3-12 共振
「かおるもトイレに行ってくるね~」
トイレから戻ると入れ違いでかおるが席を離れた。
テーブルにひとり、取り残される。
手持ち無沙汰にオレンジジュースに手を伸ばすと、飲みかけだったコップはいっぱいになっていた。
きっと注文し直してくれたのだろう。
俺は手前にある黄色い液体をぐいっと飲み干す。
薫が隣の席に座り、密着してくるせいで緊張しっぱなしだ。
おかげでのどはカラカラ、冷たい酸味が脳にきんと来る感覚が気持ちいい。
だが先ほどよりも苦みが強くなっている気がした。
最初に飲んだ一杯は、氷が溶けて薄味だったんだろうか……なんか少しだけ消毒薬くさいし。
そんなことを考えていると、薫が隣の席に戻ってくる。
だが今度は肩をぶつけるだけでなく、腕もぎゅっと抱いてきた。
「こうしてると、かおるたちもカップルに見えるかな?」
「……さあ」
「なに、そのつまんない返事~?」
「じゃあ、なんて言って欲しいんだよ」
「それくらい自分で考えてくれないと~」
「わかった、じゃあもう一回聞いてくれ」
「じゃあ聞きますよ? かおるたちも、カップルに見えるかな?」
「……それな」
「もー、ヤダっ! 現行犯逮捕っ!」
薫はきゃっきゃと笑い、また腕を抱く。
吐息が首筋にかかり、熱と高揚感に頭がくらくらとする。
……でも変だな。
さっきよりも、くらくらの度合いが一段と増してる気がする。
「あ~ホント楽しい。もうずっとこうしていたいな……」
心を鷲掴みにするような、薫の独り言。
頭の中がふわふわし、薫以外が目に入らなくなってくる。
「……薫は明るくて、いいな」
「いいでしょ? 普段は高いんですけど、いまならお安くしときますよっ!?」
打てば響くような冗談も心地いい。
でも薫の背景を知ってしまった以上、気になる部分が大いにある。
「もうイヤなことからは、立ち直ったのか?」
「う~ん、どうでしょうね。かおるとしては立ち直ったつもりなんですけど……周りが立ち直らせてくれない、って思うことはありますね」
「周り?」
俺がそう言うと、薫はちょっと難しい顔をしてこう聞いて来た。
「ねえ、和平さんって今の自分と、昔の自分。どっちが好きですか?」
唐突に突き付けられた問いに、どきりとする。
今と、昔。
まるで俺の境遇を知っているかのような、ピンポイントな質問。
「……どっちの自分も好きじゃないな」
「あれ、意外です。和平さんは今の自分って答えると思ってました」
「そんなに自分ラバーズに見えるか?」
「はい、自分に自信ありそうな感じがしたので」
「どこがだよ。……そんなこと言う薫は、どっちなんだよ」
「はい、かおるは今の自分が好きです。でも……」
付け加えた薫は悲しげに笑いながら言う。
「かおるはみんなに昔ばかり求められてるんです。今のかおるを必要とする人なんて、どこにもいないんです」
――そんなことないだろ。
そう口にしようとして、俺はその言葉を呑み込んだ。
薫の微笑は危うく、ふとした瞬間に崩れてしまいそうだったから。
「昔のライバー仲間にラインをもらうんです。事務所に戻って来なよ、また一緒に頑張ろうよ、今度は大丈夫だからって」
薫を求める人たちの声。
ホライゾンの仲間やスタッフ、小清水。
「でもそう言われる度、かおるは悲しくなるんです。辞めた時の気持ち、わかってくれてないんだなーって……」
紗々の才能に嫉妬し、何度も挑戦しては破れ、心を病んでしまった。
ブルームの演技に苦言を呈し、ファンの反感を買って炎上したこともあると聞いている。
よっぽど悔しく、恥ずかしい思いをしたに違いない。
しかも周りの信頼を集めていた立場にあったのだから、その屈辱は計り知れない。
「みんなに悪気がないのはわかってます。でも復帰なんてできません。いまも悔しいの引き摺ってるし、復帰してもきっと同じことになるってわかりますから」
「……自分を良く知ることができたんだな?」
薫は無言で頷く。
「挫折を知って少しは成長したんです。昔みたいに根拠のない自信はもう持てません、かおるの成功は失敗や挫折とワンセットなんです。でもみんなは戻ってこいとしか言ってくれない。すると段々こう思えてくるんです。……みんなが求めているのは、昔のかおるなんだなって」
否定もせず、肯定もせず、黙って話を聞いていた。
そして俺は――薫に奇妙な共通点を感じ始めていた。
みんなに昔の姿しか求められない。
どちらかと言えば、戻って欲しいとさえ思っているはず。
ふわふわした気持ちにも推され、薫の話はどんどん俺の深いところに染み込んでいく……
「みんな本当のかおるなんてどうでもいいんです。仲良しごっこが出来て、成功の前例がある招き猫が近くに欲しいだけなんです。生まれ変わったかおるなんて、本当は興味ないんです」
マンガを書かない俺には価値がない。
みんな俺じゃなくて降魔だったらと思っている。
両親と過ごした思い出を持たない俺は赤の他人。
俺だって生きていたい、それなのにどうしてみんな降魔だけを求めるんだ?
「かおるは昔じゃなくて、今の自分を見て欲しいんです。でないと挫折から立ち直ったかおるが、無価値みたいじゃないですか」
「……そうだよな」
腕に縋りつく薫の体を、強く抱きしめていた。
薫は少しだけ体をこわばらせたが……ゆっくりと腕の中で力を抜いていった。
「わかってくれる人がいないって、つらいよな」
同情してもらいたかったわけじゃなかったのかもしれない。
愚痴を吐きたいわけでもなく、話の流れで吐き出してしまっただけなのかもしれない。
でも他人事とは思えない、他人の物とは思えない感情に。
俺はどうしようもなくなっていた。
「……和平さん、どうして泣いてるんですか?」
頬には自然と涙が伝っていた。
過去の自分を褒められるたび、遠ざかっていく心。
触れて欲しくないのに、過去の話を振られるみじめさ。
色々な経験を重ねてここまで生きてきたのに、今を見てもらえない虚しさ。
そんなものを全部、薫も感じてきたんだって思ったら……涙が溢れて止まらなかった。
「かおるのために、泣いてくれてるんですか?」
見上げる薫の瞳からも涙が零れ始める。
「気持ち、わかるから。がんばったんだな」
薫が指を伸ばし、俺の涙を拭ってくれる。
だが涙はそれでも流れ続け、みっともなく頬を濡らし続ける。
「和平さんも……イヤなことあったんですか?」
そう優しく訪ねてくれる、目の前にいる暖かな女の子。
本当は話を聞いてやるべき俺なのに……いまは感情の高ぶりが抑えられない。
目の前は歪んだようにぐるぐると周り、見つめてくる薫への愛しさが止まらなくなる。
「かおるも、聞いてあげたいです。和平さんにつらいことがあったなら」
心を撫でる様な甘い言葉に、逆らえない。
ただ俺は自分の苦しみを誰かに吐き出したくて、仕方がなくなっていた。
「なあ、薫――夢見降魔って知ってるか?」
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