4-10 久しぶりの平穏
「で、キスくらいしたの?」
「してません!」
「ハァ!? そんだけ盛り上がってキスもナシとか、修行僧かなんかなの?」
「あの場にはそんな雰囲気ありませんでしたよ……」
「ウソだぁ、今日のさーちゃん見てたら誰もそんなこと思わないよ」
「そんなにですか……?」
翌日の正午。
時間的には三厨さんの昼休み。
クリスマスイヴまであと一日。
今日はホライゾン収録とのことで、三厨さんと紗々が顔を合わせ久しぶりに話をする機会があったらしい。
……そしてどういうわけか。
俺が女々しく縋りついて泣いた話は、紗々にノーカットですべて暴露されているらしい。
「話してる時のさーちゃん、本当に嬉しそうだったよ~?『……カズくんが、胸に顔を埋めながら言うんです、紗々、紗々……って。わたしがはいって言うと、きゅっと抱き着くのが、とてもかわいいんです』って」
「うおおおおおおおおおお!」
頭を抱えて、フローリングを高速ローリング。
「『頭を撫でるのをやめると、小さな声で……やめるな、って言うんです』」
「あいやあああぁぁぁぁあ! 死ぬうゥゥゥゥゥッ、死ぬしかないいいぃィィィィィ!」
「電話中に死なないでよ? 意外と手のかかる、カズくん♪」
「ヘヴウゥンンンンッッ!?」
なぜなんだ。
なぜなんだ、紗々ぁぁぁ……
家から出る前も終始ニコニコで「ひとりでお留守番できますか」「寂しくなったら電話してください」なんて、すごい優しくしてくれたのに……
それをどうして人に話してしまうんだ!?
人に話したらイジりのネタにされるに決まってるじゃないかああぁぁぁぁ!
「私も面白くなっちゃってさ。午前中は仕事そっちのけで、ずっと次元くんの話を聞いてたよ」
「頼むから仕事してくれ! 紗々もなにやってるんだよ!?」
「それくらい、嬉しかったんだと思うよ? ……次元くんのこと、ずっと気にかけてたんだから」
と、三厨さんが優しい声で言う。
「本当はね、さーちゃんに何度か相談されたことがあるんだ。次元くんにこのまま甘え続けてもいいのかって」
「……紗々が?」
「どうしてこんなに優しくしてくれるのか、わたしはどうやって恩返しすればいいのかって。……だから次元くんに必要としてもらえたことが、本当に嬉しかったんだと思う」
……顔が燃えるように熱くなる。
まさか紗々が、そんなことで悩んでくれていたなんて。
それに俺がみっともなく縋りつくことが、嬉しいだなんて。
しかも仕事をそっちのけにし、三厨さんに自慢してしまうくらい。
やばい。
嬉しくて、どうにかなりそうだ。
「ああ、いいな~。わたしもそうやって男に縋られてみたいわぁ……」
「……あんまり茶化さないでくださいよ」
「いいでしょ、少しくらい。こっちは朝からずっっっっと惚気られて、お腹いっぱいなんだから!」
そう言われてしまうと黙るしかない。
……でも、本当にうれしいな。
紗々は俺のいないところでも、俺の話をしてくれるのか。
俺と一緒にいない時間でも、俺のことを考えてくれているのか。
あーヤバい、顔のニヤけが収まらない。
「あと、これだけは言っておくけど……」
「なんですか?」
「私にとってキミは一緒にブルームを救ってくれた仲間。一緒にユーグレラを完走した思い出を共有する唯一無二の友人。……夢見くんと同じ顔はしてるけど、キミのことは《《次元くん》》として見てるつもり。それだけは信じて欲しい、かな」
「あ――」
紗々に、聞いたんだろう。
俺が降魔として見られることに、過敏であることを。
三厨さんの瞳に映る次元和平像は、記憶喪失になっている降魔だ。
きっとそれはこれからも変えようがない。
でも三厨さんは二代目と過ごした思い出を語ってくれた。
それは俺にとってもかけがえのない時間で、楽しかったと断言できるものだ。
……だったら、それでいいじゃないか。
三厨さんは降魔の体に第二人格が生きることを、認めてくれている。
それなのに二代目として見てくれない、なんて癇癪を起こすのは間違っている。
そもそも三厨さんには何度も頼らせてもらった。
小清水に怒鳴り散らし、その後のフォローをすべて任せてしまったこと。ユーグレラを掘り起こし、勝手に表に出したこと。薫の説得に付き添ってもらったこと。
これ以上、望むことなんてあるはずもない。
「ありがとうございます、そう言ってもらえて嬉しいです」
「よしてよ。私だってこれからの次元くんには期待してるんだから。……主にホライゾンのマネージャ業務の件で」
「あ~、その話はまた気が向いた頃に」
「いやホントマジで頼むって、大卒の初任給スタートで交渉するからさあ……」
こうやって心安らかに三厨さんと話せるのも、支えができたから。
独りじゃない。
そう思えることがこれほど心強いなんて、知らなかった。




