表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/85

5-14 託された笑顔

「で、なんなんです? どうして夢見降魔が復活して、また和平さんに戻ったんですか?」


 宴会場の隅に引っぱり出され、肩をいからせた薫に問い詰められる。


「前に記憶をなくしたって説明しただろ? でも降魔の意識はまだ俺の中に残ってたみたいなんだ」


 薫は眉をひん曲げて、首を傾げている。

 ……理解してもらうのも、説明するのも難しいな。


「まあ強いて言うなら、記憶喪失じゃなくて二重人格みたいなものだった、ってことかな」


「なるほど?」


 少しだけ理解に近づいたようだ。

 もういい、これで行こう。


「もう目を覚まさないと思ってた人格が、急に目を覚ました。そして製品化するユーグレラの話を知って、追加シナリオの創作欲に目覚めた……んじゃないかな?」


「はあ、そりゃまた随分とかおるに都合の良いハナシですね?」


 苦しい。

 苦しいが、魂とか四次元存在のほうがよっぽど突拍子もない。


 降魔に依頼をした話をするのもどこかイヤらしい。


 薫のために俺は二年を犠牲にする覚悟だったんぞ、ドヤアァァァ! みたいな話はしたくない。それに実際は一ヶ月だったし。


「……でも、降魔とは直接話したんだろ? それで薫は役を引き受けてもいいと思ったから、ここにいるんじゃないのか?」


「それは、そうですけど」


 薫が不承不承といった様子でうなずく。


「な~んかムカつく人でしたけど、話してたら声優目指してた時の気持ちとか思い出しちゃって……。ゾンビになってもいいかな~って」


「ゾンビ?」


「何回でも死んでもいい、ゾンビです。だって失敗したり炎上しても、デビュー前と今ってなにも変わらないな~って。だったら一からやり直してもいいじゃん、って思ったんです」


 胸の内で降魔に感謝する。

 やっぱりお前は夢を追う人の味方なんだな。


「それからはてんてこ舞いの毎日ですよ。長いようで短かったなあ……」


「おつかれさま。それとありがとな、紗々と仲良くしてくれてるみたいで」


「あ、それムカつく。なんか彼氏ヅラって感じ」


「ええ……?」


 機嫌が持ち直したかと思ったが、地雷を踏んでしまったようだ。


「ていうか、やっぱり付き合ってるんじゃないですか~!」


「いや、その。そうなったのは、ここ最近の話で……」


「じゃあそれまではフリーだったから、かおるにツバつけとこうと思ったんだ?」


「そっ、そんなこと考えてねえよ!」


「あはは、いまのは冗談っ! もしそのつもりだったら……とっくに手ぇ出してるハズだもんねえ?」



 薫が顔を寄せ、妖しく笑う。

 前かがみになるもんだから、視線が胸元に吸い寄せられる。


 たまらず薫から目を背けると……邪悪なオーラを放つ黒なめくじと目が合った。こわい。


「でも、ダメですからね! にこたんを不安にさせるようなことしたら!」


「……薫、俺と紗々のこと認めてくれるのか?」


「二人とも友達ですから。でも和平さんのことはあきらめてませんし、略奪はするつもりですよ」


「うん?????」


 薫の言ってることが一ミクロンも理解できない。


「友達を悲しませる彼氏は許せません、二度としないようにお説教をします。……そうやって友達の時から躾けておけば、略奪した後にはかおる好みの彼氏になってるハズです。これって一石二鳥だと思いません?」


