉しくない」
「でも笑ってます」
紗々もなぜだか楽しそうだ。
理由もなく心が弾むのは、きっと二人につられたせいだろう。
「カズ、ボクのこと見えてる?」
「見えてるよ」
「ママは?」
「もちろん、見えてます」
紗々は優しい瞳をブルームに向け、俺にも向けてくれた。
「カズくん。これからもわたしと同じ景色を見てくれますか?」
「もちろん」
頼まれなくても、そうする。
紗々と一緒にいたいのは俺のほうだ。
「もう離れません。だってカズくんは左目で、わたしは右目なんですから」
「……それ忘れろって言っただろ」
「いやです、絶対に忘れませんっ!」
曇りのない笑顔が、銀の月灯りに美しく咲いていた。
-fin-




