5-14 託された笑顔
「で、なんなんです? どうして夢見降魔が復活して、また和平さんに戻ったんですか?」
宴会場の隅に引っぱり出され、肩をいからせた薫に問い詰められる。
「前に記憶をなくしたって説明しただろ? でも降魔の意識はまだ俺の中に残ってたみたいなんだ」
薫は眉をひん曲げて、首を傾げている。
……理解してもらうのも、説明するのも難しいな。
「まあ強いて言うなら、記憶喪失じゃなくて二重人格みたいなものだった、ってことかな」
「なるほど?」
少しだけ理解に近づいたようだ。
もういい、これで行こう。
「もう目を覚まさないと思ってた人格が、急に目を覚ました。そして製品化するユーグレラの話を知って、追加シナリオの創作欲に目覚めた……んじゃないかな?」
「はあ、そりゃまた随分とかおるに都合の良いハナシですね?」
苦しい。
苦しいが、魂とか四次元存在のほうがよっぽど突拍子もない。
降魔に依頼をした話をするのもどこかイヤらしい。
薫のために俺は二年を犠牲にする覚悟だったんぞ、ドヤアァァァ! みたいな話はしたくない。それに実際は一ヶ月だったし。
「……でも、降魔とは直接話したんだろ? それで薫は役を引き受けてもいいと思ったから、ここにいるんじゃないのか?」
「それは、そうですけど」
薫が不承不承といった様子でうなずく。
「な~んかムカつく人でしたけど、話してたら声優目指してた時の気持ちとか思い出しちゃって……。ゾンビになってもいいかな~って」
「ゾンビ?」
「何回でも死んでもいい、ゾンビです。だって失敗したり炎上しても、デビュー前と今ってなにも変わらないな~って。だったら一からやり直してもいいじゃん、って思ったんです」
胸の内で降魔に感謝する。
やっぱりお前は夢を追う人の味方なんだな。
「それからはてんてこ舞いの毎日ですよ。長いようで短かったなあ……」
「おつかれさま。それとありがとな、紗々と仲良くしてくれてるみたいで」
「あ、それムカつく。なんか彼氏ヅラって感じ」
「ええ……?」
機嫌が持ち直したかと思ったが、地雷を踏んでしまったようだ。
「ていうか、やっぱり付き合ってるんじゃないですか~!」
「いや、その。そうなったのは、ここ最近の話で……」
「じゃあそれまではフリーだったから、かおるにツバつけとこうと思ったんだ?」
「そっ、そんなこと考えてねえよ!」
「あはは、いまのは冗談っ! もしそのつもりだったら……とっくに手ぇ出してるハズだもんねえ?」
薫が顔を寄せ、妖しく笑う。
前かがみになるもんだから、視線が胸元に吸い寄せられる。
たまらず薫から目を背けると……邪悪なオーラを放つ黒なめくじと目が合った。こわい。
「でも、ダメですからね! にこたんを不安にさせるようなことしたら!」
「……薫、俺と紗々のこと認めてくれるのか?」
「二人とも友達ですから。でも和平さんのことはあきらめてませんし、略奪はするつもりですよ」
「うん?????」
薫の言ってることが一ミクロンも理解できない。
「友達を悲しませる彼氏は許せません、二度としないようにお説教をします。……そうやって友達の時から躾けておけば、略奪した後にはかおる好みの彼氏になってるハズです。これって一石二鳥だと思いません?」
「お前、サイコパスなのか?」
「ということで~。薫は二人のこと、オウエンしてますから」
「そんな応援、怖くて受け取れねえよ」
とは言え、薫の中ではそれで丸く収まっているらしく、あっけらかんとしている。
あまり突くのもヤブヘビだ。
距離感は考えるけど、させたいようにさせておこう……。
「ところでこっちからも聞きたいんだけどさ。薫はブイチューバーとして復帰しようとは思わないのか?」
「う~ん、どうでしょうか。ちょっとホライゾンのコたちにもガッカリしちゃったし」
