4-0 二代目としての歩み
……私があなたのお母さんで、隣にいるのが兄の愛よ。
あいにぃって呼んでたの、思い出せない?
次元和平さん。
あなたは側頭葉の損傷により健忘症候群、いわゆる記憶喪失に――
これが先生の書かれていたマンガです、思い出せそうですか?
……和平は面会謝絶だ、そんなもの見せるんじゃねえ!
和平、ゆっくり休め。お前はフツーの学生じゃなかった。
いい機会じゃねーか、これを機にじっくりと兄弟愛でも深めようぜ?
マンガを書く? 記憶ないのにどうやって書くんだよ。
ファンが待ってる? いまは自分のことをだな――
夢見さん、夢見さん!? 頭が痛いんですか、早く主治医を!
暴れないでください、大丈夫ですから!
編集のヤツらはもう来ない、お前の記憶が戻るまではな。
それより退院したら、引っ越すか。おふくろの顔なんて見ても楽しくないだろ?
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いまでもたまに夢に見る。
俺が生まれた最初の一ヶ月。
まだ自分が二代目だと、認められていなかった頃の夢。
その日。
降魔は原稿の息抜きで、早朝のツーリングに出ていた。
降魔がバイクで出かけるのはいつも突然だった。
徹夜明けだろうと体調不良だろうと気にしない。
周囲にはいつも危険だからやめろと言われていた。
そして起きたトラックとの衝突事故。
半日以上にわたる手術の末、奇跡的に一命をとりとめた。
――十七年の記憶をすべて失って。
生まれたばかりの俺は、記憶を取り戻すことに執着した。
この体の主は有名マンガ家の夢見降魔。
降魔の作品は世間に望まれ、それに応えるからこそ次元和平の価値はある。
記憶喪失になんかなっている場合じゃない。
なんとかして記憶を取り戻さないと。
俺は降魔の作品を何度も読みこんだ。
周りには「休め、そんなことはしなくてもいい」と言われたが聞けなかった。
もしマンガを書けなければ、俺は何者でもなくなってしまう。
そうなった時に誰からも必要とされなくなるのが、とてつもなく恐ろしかった。
だが原稿に向き合い、どんなに考え抜いても続きは書けなかった。
なんのアイディアも浮かばず、ペンを直線に引くことすらやっとだった。
記憶がなくても体が覚えている……なんて都合のいいことも起こらなかった。
両親に対しても親近感のようなものを抱けなかった。
どこかよそよそしい態度が伝わってしまったのか、両親も気まずそうに目を逸らすようになっていった。
記憶が戻る気配は一向にない。
代わりに体だけはみるみる快復し、一ヶ月で退院が決まった。
病院から足を踏み出した日、俺は世界の大きさに呆然としてしまった。
無限に広がる建物、つまらなそうな顔で歩く人々。決められた通りに動く信号に、車。
こんな広い世界に放り出されて、どうやって生きていけばいいのか。
飛べない鳥や泳げない魚が、空や海の広大さにどうやって希望を持てばいいのか。
なんでもできることを人は自由という。
だが自由という言葉は体よく人を見捨てることだと、俺は思った。
あいにぃとは一緒に実家を出た。
俺と両親の間に溝が生まれたのを感じ、引き離すために言いだしてくれた。
だが一緒にいることは少なかった。
あいにぃには自分のやりたいことがあったからだ。
やりたいことに溢れている彼にしてみれば、自由に飽食する感覚なんて理解できなかったのだろう。俺は多くの時間をひとり家で過ごし続けることが多かった。
そんな世界で、俺を見捨てずにいてくれたのは……四次元存在だった。
最初に接触したのは新品のスマホを手にした時。
誰にも教えていないはずの連絡先に、メッセージが届いたのだ。
――こんにちは、次元和平の二代目クン。私の名前は四次元存在☆
――キミには今日から私のお願いを聞いてもらいます♪
――キミと夢見降魔は別人、記憶が戻ることはありません!
――新しく生まれたキミの軌跡、世界に刻みつけてこ✊
おちゃらけた文面。
スパムメールなのかもしれない。
だが四次はいつも世界を、未来を見通しているとしか思えないことばかり告げてくる。二次と会話できるのが俺だけという話も、四次に指摘されて初めて知った。
……それまでは外だろうと家だろうと、ぬいぐるみやイラストに平気で話しかけるやべーヤツだった。
四次の目的は異なる次元間同士でも意思疎通できる世界を作ること。
そのためには他次元間で交流をたくさん取る必要がある、らしい。
だから俺には二次と三次の交流を、橋渡して欲しいということだった。
それから俺は四次の指示で様々な二次元存在と引き合わされ、三次の協力なしに解決できない問題に引き合わされてきた。
グッズ倉庫の火災、パートナー間のトラブル仲裁、海賊版の工場摘発。
中でも多かったのは生みの親である創作家が、突然の発作で命の危機にあるという依頼。……頼むからちゃんと寝て、飯を食え。
依頼の内容は、正直どうでもよかった。
ただ人に出会い、手を差し伸べると……みんな感謝してくれた。
そうやって必要とされ、感謝されることが、ただ嬉しかった。
誰にも必要としない世界で、俺に役目を与えてくれた四次に感謝した。
子供にとって親がそうであるように、俺にとっての四次はと全幅の信頼を置ける存在だった。
……だから夢見降魔が復活するという話も、するりと事実だと受け止められた。
俺はこの体を借りていただけ、と考えれば納得するしかない。
元々、この体は降魔のものだ。
初代より俺がこの体をうまく使えているとも思わない。
クリスマスイブまで、あと一週間。
俺は残りの時間で、できることを考えていた。
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