「お前、サイコパスなのか?」


「ということで~。薫は二人のこと、オウエンしてますから」


「そんな応援、怖くて受け取れねえよ」



 とは言え、薫の中ではそれで丸く収まっているらしく、あっけらかんとしている。


 あまり突くのもヤブヘビだ。

 距離感は考えるけど、させたいようにさせておこう……。



「ところでこっちからも聞きたいんだけどさ。薫はブイチューバーとして復帰しようとは思わないのか?」


「う~ん、どうでしょうか。ちょっとホライゾンのコたちにもガッカリしちゃったし」


「ガッカリ?」


「そうです。にこたんと仲良くなったのも、そこがちょっと関係してくるんですけど……」



 ――今年の初めのことだ。

 薫はホライゾンの演者たちに呼ばれ、女子会らしき集まりに顔を出したらしい。


 もちろん薫のユーグレラ出演が決まったからだ。

 メンツは一年前に一緒に活動していた、一期生のメンバーたち。


 あまり気乗りはしないものの、参加が決まった以上は旧交を温めておきたかった。


 が、その女子会が散々だったらしい。

 具体的には、とある一人の発言にブチギレてしまったと。



『これをキッカケに、五十嵐さんもホライゾン復帰だね!』


「はは、それはどうだろ」


『もし戻ってきたら、今度こそブルーム追い出してやりましょうね!』


「なんで? ブルーム追い出してどうするの?」


『え? だって、ムカつきません?』


「……ムカつくから追い出すの? ブルームいなくなったら、誰がその分の穴を埋めるの? 埋められなかったらホライゾン、なくなるよ?」


『なくなったら他の事務所で頑張ればいいじゃないですか。個人でやってもいいし~』



 その無責任な態度が我慢ならず言い合いになり、薫はその場で帰ってしまったそうだ。


 しかもそう考えているのは一人ではなく、一期生全員にそんな考えが広まっているらしい。


 薫はホライゾン所属時代、みんなのまとめ役として頑張ってきたつもりだった。だが築き上げた結束のもろさを知り、ひどく落胆したらしい。


 そんな時、収録スタジオで紗々と鉢合わせた。


 薫は気まずさのあまり無言で立ち去ろうとした。


 が、おどろくほど元気な声であいさつをされ、つたないながらも必死に話しかけてくれた。……一期生に感じた落差もあいまって、薫はたちまち心を絆されてしまったらしい。



「信頼してた人たちはあの程度だったのにさ。にこたんは成功を鼻にかけず、真面目にがんばってる。……もう、なにがなんだかわかんなくなっちゃって」


 薫はさびしそうに微笑み、視線を落とす。


「仲間とか友達って、なんなんだろうな~って」


「そういうこともあるだろ。薫だって紗々と仲良くできても、負けたくない気持ちは残ってるんだろ?」


「そうですよ。……でも、にこたんとは競い合いたくない。どうせ勝てないし、もう嫉妬もしたくない」


「じゃあ薫が紗々に向ける思いも、本物じゃないだろ」


 薫は瞳を丸くし、不思議そうな顔をする。


「本当はぶつかりたいならいくらでもぶつかればいい。……俺はいいと思うぞ。また紗々とバチバチにやってくれても」


「おかしくない? 和平さんはにこたんの味方なんでしょ?」


「でも薫の敵じゃない。それに紗々は昔のままじゃないよ、前より強くなったし折れそうなときは俺が支える。薫なんかには潰されない」


「そんなの、ますます勝ち目ないじゃん」


「そんなことないだろ。……お前には最高の味方がついてるじゃないか」



 俺は財布を取り出し、キーホルダーを外す。

 軽く、彼女と目配せをして。



「それ、どうしたんですか?」


「降魔の私物だ。アイツはブルーム推しじゃなくて、ホムラ推しだったみたいだ」


 俺は夕日丘ホムラのキーホルダーを手渡す。

 そこに映るのは髪をかき上げ、いつも通りの尊大な笑み。


 いつしか浮かべていた泣き顔は、もうない。

 ホムラの目は、魂は、まだ死んじゃいない。


「それに、こんな物もある」


 財布の中から折りたたまれた数十枚の紙を手渡す。


 中身を確認した薫は――目を見開き、息を呑む。


「……すごい。なんですか、これ」



 それは降魔が夢中でペンを走らせた、ホムラのファンアートだった。


