4-11 耐えやまぬ妄想
「あんだけイイ感じだったのに、キスすらしないなんてバカなの? 死ぬの?」
「……うるさいな」
三厨さんの次はブルーム。
紗々は仕事なので、ブルーム掛け時計から声だけの提供だ。
「ていうかカズも尻に敷かれるキャラが定着してきたよね~結婚したらおこづかい性は免れないよな」
「二次元のくせにリアルなこと言うな」
だが自分のことながら、その光景が容易に思い浮かぶ。
思い返せばここ最近、紗々にはずっと謝罪や土下座ばかりしている気がする。
……おかしい。
ここには紗々のメンタル管理目的で来たのに、俺が管理される側になっている気がする。
「なんにせよ、早くボクを安心させてよね?」
「保護者面すんじゃねえ。……俺だってなんとかしたいとは思ってるよ」
「お、やっとコクるのか」
「バ、バカ言え。いきなりそんなこと言ったらびっくりするだろうが。こういうのはもっと順序立ててだな……」
「びっくりすんのはこっちだよ。ここまで積み上げといて、なに順序とかヌかしてんのさ!」
ブルームが半ばキレ気味に言う。
「今日、ママが帰ってきたら即壁ドンからのチューな。はいこれ決定事項!」
「いやいやいや、唇噛まれて頬叩かれるよ。そんなことして嫌われでもしたらどうすんだ」
「お前、どんだけビビリなんだよ……」
「つーかお前こそ、壁ドンからのチューばっかじゃないか。憧れでもあんのか?」
「べ、別にいいじゃないか。推しに夢シチュリクってなにが悪いっ!」
図星らしい。
意外と乙女なとこあんのな、こいつ……
「でもカズこそいつまでもモタついてると、そのうちママに飽きられちゃうぞ?」
「…………え?」
背筋にぞわりとした感触が抜けていく。
紗々が、俺に飽きる?
当たり前のように側にいた紗々に、見捨てられる!?
「カズからアプローチがなければこのまま永遠に進展ナシ。でもママは声優として活動する中、素敵な男性声優に巡り合う。次第にママはイケボで囁かれる愛の言葉に心惹かれ、カズとの別れを決心するんだ」
その未来を想像し、目の前が真っ暗になる。
――ある日、俺が部屋に戻るとすべての家具がなくなっていた。
がらんどうになった部屋の中心で、紗々が気まずそうに目を伏せている。
『わたし、声優の○○さんと結婚することになったんです。……いままでお世話になりました』
そっけない言葉を並べる紗々。
声をかけようとするが、俺の口はなにも言葉を紡ぎだせない。
『カズくんにも素敵な人、見つかると思います。これからは別の道を行くことになりますが……ツギモトさんも、がんばってください』
紗々は一礼をし、俺の横を通り過ぎていく。
もう二度と振り向くことはない、微笑みかけることもない。
すべては失われてしまった。
あの日、俺が……チュウをしなかったせいで。
夢シチュのリクを蹴り、壁ドンからのチュウをしなかったせいで。
俺は、すべてを失うんだ。
「……そ、そんなのイヤだ」
「え、えっと、カズ?」
「紗々に捨てられるなんてイヤだ。それなら死んだほうがマシだっ……!」
「え、え、ちょ、なにガチ泣きしてんだよ!?」
胸は孤独と喪失感でいっぱいだった。
なぜ俺は紗々を呑気に収録になんか行かせてしまったのだろう?
もしかしたら今日が運命の声優との出会いの日かもしれないのに!
危険は男性声優だけじゃない。
紗々みたいなか弱い女のコ、一人で外出なんて危険に決まってる!!
陽キャオーラに騙されてチャラ男に連れ回されてるかもしれない、怪しげなツボを買わされているかもしれない。交通事故でピーポーパーポーかもしれない! トラバサミにかかって泣いてるかもしれない!!
「もう外出なんてさせてられない、紗々をいますぐ保護しないと!」
俺は立ち上がり、家を出る支度を始める。
「ちょちょ、ちょっとなに言ってんのさ!? 少し落ち着けよ!?」
「これが落ち着いてなんていられるか! 紗々の頭上に流星群が降るかもしれないんだぞ!?」
「その時はもう誰も生きてねーよ!」
それからもブルームが騒ぎ立てるので、俺は仕方なく事務所凸をあきらめる。
「さっきのは冗談だよ、ジョーダン! ママとはきっとうまく行くからっ!」
「……ホントかよ」
「ホントだよっ! ほらママだって言ってただろ、カズのこと王子様だって!?」
「でも飽きられるかもしれないし」
「ママはそんな飽きっぽくないからっ! それにカズだって見た目的にはイケるって?」
「でも人間的魅力なんてないし、イケボでもないし、二次存在と話せるとかガチキモいし……」
「めんどくせぇーーー! いーからもっとママを信じろっ!」
「急に雑になった。俺はブルームにも捨てられたのか」
「絡みもウゼーーー!」
と、その後もブルームになだめすかされ、俺は少しだけ自信を取り戻した。
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「でもさー、これからどうすんのさ」
「どうするって?」
「……ホムラのヤツ、まだやる気なんだろ?」
先日、ホムラには協力関係を申し出たが、すげなく断られた。
彼女にとってはブイチューバーとしての復帰より、ブルームに対する恨みを晴らすことのほうが重要らしい。
「お前、すげーアンチに目をつけられたよな」
「カンベンしてくれよ。ボクがいったいなにをしたって言うのさ……」
ホムラは小清水とのパートナーを解消し、自由の身だ。
同志が見つかるかはわからないが、またブルームに攻撃を仕掛けられれば厄介なことこの上ない。こちらからなにか策を講じられればいいんだけど……
「と、ここでホムラの魂から連絡だ」
スマホが通知音を鳴らして振動する、画面には”かぉる!”の文字。
俺はひとつ深呼吸をしてから、通話ボタンを押した。




