4-9 魂
「……離せよ」
「いいえ、カズくんが落ち着いてくれるまで、離しません」
「頼むから、もう構うなよ……」
「頼まれたって離しません。白なめくじは粘着質なんですから」
そう言って紗々は俺の頭を抱き続ける。
だが俺にはもう、抵抗する力は残っていなかった。
「やっと大人しくなってくれました。いつものクールなカズくんです」
「……うるせえよ、バカにしやがって」
「バカになんてしてません。誰にだって怖いものくらいあります。……どうしてカズくんがそこまで怖がるのか、全部は理解できません。でも理解したいんです」
回された腕に力がこもり、俺はされるがままに抱き締められる。
「……みじめなんだよ。もうカッコ悪いところ、見られたくないんだよ」
「わたしだっておあいこです。初めて会った時、散々な姿を見られてしまいました。カズくんがなにも言わずにお風呂を焚いてくれた理由を考えると……いまでも顔から火を噴きそうです」
「……懐かしいな」
「はい、まだあれから三ヶ月しか経っていません」
そっか。
三ヶ月も一緒にいるのか。
紗々にとっての三ヶ月は、人生の二百二十八分の三の時間かもしれない。
でも俺にとっての三ヶ月は、人生の二十四分の三だ。
紗々と過ごした時間は、俺の人生のほとんどだった。
「こんなに楽しかった三ヶ月、はじめてです」
「俺もだよ。……こんな時間が続けばいいと思っていた」
「続きますよ、これからもずっと」
「……無理だよ」
「どうして、そんな風に思うんですか?」
俺はスマホのメッセージを表示して、紗々の方に向けて置く。
――クリスマスイヴの二十三時。キミは夢見降魔に戻ってもらう☆
――だから予定は入れないほうがいいよ、じゃあね☆
「この人ですか、カズくんを怖がらせてるのは」
「違う。四次存在がいたから、俺はいままで生きて来れたんだ」
「いえ、違います。この人はカズくんを惑わす最低な人です」
紗々はむすっとした声で、そう言い放つ。
「わたし、言いましたよね。もっと人を疑って欲しいって」
「……聞いた」
「よく読んでください。ここにはカズくんが消えるとか、記憶が戻るとか、そんなこと書いてありません。だから二代目がいなくなったりするはずがないんです」
「……そんな、屁理屈みたいな」
「いえ、絶対にそうです。もし戻るようなことがあっても、わたしが必ず連れ戻します」
「そんなこと……」
「できます。カズくんだってブルームを捕まえてくれました。弱虫なわたしを元気づけてくれました。カズくんにできて、わたしにできないことなんてありませんっ!」
紗々の力強い言葉に、俺は返す言葉を失う。
「それにこんな勝手な理由で、わたしのカズくんを連れていくなんて絶対に許しません」
「俺、お前の所有物かよ」
「はい。四次元だろうと、夢見先生だろうと関係ありません、カズくんはいなくなるなんてありえません」
……やめろよ。
そんなデタラメばかり言うなよ。
俺たちには言葉を真実にする力なんてない。
未来のわからない、約束されていない世界でしか生きていけない。
それなのに、どうしてそんなにも自信をもって、いなくならないなんて言えるんだよ?
自信なんかとは程遠いお前が、そんな風に胸を張って言うと。
俺だって、信じそうになるだろ……
「それに約束だってしました。カズくんのこと、放っておかないって」
ぼうっとした頭に、いつかの日が思い出される。
あいにぃと紗々が初めて会い、その光景に胸を焦がした日。
紗々と背中合わせになり、心の繋がりのようなものを始めて実感した日。
「……俺、そんなこと頼んでない」
「わたしだって、カズくんに助けなんて求めてません。でもカズくんはわたしを助けに来てくれました」
「やらされ仕事だよ。それに言っただろ、俺が助けたのは二代目を――」
「はい、聞きました。そうやって知らない人のことも気遣ってあげられるカズくんが大好きです」
「都合よく、解釈するなよ」
「しますよ。自分の王子様を色眼鏡で見て、なにが悪いんですか?」
「なにが王子様だ……」
適当なこと、言いやがって。
そうやって甘やかしておけば、俺を飼いならせるって……そう思ってるんだろ?
「カズくん、意外と手の掛かる子ですよね」
「……うるせぇよ」
「そうやってわかりやすくひねくれるところ、嫌いじゃありません」
「俺は嫌いだよ、感情を上手く使えない自分のことが」
「そこがいいんじゃないですか」
「バカにしてるのか、お前」
「少しだけ、してるかもしれませんね」
紗々は冗談めかすようにそんなことを言う。
……もうダメだ。
全身から力を抜き、紗々の腕に身をゆだねる。
こいつはなにを言っても聞かない。
そう、思ってしまった。
きっと俺がどんなに撥ねつけようと、この手を放してくれないんだって。
どんな言葉も都合よく解釈され、どうやっても味方されてしまう。
こいつは、本当に俺のことを受け止めてくれてるんだって。
「……紗々」
「はい」
「お前のこと、信じるからな」
顔を上げ、紗々の瞳を正面から見る。
白磁のような肌に、長い睫毛。
その蒼い瞳に映るのは――――いつもと変わらぬ、凡才な俺の姿。
降魔への憧憬を露ほども滲ませない、真っ直ぐな視線。
……ただ、それだけだった。
「どう、でしたか?」
「……どうも、しなかった」
紗々はしっかりと、俺を見てくれていた。
ただそれだけのことが、そんな当たり前のことが嬉しくて。
紗々の姿が、涙に歪んでいく。
「安心して、くれましたか?」
抱かれた頭を、縦に揺らす。
「こないだの、続きです」
紗々は俺の耳に、自分の胸を押し当てる。
規則正しい心臓の音が、すぐ近くに聞こえた。
生きている人が、こんなすぐ近くにいてくれてる。
側にいたい、独り占めしたい。
もっと紗々のことを感じていたい。
「……腕」
「はい?」
「腕、回してもいいか」
「もちろんです」
紗々の背に手を回し、力を籠める。
折れてしまいそうなほど、小さい体。
でも暖かくて、優しくて、大きな存在。
「……うれしい」
俺の頭を撫でながら言う。
「こうして必要としてくれる日を、ずっと待ってたんです。……カズくんにはいつもしてもらってばかりでしたから」
そんなことない。
紗々が必要としてくれたから、俺にも生きる理由ができたんだ。
あの日、紗々に出会って救われたのは俺の方だ。
「生まれてきてくれて、ありがとうございます。カズくん」
その夜、俺は初めて人の前で泣いた。
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話の流れを断ち切りたくなかったので、三話まとめての更新になりました。
お付き合いいただき、ありがとうございます。
4章はまだまだ続きますが、次回更新は8/13の予定となります。
続きもぜひ楽しんでいってください!
ここまで読み進めていただき、ありがとうございました!
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