4-14 男の意地
「カズ、さっきから考える時間長すぎ~!」
「あ、ああ、悪い」
ブルームに言われ、オセロの盤面に意識を戻す。
角はもう三か所も取られている。ボロ負けだ。
「いい加減、あきらめれば?」
「この局はあきらめてるよ。でも次は必ず……」
「そっちの話じゃない。カオルの話さ」
ブルームがつまらなそうに言う。
「カズ、まだあきらめてないんでしょ?」
「まあ……そうだな」
「本人がやりたくないって言ってるんだよ? それなのにどうしてそこまでこだわるのさ?」
……納得、できなかった。
それは断られた理由について、じゃない。
薫だけが悩み続けなければいけない理由に、だ。
だって、不公平だろ?
薫だって紗々と同じように、声の仕事に夢みた普通の女のコだ。
同じ事務所で、同じようにブイチューバーを任され、同じように頑張ってきた。
それなのに薫だけがいまも苦しんでいる。
薫の悩みは負けず嫌いな自分の性格、プライドの高さだ。
常に高くあろうとするために努力を怠らないが、その地位が損なわれた時の反動は計り知れない。薫はその自重に耐えることができなかった。
紗々にも多少の負けん気はあるが、薫ほどじゃない。
だから、これは薫だけの問題だ。
紗々や他の人にはない、性格的な問題。
無駄にプライドの高い、薫が悪いんだ。
……なんて、思えない。
だって紗々にも、薫にはない悩みがあっただろ。
――わたし、ずっと思ってたんです。
――プロデューサーの言うように、陰キャが声優なんて間違いなんじゃないかって。
ずっと友達の少ない学校生活を送ってきた紗々。
コミュニケーション能力を育てることができず、ずっと俯きながら生きてきた。
同僚の誰とも打ち解けられず、事務所のトップに向いていないとさえ言われてしまった。
俺は小清水の意見に真っ向から否定したが、向き不向きだけで言えば確かに薫のほうが向いていると言えるのだろう。
でも、いまも演者として生き残っているのは紗々のほうだった。
その違いは、いったいなんなんだ……?
「ハイ、またボクの勝ち~! クリスマスオセロカップはボクの圧勝で終わりましたー!」
「はいはい、おめでとさん」
「もっと集中してやれよな~? まあ、カズが本気を出したところで結果は見えてるけどなっ!」
「言ってろ」
俺はオセロ盤を片付け、灯りを落としてコートを羽織る。
「なあ、ブルーム」
「うん?」
「ちょっと、出かけてくるわ」
「…………なに、言ってんの」
ブルームが真剣なトーンで聞き返してくる。
「今日は一歩も出ないって、ママとの約束だろ」
「用事ができた」
「なんだよ、用事って」
「このまま薫を放っておけない」
「なに、言ってんの……? 正気なの?」
「正気だよ」
「そうは思えないから、聞き返してるんだよ」
ブルームの低い声が、胸をずしりと重くさせる。
だってその声の主は、他でもない紗々と同じ声なんだから。
「どうして、そんなにカオルのこと気にするのさ」
「納得、いかないからだよ」
「なんだよ、納得って」
「紗々は元気になったのに、薫はいまも悩んでる。それが納得できない」
「そんなのボクたちには関係ないだろ」
「……紗々とブルームだって、最初は俺に無関係だった」
「なにが、言いたいんだよっ!」
「以前の紗々と、薫にはなんの違いもないんだ。……だったら薫のためにできることをしないのは間違ってる」
二人の違い。
そんなもの、上げてしまえばキリがない。
だが少なくとも確実なことがひとつ言える。
俺は紗々を助けたけど、薫は助けていない。だから薫は助かっていないんだ。
「そんなの放っとけばいいじゃん!」
「放っておけねーよ。だってこのままじゃ俺はあの日からなにも変わってない」
「変わっただろ。カズにはママがいるじゃないか」
「それは俺がどうにかしたからじゃない。ブルームや四次がそう仕向けてくれたからだよ」
俺が紗々に関わったのは自分の意志じゃない。人に命じられたからだ。
初めてこの部屋を訪れた日。
ブルームに引き止められ、四次の指令があって初めて俺はその場に留まった。
理由をもらわなければ、手を貸そうともしなかった。
……そうだ。
俺はずっとそれが心残りだったんだ。
あの日、紗々のためになにかしてやろうって思えなかったのが悔しかった。
「人に理由なんてもらわなくても、俺は紗々の力になりたかった。自信を持って紗々を助けたって言える、そんな男になりたかった」
「今更そんなこと言ったって、どうしようもないだろ」
「そんなことない。だって目の前にあるのは、あの時と同じシチュエーションなんだから」
「それって、もしかして……」
「ここで薫を無視するのは、あの日の紗々を無視することと同じ。だから見て見ぬふりなんて、絶対にできない」
過去は変えようがない。
でも、いまこの瞬間は変えることができる。
ここで指示がないからと動かなければ、数ヶ月前の自分となにも変わらない。
結局、人の指示がなくては紗々を助けなかったということだ。
だから放っておけない。
あの日に後悔を残してきたのなら、いま苦しんでいる人から目を逸らしてはいけないんだ。
「だから出かけるの? ママとの約束を破って」
「紗々には、これから説明する」
「ママがそんなこと望んでると思ってるの?」
「いや、俺がやりたいだけだ」
「だったら!」
「でもこのままじゃ納得できない。今のままの俺なんかに、紗々を任せることはできないんだよ」
きっと誰にも理解してもらえないだろう。
それでも全然構わない。
紗々にだって愛想を尽かされてしまうかもしれない。
「……そのためにイヴに他の女に会おうとするなんて、どうかしてるよ」
「なに言ってんだ。薫に会いに行くなんてひとことも言ってないだろ」
「は? じゃ、一体誰に会いに行くってんだよ」
「夢見降魔だよ」
「……コーマ?」
「ああ、今日はせっかく降魔に戻れる日なんだ。それを生かさない手はないだろ?」
今日という日が来るのを、ずっと恐れていた。
降魔に戻るという言葉に踊らされ、周りを巻き込み、ずっとネガティブなものだと考え続けてきた。
でも、その解釈は本当に正しかったのか?
紗々にも言われた。もっと人を疑えって。
そうして四次の言葉を疑い……気づいたことがあった。
俺は一度も四次元存在に、不義理や不都合をもたらされたことはない。
「夢見降魔の復活を、利用してやるんだ」
成功するかどうかなんてわからない、無謀な賭け。
――だが胸に立ち昇る高揚感は、抑えることができなかった。
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