「ガッカリ?」
「そうです。にこたんと仲良くなったのも、そこがちょっと関係してくるんですけど……」
――今年の初めのことだ。
薫はホライゾンの演者たちに呼ばれ、女子会らしき集まりに顔を出したらしい。
もちろん薫のユーグレラ出演が決まったからだ。
メンツは一年前に一緒に活動していた、一期生のメンバーたち。
あまり気乗りはしないものの、参加が決まった以上は旧交を温めておきたかった。
が、その女子会が散々だったらしい。
具体的には、とある一人の発言にブチギレてしまったと。
『これをキッカケに、五十嵐さんもホライゾン復帰だね!』
「はは、それはどうだろ」
『もし戻ってきたら、今度こそブルーム追い出してやりましょうね!』
「なんで? ブルーム追い出してどうするの?」
『え? だって、ムカつきません?』
「……ムカつくから追い出すの? ブルームいなくなったら、誰がその分の穴を埋めるの? 埋められなかったらホライゾン、なくなるよ?」
『なくなったら他の事務所で頑張ればいいじゃないですか。個人でやってもいいし~』
その無責任な態度が我慢ならず言い合いになり、薫はその場で帰ってしまったそうだ。
しかもそう考えているのは一人ではなく、一期生全員にそんな考えが広まっているらしい。
薫はホライゾン所属時代、みんなのまとめ役として頑張ってきたつもりだった。だが築き上げた結束のもろさを知り、ひどく落胆したらしい。
そんな時、収録スタジオで紗々と鉢合わせた。
薫は気まずさのあまり無言で立ち去ろうとした。
が、おどろくほど元気な声であいさつをされ、つたないながらも必死に話しかけてくれた。……一期生に感じた落差もあいまって、薫はたちまち心を絆されてしまったらしい。
「信頼してた人たちはあの程度だったのにさ。にこたんは成功を鼻にかけず、真面目にがんばってる。……もう、なにがなんだかわかんなくなっちゃって」
薫はさびしそうに微笑み、視線を落とす。
「仲間とか友達って、なんなんだろうな~って」
「そういうこともあるだろ。薫だって紗々と仲良くできても、負けたくない気持ちは残ってるんだろ?」
「そうですよ。……でも、にこたんとは競い合いたくない。どうせ勝てないし、もう嫉妬もしたくない」
「じゃあ薫が紗々に向ける思いも、本物じゃないだろ」
薫は瞳を丸くし、不思議そうな顔をする。
「本当はぶつかりたいならいくらでもぶつかればいい。……俺はいいと思うぞ。また紗々とバチバチにやってくれても」
「おかしくない? 和平さんはにこたんの味方なんでしょ?」
「でも薫の敵じゃない。それに紗々は昔のままじゃないよ、前より強くなったし折れそうなときは俺が支える。薫なんかには潰されない」
「そんなの、ますます勝ち目ないじゃん」
「そんなことないだろ。……お前には最高の味方がついてるじゃないか」
俺は財布を取り出し、キーホルダーを外す。
軽く、彼女と目配せをして。
「それ、どうしたんですか?」
「降魔の私物だ。アイツはブルーム推しじゃなくて、ホムラ推しだったみたいだ」
俺は夕日丘ホムラのキーホルダーを手渡す。
そこに映るのは髪をかき上げ、いつも通りの尊大な笑み。
いつしか浮かべていた泣き顔は、もうない。
ホムラの目は、魂は、まだ死んじゃいない。
「それに、こんな物もある」
財布の中から折りたたまれた数十枚の紙を手渡す。
中身を確認した薫は――目を見開き、息を呑む。
「……すごい。なんですか、これ」
それは降魔が夢中でペンを走らせた、ホムラのファンアートだった。
投げキッスのセーラー服に、チャイナドレス。檻に入ってさけぶ姿に、ブラックでマジシャンな装い。
そしてひときわ精巧に描かれた、ウェディングドレスの幸せそうな姿。
