4-12 漠然とした不安
「和平さああぁん! なんなんですか、このゲーム!? めっちゃ面白かったんですけどっ!?」
「テンション、高っ!」
電話越しとは言え、ツバが飛んでくるような勢いだ。
「こんなのアガるに決まってるじゃないですかあぁぁぁ! 昨日の昼からぶっ続けで終わらせましたよおぉぉ!」
「……だよな、そうなるよなっ!?」
ユーグレラをプレーした時のことを思いだし、自然とこちらも楽しくなってくる。
自分が勧めたモノが相手にも受け入れられ、求めていた反応が返ってきた時の喜び。これは体感してみないとわからない。
「やめ時なさ過ぎてキツかったけど、サイコーでしたっ!」
俺たちはそれからしばらくユーグレラの感想戦に興じる。薫も徹夜明けでいつも以上にテンションが高く、俺もつい本題を忘れて思い出トーキングに浸ってしまった。
「ああ……俺もまたもう一周したくなってきた」
「ですよね~! わかる~!」
「おっ? いま”わかる”って言ったな?」
「はい、言いましたー! かおるにはエモの民とソレナ族がついてますのでっ!」
「もう和解したのかよ」
「かおるは文化の多様性を重んじることにしたんですっ、これからは協力し合って生きていかないとねっ!」
……と、話が変な方向に逸れそうなところで軌道修正。
「で、先日の話に戻るけど……どうだアズサ役?」
「あ~~~。そうでしたね、そういう話でしたね」
薫は誤魔化すように、気のない返事をする。
「ちょっと、考えさせてもらえます? かおる、徹夜明けで判断力がびみょいので」
「そうだな、わかった」
「ありがとうございます。っていうか、和平さんも制作に関わってるんでしたっけ?」
「ゲームリリースの許可は俺が出したから、実質的には関わってることにはなるけど」
「でもお話を書いたのは昔、なんですよね?」
「……そうだな」
「あっ、別に深いイミはないですよ!? かおる的には今の和平さんがベストですからねっ!」
「お、おう」
「一度ぐっすり寝てから返事します。それではまたっ!」
徹夜明けとは思えない、元気な挨拶で薫との通話は締めくくられた。
「さすがに窺いを立てるのは早計だったな」
少し返事を急かし過ぎたかもしれない。
俺たちもユーグレラは一夜漬けしたからわかるけど、プレー直後はとてもそんな気分じゃなかったしな。
ただでさえ簡単に決められることじゃない。
もう一日……いや、もっと時間がかかってもしょうがないことなんだ。
そのために三厨さんにも入ってもらった。
自分の都合だけで物事を判断するのは……やめよう。
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それから数時間後。
寒さに頬を染めた紗々が帰ってきた。
「ただいま帰りました」
「おかえり、無事だったか!?」
紗々に駆け寄り、身の安全を確かめる。
「車には轢かれなかったか? 獅子座流星群とか降って来なかったか!?」
「見ての通り無事です。……流星群?」
「そうか、よかった……!」
安堵に駆られ、つい抱き締めてしまった。
「わわっ、どうしたんですか」
「ごめん、つい勢いで」
「寂しかったんですか?」
紗々が不安そうな表情で聞く。
つい口を衝いて否定しそうになるが、自分から抱き着いといてそれはない。じゃあ寂しくなかったか、と言われれば……
「……少し」
「そうですか、ごめんなさい。でも安心してください、今日はどこにも行きませんから」
背中をポンポンと叩かれ、紗々はいそいそとコートを脱ぎ始める。
「貸して、クローゼットにかけとく」
「ありがとうございます」
言いながら、紗々は鼻をクンクンと動かす。
「……なにか、いい匂いがします」
「いまビーフシチュー作ってるから」
「わあ、本当ですかっ」
紗々の表情がぱっと明るくなる。
その華やいだ表情に、単純な俺は胸をくすぐられる。
「あと二、三十分は煮込む。その間に風呂でも入ってこいよ」
「いえ。すぐごはんにしたいので待ってます」
「まだ時間かかるぞ? 俺は火の前から動けないし」
「だったら一緒に待ちます」
キッチンに立つ俺の横に並び、腕にきゅっとしがみ着く。
「いまはカズくんと一緒にいたいので」
「……そか」
俺たちはキッチンの前で棒立ちになる。
目の前の鍋から、ワインの香りを含んだ湯気がむわっと立ち昇る。
腕にはささやかな重み。
静かな室内に響くのは、シチューの泡が跳ねる音。
「……なんか、幸せって感じがします」
「そうだな」
体の隅から隅まであたたかさを感じる。
あまり言葉は並べずとも、不思議と同じ気持ちを共有している心地良さ。
「ねえ、カズくん」
「うん?」
「無事にカズくんとクリスマスを迎えられたら……わたし、伝えたいことがあるんです」
ふと視線を落とすと、赤くなった耳が見えた。
「いまじゃ……ダメなのか?」
「はい、ダメです」
紗々は人差し指を立て、ナイショとでも言いたげだ。
「なんて言われるのか、気になりますか?」
「当たり前だろ。すげー気になる」
「そうですか、良かったです」
「俺はよくないよ、気になって夜も眠れないじゃん」
「じゃあ作戦成功です」
「……なんの嫌がらせだ?」
「むっ、嫌がらせなんかじゃありませんよ。そうやって楽しみを取っておけば……ここから離れづらくなるはずです」
そうか。
紗々なりに考えてくれたのか。魂を体に足止めする方法を。
――俺は四次のメッセージより、紗々を信じることにした。
とはいえ、明日なにが起こるかなんてわからない。
だから紗々なりに策を打ってくれたんだ。
俺がこの体と強く結びつくように、クリスマスに楽しみを作ってくれたんだ。イヴの二十三時を越えるために。
……でも。
「ちょっと、言いづらいんだけどさ」
俺がそう言うと、紗々が不安そうな顔を上げる。
その顔を見て、胸がきりと痛む。
少し、言い方が意地悪だったかもしれない。
「先に、俺が言っちゃダメか」
「えっ?」
「クリスマス、無事に迎えられたら先に俺が伝えたいんだ」
紗々は一瞬、呆けた顔をした後……脇腹に白なめパンチをブチ込んだ。
「もうっ、不安になるような言い方しないでくださいっ!」
「ご、ごめん」
紗々は涙目になりながら頬を膨らませている。
「伝える、なんてもったいぶって! くだらないことだったら承知しませんよ!?」
「大丈夫、真面目だよ。……真面目に、これからも一緒にいたいから」
「真面目、ですか」
「そうだよ。俺だって本気なんだから」
「……まずいです、なんて言われるのか気になって、眠れなくなりそうです」
「フライング、しないからな」
「ヒントだけでもありませんか」
「ダメだよ、ネタバレになるから」
「それは、困りますね……」
紗々はそう言いつつも、どこか楽しそうに笑っていた。
クリスマスイヴは、明日に迫っている。
あいにぃにも連絡し、実家に控えてもらう話はなくなっている。
明日は丸一日外出せず、紗々を家で待つ予定だ。
その時を紗々と越えるために。
けど、なんだろう。
漠然とした不安があった。
それは俺が消滅することに対しての不安じゃない。
……なにか大事なことを、やり残しているような不安だった。
このままで、いいのか?
本当に、このままでいいのか?
その時を、座して待つだけで本当にいいのだろうか?
なぜか、そんな気持ちが最後まで拭えなかった。