 投げキッスのセーラー服に、チャイナドレス。檻に入ってさけぶ姿に、ブラックでマジシャンな装い。


 そしてひときわ精巧に描かれた、ウェディングドレスの幸せそうな姿。


「……どうして? ホムラはとっくに引退してるのに」


「引退してもその時に伝えようとしたものは動画は残ってる。だったら引退した後に好きになってもおかしくないだろ?」


「そう、なのかな」


「ああ。薫が演じたホムラには魂が注ぎ込まれ、引退した後も降魔を魅了した。……薫はそこに描かれるホムラが、降魔がいい加減に筆を走らせた姿だと思うか?」


「……思わない。思えないよ。こんなに愛を感じるホムラ、始めて見たよ」



 薫の頬には涙が伝っていた。

 かつて苦楽を共にしたもう一人の自分が、最高に輝く姿を見つめながら。



「ホムラの魂は死んでない、まだ輝ける。もし薫に少しでも気持ちが残っているなら――」


 言いかけた俺の視界が、ぐわんと揺れる。

 胸元を引き寄せられ、目の前に現れたのはどこかで見た男の顔。


「貴様、五十嵐になにをしやがった!」


「こ、小清水……さん?」


 喉元が食い破る勢いで、鼻息を荒げている。まるで猛獣だ。


「ち、ちょっと、クソデュ、じゃなかったプロデューサー! なにやってるんですか!?」


 三厨さんが間に入り、小清水の腕から俺を引き剥がす。


 小清水は舌打ちをして薫に駆け寄り、心配そうな声をかける。


「大丈夫か、五十嵐。なぜ泣いてる? なにかひどいこと言われたのか、話してみなさい!」


「……空気読めよ、ハゲ」


「え?」


 薫が涙をぬぐい、小清水に指を突きつけて怒鳴り出す。


「かおるは嬉しくて泣いてたの! なに早とちりしてんだ、キメぇんだよ!」


 薫にキモいと言われ、小清水は叱られた犬のようにシュンとしている。


 だが、一度開いた口は止まらない。


「てか、かおるにブルームやらせようとしてたってマジ? ホントならマジでブチギレなんだけど。あと他のハコに勝手に推薦したのもアンタでしょ!? やる気ないのに勧誘の連絡が来まくってウザかったんだけど。てか退職後に他社へ情報流すのってどうなの? そんなことしててホライゾンのみんな、守ってあげられるの!?」


「あ、えと、すまん……」

「わかった、許す! だから和平さんにも謝れッ!」


 小清水は強引に俺と向き合わされ、薫に頭を下げさせられる。


「ごめんなさいは?」

「わ、悪かった」


「ご・め・ん・な・さ・い・は?」

「……ごめんなさい。当方の勘違いでした、謹んでお詫び申し上げます」


「いえ、大丈夫ですから……頭を上げてください」



 騒いでしまったこともあり、周りの注目を集めている。


 恥ずかしい。

 が、年下に頭を下げ、薫の言いなりになる小清水はもっと恥ずかしいだろう。


 場は一時騒然となったが、周囲も解決したことに気付いて落ち着きを取り戻し始めた。


「次元くん、ケガしてない?」


 三厨さんがシワになった襟元を正してくれる。


「大丈夫です。それより三厨さんも一緒に見てやってください」


「見るって、なにを?」


「あれです」


 視線の先では、小清水が薫と一緒にファンアートを眺めていた。


 普段の険しい顔つきはどこへやら、眉尻を緩めておだやかな笑みを浮かべている。



 小清水はホムラの元パートナーだ。


 ホムラの晴れ晴れとした表情を見て、いろいろ思うことがあるのだろう。三厨さんもその輪に混じり、和気あいあいとホムラの晴れ姿を眺めている。



「カズくん」

 少し遅れて紗々がやってくる。


「喜んでもらえて、よかったですね」

「ああ」


 財布からファンアートを見つけた時、紗々には一番最初に見てもらっている。


 そして誰がこれを持つべきか、その見解も一致している。


「薫。そのファンアート、もらってくれ」


「……いいんですか?」


「いいもなにも、夕日丘ホムラはお前だ。きっとホムラもお前と一緒にいることを望んでるよ」


 薫は花嫁衣装のホムラをひとしきり見つめた後、


「……これからもよろしくね」


 そう言って大事そうに、ホムラを優しく抱きしめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