4-5 残されるひとたち
「あ~、のどガラッガラ……」
「三厨さん、だいぶ薫に付き合ってましたからね」
「カラオケなんて久しぶりだったからね、テンション上がっちゃった」
俺と三厨さんはまだカラオケボックス。
薫だけは門限があるなんて言い、早々に帰って行った。
どうやら先日の外泊が家族会議に発展したらしく、しばらくは門限を設定されたらしい。
家族は放任主義みたいなことを言っていたが、どうやら愛娘の外泊は看過できなかったらしい。……なんか責任感じるな。
「でも良かったね。ユーグレラの件、意外と満更でもなさそうだったじゃん?」
「はい。きっと続けたい気持ち、残ってたんだと思います」
それは先ほどのカラオケでも節々にうかがえた。
薫は何曲か歌う内に興が乗ったのか、ノリノリでマイクを握り続けた。
特に衝撃的だったのはホムラの声で演歌を歌い始めた時だ。
上品なお嬢様テイストの声から繰り出される、暴力的なまでの声量。
けれど囁くような声で艶のある表情を魅せたりと、完全に無料で聞いちゃいけない見せ物だった。いや飲食・場代は出したけど。
まだ自分の声を活かしたいという欲求が残っているんだろう。
マイクを握っている時の薫は、ホームランをかっ飛ばした時以上にいい笑顔をしていた。
「さてと、そろそろ私たちも帰る?」
「いえ、せっかくなのでここで話しちゃいましょう」
「話?」
「……やっぱり覚えてなかったんですね。言ったじゃないですか、話したいことがあるって言ったの」
「あ、ああ~、もちろん覚えてるよ~!」
「絶対、忘れてましたよね」
三厨さんの言い訳に苦笑しながらオレンジジュースを飲み下す。
氷が溶けて酸味はだいぶ薄くなっている。……あまり気付け薬としては使えなさそうだった。
「で、話って言うのはなに?」
「紗々のこと。……いえ、これからのことです」
すると三厨さんは途端に色めき立つ。
「なになに、ついにさーちゃんとの未来を考えるようになった!?」
「……いえ、そうじゃなくて」
「じゃあ次元くんが就職する話だ! さすがに女の子にぶら下がったままはイヤだよね、いまから面接しよっか、はい合格ー! 明日から私の部下!」
「それも違います」
「え~、じゃなんだって言うのよ!」
早口でまくし立てる三厨さんをたしなめ、咳ばらいをひとつして、言った。
「記憶、戻るみたいなんです。あと数日で」
「……え?」
三厨さんの顔が、困惑が浮かぶ。
「記憶が戻るって……それって夢見くんの、ってこと?」
「そうです。三厨さんがアシスタントをしていた二年前の夢見降魔です」
「そっか。夢見くん、か……」
三厨さんは呆然と中空を眺めていたが――急にハッとした表情で言った。
「いまの次元くんは、どうなるの?」
「きっと、いなくなると思います」
「いなくなる……って」
「俺は次元和平の中に生まれたバグだったんです。それが修復されて元に戻る。それだけの話ですよ」
「な、なに言ってんの? それじゃ、さーちゃんはどうなるの……?」
「その相談で、今日は来たんです」
――そう言うと同時、スマホが鳴り始める。
発信相手は、あいにぃ。
三厨さんに一言だけ断わり、通話に出る。
「おい和平~、そろそろ行ってもいいか? もうヒマでヒマでしょうがなくてさぁ」
「もういいよ、すぐ来れる?」
「十分くらいでいける、ウタヒロでいいんだっけ?」
「ああ。じゃまた後で」
そう言って通話を切る。
「……いま電話してたのって、愛さん?」
「そう、あいにぃにも頼みたいことがあるから」
俺が二人に話したいのは紗々のこと、これからのこと。
言ってしまえば二代目としての身辺整理だった。
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「私は絶対反対だよ。さーちゃんになにも教えてあげないなんて」
三厨さんが声を震わせながら言う。
「紗々には悪いと思ってます、でも時期が悪すぎるんです」
「時期って……」
