3-2 屋上に響く快音
俺たちはガチャ機であんたんをキメた後……なぜかバッティングセンターにいた。
「あははー! 和平さん、下手すぎでしょ!」
「やかましいっ! 仕方ないだろ、バットなんて振るの初めてなんだし……」
すごすごと打席から下がる敗残兵。
十本の投球に対し、バットがボールを捉えた回数はゼロ。かすりさえしなかった。
なんだよ、あれ。
球速八十キロってあんなに早いのかよ。百五十キロとか投げるヤツも打てるヤツもイカれてる。
体にボールだって当たるかもしれない、それなのに呑気にバットなんて振ってられるわけないだろ!?
「仕方ないですねぇー、かおるがカタキを取ってあげますよ!」
「無理すんなー、というか失敗してくれた方が、俺の肩身が狭くなくて嬉しい」
「なにそれ、卑屈っ!?」
薫がドン引きしながら打席にあがる。
素振りをする姿は堂に入っている。
誘ったからには薫自身はよくここに来るのだろう。
バッティングセンターに来る前のことだ。
薫はATMでお金を降ろし「こないだのクレーン授業料も込みで!」といって五千円札を差し出してきた。
そんなにもらえない、もらってください、ジュース一本でいい、それだと少ない……みたいなやり取りを繰り返した末に、
「じゃあ、かおるとデートをしましょう!」
という謎の結論になり、家電量販店の屋上にあるバッティングセンターに連れて来られた。
その時に今更ながら自己紹介をした。
このままだとずっと師匠とか、クレーンのプロとか呼ばれそうだったし。
彼女は五十嵐 薫。
年齢は一個上の二十歳。
薫は俺の年齢を聞いてショックを受けていた。
どうやら俺をずっと年上――二十四歳くらいだと思っていたらしい。
好きに呼んでいいとは言ったが初対面の印象は抜けないと言って、年下の俺を和平さんと呼んでいる。
「おー、薫ちゃん。今日は男連れかい?」
薫は隣の打席に立つ、ガタイのいいおっちゃんに話しかけられていた。
「はいっ! 普段情けない姿ばかり見せてるので、今日はいいトコ見せちゃおうかなと思いまして!」
「はは、そうだな。彼氏も薫ちゃんのスイング見たら驚くぞ~?」
「か、か、彼氏なんかじゃありません!」
「じゃあ男をとっかえひっかえってヤツか。キミ、気をつけなよ~?」
「はい、気をつけます」
「いやいやいや、気をつけますじゃないでしょ! 否定してくださいよっ!」
わちゃわちゃと騒ぎ、おっちゃんにからかわれている。
愛されキャラしてんなぁ……
そんな薫のスイングは見事なものだった。
百三十キロの打球にも物怖じせず、見事三本のヒットを放っていた。
「すごいじゃん、よくあんな速い球をばこばこ打てるな?」
俺は褒めたつもりだったのだが、当の薫は少し不満そうだった。
「普段はもっと打てるんですよ~? それなのに外野がヤジを飛ばすから……」
恨めしそうな顔で隣の打席に立つおっちゃんを睨む。
「だったらもう一回やってこいよ」
「えっ、でも……」
「ここってボールをかっ飛ばしてスッキリするとこだろ? もやもや抱えて帰るなんて本末転倒じゃん」
「でも和平さんは退屈でしょ」
「バッティングセンターなんて初めてだし全然退屈じゃない。どうせだったら見せてくれよ、薫のホームラン」
そう言うと、パッと嬉しそうな顔をする。
「わかりましたっ! そこまで言われちゃ引き下がってられませんねっ!」
そう言って薫は喜々として打席に上っていった。
---
薫はその後も納得いくまで打席に立ち続け、ホームラン二回、ヒット四回を取ってようやく満足した。
「いや~本当に楽しかった!」
「なら良かった」
薫が隣のベンチに腰掛ける。
「和平さん、炭酸飲めます?」
「飲めるけど……」
「じゃ、ちょっと待っててくださいね!」
そう言って薫は自販機に走って行き、二本のコーラを持って帰ってくる。
「悪いな」
「いえいえ、お礼を言うのはこっちですよ!」
俺は遠慮なくコーラを受け取り、グイっと煽る。
こういった場所で飲む炭酸は、いつだって不思議と美味い。
「でも本当に上手いな、野球でもやってたのか?」
「いえ、ストレス解消でやってるうちに少しずつ打てるようになっただけです」
「それであんなに打てるようになるか?」
「なりますよ! もし良かったらかおるがレクチャーしてあげましょうか?」
「いや、運動神経も良くないしな……やめておく」
「そうですかぁ? もったいないですよ、こんないい体してるのに」
そう言って薫は俺の二の腕や肩をもみもみし始める。
……こいつ、女なのにスキンシップに遠慮がないな。
「ちょっと、くすぐったいな」
「ああっ、ごめんなさい。つい癖でっ」
「癖? お前には男をもみもみする癖があるのか」
「ち、違いますっ! 工事現場で働く兄に、よくマッサージをしてるので」
そういって真っ赤になり、わちゃわちゃと手を振っている。
本当にイジられ体質だな、こいつ。
「男の兄弟って大変だよな、俺のアニキもとんでもないヤツだし」
「へー! 和平さんにもお兄さんがいるんですね、なにしてる方なんですか?」
「路上で楽器弾いてる」
「すごっ!? 生き様がロック!」
「そうだな、安定とかとは程遠い人だよ」
「和平さんは随分としっかりしてる感じですけどねっ」
「しっかり……してるか?」
「はい、だってかおるより年下なのにすごい落ち着いてますしっ」
薫が落ち着かな過ぎるだけなんじゃないか、とは思ったが黙っておこう。
「なんていうか……和平さんは一緒にいて、安心感があります」
あごを引いて、俺の目を覗き込む。
その仕草は胸をくすぐられる程度には、あざとい。
「でも本当に楽しかったです。……かおる、今年に入ってあんまりいいことなかったので」
薫は物憂げな表情で、遠くを眺める。
俺もつられて遠くを眺める。
防球ネットの先に高々と聳え立つポール。
薄暗くなった雲ひとつない空には一番星が輝き始めていた。
「……やべ」
時間を確認すると、十八時。
そろそろ帰ってメシを作らないと、紗々が帰るまでに作り終わらない。
このままでは白なめくじが、おこなめくじと化すだろう。
「和平さん、もし良かったら……これから一緒にゴハンでもどうですか?」
「あーごめん、ちょっと用事があるから」
すると薫は眉尻を下げてしゅんとする。
「それは残念……あ、じゃラインだけでも教えてくださいよ!」
「別に構わないけど」
俺は「かぉる!」という連絡先をゲットした。
「また遊んでくださいよ。かおる、結構ヒマしてるんで!」
かぉる!のアイコンには丸い淵にキレイに野球ボールが映っている。
通ってる内に打てるようになった、という割には野球アピールがパないじゃないか。
こいつ、まさか陽の者か?
いや、間違いなく陽の者だよな、薫は……
それを見て、俺はずっと置き去りにしていた疑問を思い出した。
「なあ、全然関係ないこと……聞いていいか?」
「もちろんですっ! かおるにわかることであれば、なんでも聞いてください!」
「じゃ聞くけど……オウサダハルって、ストライク取られたことあるか?」
「???????」




