4-1 夕日丘ホムラが望むもの
さて、色々ありましたが明けて翌日。
クリスマスイヴまで、あと六日。
今後に向けての気持ちも固まった、今日この頃。
先日聞いた話をムダにしないため、俺はひとりの二次存在を呼び出していた。
「おい、ちょっといいか?」
スマホの画面にはバーチャルくノ一こと、夕日丘ホムラ。
奇しくも一夜を共にすることになった、五十嵐薫のブイチューバー。
「……なんの用ですの?」
「お前の演者と会ってきたよ、五十嵐薫」
「そうですか。それがどうかしまして?」
「元気でかわいげがあって面白い人だな。お前とは似ても似つかないくらい」
「ひとこと多いですわ。……でも、そうですわね。あの方は誰にでも好かれる、キレイな心を持っていらっしゃいます」
懐かしい思い出に触れ、ホムラがふわりと優しく微笑む。
「それでお前に聞きたいんだけど。……薫は声優に未練があると思うか?」
「なんですか。藪から棒に」
「俺さ――また薫に声の仕事をさせてやりたいと思ってるんだ」
ホムラの瞳が驚きに見開かれる。
「薫さまが復帰したいと仰ったのですか!?」
「いや、そういうわけじゃない」
ホムラは肩を落とし、ため息をつく。
「……でしたら、なぜ急にそんなことを?」
「薫、元気をあまらせてるし、ずっと失敗した過去を引き摺ってるからさ。逆に仕事を再開させれば前に進むんじゃないかって思うんだ」
薫と俺は過去の成功が原因で、今の自分を見てもらえない悩みを共有した。
でも、そこにはひとつだけ決定的な違いがあった。
俺は降魔としての才能を持たない以上、自分から打開することはできないが……薫にはいまも変わらない才能がある。
もし薫に再挑戦する気力さえあるのなら、自分の過去を越えることで乗り越えられるかもしれない。
「でもやりたくない人にやらせても、仕方ないのではなくて?」
「本当に、やりたくないと思うか?」
「……薫さまが本心ではやりたいと?」
「わからない。だから教えて欲しいんだ、一番近いところで薫を見ていた夕日丘ホムラに」
先日の態度では、薫がどうしたいか聞くことはできなかった。
でも続けたいという気持ちがあるなら、背中を押してやりたい。
俺が二代目として生きていられるのは、あと少し。
なにか残せるものがあるなら、残してやりたかった。
「薫さまのために協力して欲しいということですか。……それはつまり、ブルームの味方をやめて、わたくしたちの側につくということですか?」
「俺には敵も味方もない。ただこのままくすぶり続けるのは薫らしくない、そう思ったんだ」
「あら情熱的ですこと、まさか薫さまにホの字ですこと?」
「ちげーよ。……お前ら二人して、ホの字って口癖なの?」
ホムラは「あらやだ」という顔で、口元を抑える。
……なんだよ、そのおちゃめな仕草は。かわいいじゃないか。
「で、ホムラはどう思う? 一番近いところにいたお前なら、少しは薫の気持ちもわかるんじゃないか?」
「どうでしょう。所詮は薫さまとパートナーになれない程度の絆でしたから」
「でもそうやってパートナーになれなかったことを悔しく思うくらいに、薫のことは想っていたんだろ?」
「人の言葉尻を拾うなんて、いい趣味してますこと」
「なんとでも言えよ、ただホムラだって薫が元気になったほうが嬉しいだろ。……小清水と悪だくみなんかするよりさ」
「あら、気づいてらしたんですね」
ホムラは俺の含みに気付いた上で、あっさりと認めた。
やっぱり――ホムラは小清水とパートナー関係だったんだ。
「薫は紗々を恨んでないのに、ホムラはブルームへの敵意を隠そうともしなかった。だから考えたんだよ、ホムラに同調して紗々《ブルーム》を恨んでそうなヤツは誰だろうって。そしたら一番最初に思いついたよ」
魂の上書きを可能にする立場の人間であり、薫の引退に心を痛めた人物。
「ブルームへの恨みと、薫の復帰という点で結託。魂の上書きを使えば両方同時に達成できる……だろ?」
「お見事ですわね」
ホムラはさして興味もなさそうな顔で手を叩く。
「素晴らしい計画だったのに、よくも邪魔してくださいましたわね?」
「邪魔するに決まってるだろ。魂を消滅なんてタチの悪い」
「そんなタチの悪いわたくしに協力を求めるなんて、変わってらっしゃるのね。貴方にプライドはありませんの?」