「ユーグレラの収録です。……自惚れかもしれませんが、俺が急に消えたと知れば紗々のメンタル、ひいては収録に影響が出るかもしれません」
――二人にはこう説明した。
クリスマスイヴの深夜、次元和平は初代としての記憶を取り戻す。
俺は事前に実家へ帰り、両親の前で記憶の復活を告げる。
その時、あいにぃには側にいてもらい、降魔へ事情を説明してもらう。
ユーグレラの発売までは新規の原稿発表、および公には姿を現さないで欲しいと。
その代わり、約束を破らない範囲では好きに過ごしてもらって構わない。
紗々にはあいにぃから説明、家庭の事情で俺がしばらく帰れない旨の説明。
俺のスマホに連絡が来るかもしれないが……上手くやり過ごして欲しい。
ユーグレラの発売が決まった後、紗々には説明して欲しい。
……初代の記憶が戻り、二代目の人格が消滅したことを。
「なにも知らせないまま、お別れするつもり……?」
「結果的に、そうなります」
「さーちゃんがかわいそうだって、思わないの?」
「……紗々にはすべて伝えるつもりでした。でもこうなった以上、収録が終わるまでなにも知らせないべきです」
「そうじゃなくてっ、私は次元くんがそれでいいのかって話を……!」
「――ミカちゃん」
あいにぃが口を挟む。
「和平はサーシャの邪魔をしたくない、そういうことだよな?」
俺は黙って、頭を縦に振る。
でも三厨さんの言葉は止まらない。
「どうして、記憶が戻るなんて言い切れるの? 次元くんの記憶だって残るかもしれないじゃない!?」
「もちろん、その可能性もあります。……でも、そうならない予感がするんです。だとしたら用心しておくに越したことはありません」
四次元存在や別人格の話をしても、受け止めてもらえるかわからない。余計に混乱させるだけだろう。
あくまで俺と降魔の人格――魂は別物だ。
別の人間が他人の記憶を思い出すことは、絶対にない。
それはあいにぃや三厨さんの記憶を、自分の物にできないくらい当然のことだ。
「和平は、それでいいのか?」
あいにぃが茶化したりせず、訪ねる。
「……いいよ、考えて決めたことだ」
「そうか。じゃあオレからはなにも言わねーよ」
「ちょっと、愛さん!?」
三厨さんが批難めいた声で叫ぶ。
「ごめんな、ミカちゃん。悪いけどオレにとってはサーシャより、和平なんだ。こいつが《《遺言》》を残すってんなら、ちゃんと聞かなきゃいけない」
三厨さんはそれを聞くと――顔面を蒼白にし、俺に頭を下げる。
「ご、ごめん。次元くんだって自分のことでいっぱいいっぱいなのに、私ったらなんてことを……」
「気にしないでください、三厨さんはそれでいいんですよ」
そう、それでいい。
三厨さんが心配するのは、紗々のことだけでいいんだ。
俺がいなくなった後に紗々のケアができるのは、マネージャーだけ。
仕事の多い三厨さんに対して任せてしまうのは気が引けるが……俺にはどうしようもない。
「あいにぃも、もし面倒でなければ紗々を支えてやってくれ」
「いいのか~、あんだけサーシャとオレを離したがってたのに?」
「しょうがないよ。……あいにぃが幸せにしてくれるなら、そっちの方が全然いい」
「バカ、真に受けんな」
あいにぃはその瞬間、少しだけ憂いの色を見せた。
……よかった。
ほんの僅かでも、俺にそんな表情を見せてくれて。
「話はこれで終わりです。……三厨さん。紗々のことお願いします」
三厨さんは沈痛の面持ちで、俯いている。
「あいにぃも。面倒ばかりかける弟で、ごめん」
「気にするな、前もって言ってくれて助かる。……もう一人からはそれすらも聞けなかったからさ」
……そうだよな。
降魔だってその日が境になるなんて、想像すらしなかっただろう。
死とは前触れもなく、そしてあっけなく訪れる。
「和平の言ったとおりにする。……ただ考えが変わったなら、いつでも連絡しろよ?」
「わかった。それと、あいにぃ……」
俺は体を向け、頭を下げて言った。
「二年間。俺の面倒見てくれて、ありがとう」
すると俺の兄は相好を崩し、一言だけ「バカ」とつぶやいた。