「……どうして? ホムラはとっくに引退してるのに」
「引退してもその時に伝えようとしたものは動画は残ってる。だったら引退した後に好きになってもおかしくないだろ?」
「そう、なのかな」
「ああ。薫が演じたホムラには魂が注ぎ込まれ、引退した後も降魔を魅了した。……薫はそこに描かれるホムラが、降魔がいい加減に筆を走らせた姿だと思うか?」
「……思わない。思えないよ。こんなに愛を感じるホムラ、始めて見たよ」
薫の頬には涙が伝っていた。
かつて苦楽を共にしたもう一人の自分が、最高に輝く姿を見つめながら。
「ホムラの魂は死んでない、まだ輝ける。もし薫に少しでも気持ちが残っているなら――」
言いかけた俺の視界が、ぐわんと揺れる。
胸元を引き寄せられ、目の前に現れたのはどこかで見た男の顔。
「貴様、五十嵐になにをしやがった!」
「こ、小清水……さん?」
喉元が食い破る勢いで、鼻息を荒げている。まるで猛獣だ。
「ち、ちょっと、クソデュ、じゃなかったプロデューサー! なにやってるんですか!?」
三厨さんが間に入り、小清水の腕から俺を引き剥がす。
小清水は舌打ちをして薫に駆け寄り、心配そうな声をかける。
「大丈夫か、五十嵐。なぜ泣いてる? なにかひどいこと言われたのか、話してみなさい!」
「……空気読めよ、ハゲ」
「え?」
薫が涙をぬぐい、小清水に指を突きつけて怒鳴り出す。
「かおるは嬉しくて泣いてたの! なに早とちりしてんだ、キメぇんだよ!」
薫にキモいと言われ、小清水は叱られた犬のようにシュンとしている。
だが、一度開いた口は止まらない。
「てか、かおるにブルームやらせようとしてたってマジ? ホントならマジでブチギレなんだけど。あと他のハコに勝手に推薦したのもアンタでしょ!? やる気ないのに勧誘の連絡が来まくってウザかったんだけど。てか退職後に他社へ情報流すのってどうなの? そんなことしててホライゾンのみんな、守ってあげられるの!?」
「あ、えと、すまん……」
「わかった、許す! だから和平さんにも謝れッ!」
小清水は強引に俺と向き合わされ、薫に頭を下げさせられる。
「ごめんなさいは?」
「わ、悪かった」
「ご・め・ん・な・さ・い・は?」
「……ごめんなさい。当方の勘違いでした、謹んでお詫び申し上げます」
「いえ、大丈夫ですから……頭を上げてください」
騒いでしまったこともあり、周りの注目を集めている。
恥ずかしい。
が、年下に頭を下げ、薫の言いなりになる小清水はもっと恥ずかしいだろう。
場は一時騒然となったが、周囲も解決したことに気付いて落ち着きを取り戻し始めた。
「次元くん、ケガしてない?」
三厨さんがシワになった襟元を正してくれる。
「大丈夫です。それより三厨さんも一緒に見てやってください」
「見るって、なにを?」
「あれです」
視線の先では、小清水が薫と一緒にファンアートを眺めていた。
普段の険しい顔つきはどこへやら、眉尻を緩めておだやかな笑みを浮かべている。
小清水はホムラの元パートナーだ。
ホムラの晴れ晴れとした表情を見て、いろいろ思うことがあるのだろう。三厨さんもその輪に混じり、和気あいあいとホムラの晴れ姿を眺めている。
「カズくん」
少し遅れて紗々がやってくる。
「喜んでもらえて、よかったですね」
「ああ」
財布からファンアートを見つけた時、紗々には一番最初に見てもらっている。
そして誰がこれを持つべきか、その見解も一致している。
「薫。そのファンアート、もらってくれ」
「……いいんですか?」
「いいもなにも、夕日丘ホムラはお前だ。きっとホムラもお前と一緒にいることを望んでるよ」
薫は花嫁衣装のホムラをひとしきり見つめた後、
「……これからもよろしくね」
そう言って大事そうに、ホムラを優しく抱きしめた。