「そんなのねえよ。言っただろ、敵も味方もないって」
ホムラはこちらを値踏みするように見つめ、少し考えた後にこう言った。
「でも背中を押す先は、演者の復帰ではなく《《声の仕事》》ですのね?」
「……あ、やっぱり気付く?」
「当然ですわ。薫さまが夕日丘ホムラとして復帰するのでなければ、わたくしにはなんのメリットもない話ですから」
そうなんだよな……。
薫は過去の失敗をだいぶ引き摺っている。
それに元同僚からの連絡にも辟易しているため、いきなり演者に戻る提案をしても、きっと断わられる。
だから今回は小清水の戯言として放置していた、薫をユーグレラに推す案を採用するつもりだ。事前に降魔が速水さんに聞いたところ、ギリギリ役は確保できるとの回答はもらっている。
だから現時点でホムラに対する直接のメリットは提示できない。
「で、でもっ、声優としての仕事をきっかけに、ライバーのやる気も取り戻すかもしれないだろ!?」
「たらればの話なんて聞きたくありませんわ」
「でもホムラだって薫が立ち直ってくれたら嬉しいだろ?」
「もちろん。というか貴方、変なところで正直ですのね?」
ホムラは呆れたように、くすくすと笑い始める。
「演者の復帰をさせるから協力しろと言っておけば、楽してわたくしの協力を得られたのに」
「そりゃ、バレるウソついたってしょうがないし」
いずれは演者への復帰も出来ればいいとは思う
だが物事には順序がある。
まずはやんわりと、出来そうなことから勧めていけばいい。
「薫さまがホライゾンに復帰することがあれば、小清水さまや演者もブルームへの立場を軟化させるでしょう。次元さまの狙いはそこじゃなくて?」
「……ご明察でございます」
「ふふ、一石二鳥の作戦というわけですわね」
今日のホムラは態度がやわらかい。
以前と違い、いまの俺は薫を知った上で話が出来ている。これは雲泥の差だ。
二人はパートナーではない。
だが薫とホムラは次元を超えた移し身だ。
そんな相手には自分同様、幸せになって欲しいと思うものだろう。
だから俺は軽い気持ちで、再度訪ねてみた。
「それで実際のところ、薫にやる気はあると思うか?」
「ふふ、なにを仰っているのですか。次元さま?」
「なにって、薫がスムーズに復帰できる道をだな……」
「協力するなんて、一言も申し上げておりませんよ」
笑顔を携えたまま、当然のように言う。
「わたくし、魂の上書きを提案した時点でブイチューバーの復帰はあきらめておりますの。だってそうでしょう? 薫さまがブルームの演者になっていたら、夕日丘ホムラとしての復帰は未来永劫ありえませんもの」
……確かにそうだ。
ホムラはブルームに復讐するため、演者の変更で魂の消滅を画策した。
そしてブルームに差し出される新しい演者は、他でもない自分の移し身だ。
もしこれが成っていた場合、薫がホムラとして活動を再開する可能性はゼロだ。
つまり。
ホムラはとっくにブイチューバーとしての復帰をあきらめていたということだ。
「次元さまはわたくしを敵ではないと仰いました。ですがわたくしは貴方たちを敵としか思っていませんのよ?」
ホムラの浮かべている意味が、変化する。
それは最初からそうだったのかもしれない。
だが、俺には先ほどとは見える印象がまったく別のものになっていた……
「わたくしが望むのはブルームの消滅、ただそれだけです」
「……本気か?」
「はい。薫さまが許していようが関係ありません。やられたらやり返す、わたくしがやり遂げたいのはそれだけなんですよ?」
「やめとけよ、紗々とブルームは前より強い関係で結ばれた。もう魂の上書きなんて出来ない、そんな状況でどうやって復讐なんてするんだ?」
「別の方法を考えます。もう小清水さまとのパートナー契約も切れました。幸い、事務所にはブルームに反感を持つ方がたくさんいます。別のパートナーを探してもいいし、パートナーを持つ二次仲間をそそのかしてもいい。どんな方法を使ってでも――ブルームには必ず復讐します」
「そんなに、ブルームのことが憎いのか?」
「はい。一度目の死を迎えたわたくしは、無敵の人ですのよ?」
真の敵対者は、そう言って無邪気に嗤った。




