5-1 魂の二人三脚
「あーー、マジで体いてぇ……」
『ひとつのイスに二人が腰掛けてんだ。重量オーバーなんだよ』
「すると、しばらくはこの状態ってことか?」
『そうだ。オレに引継ぎを終えるまでは耐えろ』
「地獄かよ……」
あれから降魔に言われるがまま、近くのネットカフェに入った。
二畳ほどの個室に、リクライニングチェアとパソコン。
……室内は強すぎるくらいの暖房、全身の痛みも重なって頭がボーっとしてくる。
降魔曰く、この痛みは拒絶反応らしい。
本来、体と魂はワンセット。だがいまは二つの魂が入っている。
この状態を維持することで降魔と意識を交わせるが、いずれ痛みに耐えかねて体は限界を迎える。……つまり死んでしまうということだ。
そのため、どちらかの魂が早急に出ていく必要がある。
「ていうか、そのルールどこ情報だよ?」
『四次元存在に聞いた』
「さっきも四次の話が出たな。なんで降魔はそんなに四次に詳しいんだ?」
『なんでもなにも、オレはここに来るまで四次元にいたからな』
「は?」
なんか突拍子もない話が出てきた。
『お前にも連絡が来る四次元存在、オレはアイツとパートナーになってる』
「パートナー? それって三次元と二次元間で結ばれる関係の?」
『そう。三次元と二次元存在が会話できるように、オレは四次元と三次元間のパートナーとして、四次元側に魂を逃がしてもらっていた』
――次元和平の体は元々、二次元存在と会話する能力、そして四次元存在との接触があった。
だが降魔が事故に遭った際、四次元存在は緊急の対応として降魔とパートナーになった。
四次と二次、両方と接触できる降魔の魂は貴重だ。そのため四次元世界に魂を引っ張り上げることで、強引に降魔の死を回避した。
事故に遭った体が死んでしまった場合、四次元世界に魂を滞留させ、無事であれば三次元に還す予定だった。
だが予期しなかったことが起こる。
次元和平の体に、新しい自我――魂が宿ってしまったのだ。
それが、二代目《俺》。
同じ体にふたつの魂は宿せない。
そのため帰還先を失った降魔は、四次元での滞留を余儀なくされていたらしい。
「じゃあ、お前が言ってたあの世みたいなとこって……?」
『四次元世界だ』
「……そんなの、実在すんのかよ?」
『みたいだな』
「なんで他人事なんだよ」
『三次元上じゃ説明できないんだよ。いっこ上の概念だからな』
眉唾な話だ。
だが降魔の魂が存在してる以上、そういうものだと信じるしかない。
『ていうか無駄話してる余裕はねーぞ。ユーグレラをリテイクする理由、さっさと話せ』
おっと、そうだった。
いま一番大事なのはユーグレラの話――薫を問題としたアズサ役の話だ。
「どうしても出番をやりたい声優がいるんだ」
『……声優? 正気か? お前は声優のために、夢見降魔様にシナリオ変えろって言ってんのか?』
「そうだよ。今のシナリオだと、どうしても上手く噛み合わなくて……」
『却下だ、却下! お前はアホか? なんでオレ様が新人声優に歩調合わせなきゃなんねーんだよ! 声優の代わりなんていくらでもいるだろ!?』
「それでもやって欲しいから頼んでる」
『……そのためなら二年くらい捧げてやる、ってか?』
「ま、そういうことかな」
『そいつはお前の女なのか?』
「いや、違うけど」
『あ? じゃなにか? お前はどこぞの他人のために、二年もくれてやろうって言ったのか?』
「細かいことはいいだろ。……そこは男の意地みたいなもんだ」
あまりクサい話はしたくない。
適当に話を誤魔化し、俺はこれまでの事情を説明してやった。
紗々との関係や、ホライゾン時代の話。薫の性格、役柄、ストーリーの相性。そして夕日丘ホムラ自身の話。
役に立ちそうな情報の一切を話してやった。
『……薫に肩入れする理由は意味不明だが、言いたいことはだいたい理解した』
「さすがは天才、夢見降魔先生だな」
『まーな。じゃ、あとは好きにさせてもらうぞ?』
降魔が言うと同時――背筋に電流が奔り、全身から痛覚が消える。
どうやら体の主導権を取られたらしい。
腕が勝手に動き、ドリンクバーで注いだメロンソーダを降魔が半分ほど飲み干す。俺にはまったく味覚がやってこない
……紗々がブルームに体を取られた時って、こんな感じなのかもな。
ひとつの体に、ふたつの魂。
互いに入れ替わることができるという点で、俺たちにはまったく同じことが起こっている。
『とりあえず、先に下準備だけしとくか』
降魔は備え付けのキーボードを操作し、通販サイトにアクセス。15インチのハイスペックPCを購入、郵送先はこのネットカフェ。
「ここにパソコンはあるだろ? わざわざ買わなくたっていいんじゃないか?」
『バカ言え、停電で初期化されるパソコンなんか怖くて使えるか』
「確かに。でもこれすげーいい値段するんじゃ……」
『オレの金だ。好きに使わせろ』
「あっ、はい」
まったくもって、その通りでした。
降魔はその後、ひたすらブイチューバーのまとめ記事みたいなものを、目まぐるしく開いては消している。
『ふーん、にこたまブルームって結構売れてるんだな』
「ああ。デビュー半年で全ブイチューバーランキング五位だぞ。すごくないか? トップ三十位なんて三年続けた大ベテランでやっと入れるレベルだぞ? コントやトークは少し下品だけど、テンションも高くて動画の長さもちょうどいい。演技の時はキャーキャーした声してるけど、歌う時はすげー低音の声も出せる、そのギャップがいいんだよなぁ。あと曲のチョイスは紗々本人が選んでるから、結構真面目路線だ。普段はちょっとぽやぽやしたヤツだけど、歌う時はビシッとキメててカッコいいんだぞ、ちょっと一曲聞いてみろよ」
『いや、いい』
降魔はそれ以上は言わず、カタカタとキーボードを操作し続ける。
はは~ん、さてはこいつ作業用BGMとか聞かないタイプだな? 紗々の美声を堪能しないなんて人生の半分破損してるぞ?
『おい、二代目。お前はリテイクって言ったが、薫が声優やるなら他の方法でもいいんだろ?』
「それはもちろん」
『わかった。じゃ、やることは決まったな』
「…………は? まだ話して五分も経ってないだろ?」
『アイディアの良し悪しに、かけた時間は比例しない』
そう言って降魔は充電ケーブルの刺さったスマホを手に取る。
『電話するから、二代目は口を出すなよ』
「……いいけど、誰に電話するんだ?」
『速水社長だ』
「速水さん? 俺は速水さんの番号なんて知らないぞ」
『オレが知ってるんだよ』
……あれ?
降魔が操作するスマホには、確かに速水さんのアドレスがある。なぜ?
『言い忘れてたが、お前のデータ消したから。ここに入ってるのは俺のデータだ』
「はああああああああ!? お前、なに勝手に人のスマホ初期化してんの!?」
な、ななななんてことするんだ。
俺はスマホのバックアップなんて取ってない。色々と勝手に決めたこともあるのにどうやって紗々に連絡とればいいんだ!?
『騒ぐな。さっきも言った通り時間はない』
「だからってお前な……」
『それより黙って見とけ。――オレは夢見降魔だ。お前が変えられなかった世界、オレが創り変えてやるからよ?』
降魔はニヤリと口角を上げ、飲みかけのメロンソーダを一息に飲み干した。




