2-13 カズの役割
同日夜。
ホライゾンから帰ってきた紗々がキッチンに駆け込んでくる。
「ただいまっ! カズくん、配信見てくれましたか!?」
「見たよ。リスナーの反応良かったな」
「はい! 叩かれたらどうしようかな、って思ってました」
「大丈夫に決まってるだろ。いいから先に手洗ってこい」
「わかりました……わあ、今日はステーキですか!?」
「ネギトロもあるぞ。お前、好きだったろ?」
「大好きです! 今日はどうしたんですか、お祝いですか!?」
「そりゃお祝いだろ。紗々とブルームの新しい門出の日なんだから」
「嬉しいです、ありがとうございますっ!」
紗々が俺の腰に腕をぎうっと回す。
「……いいから手を洗ってこいって」
「もう、カズくんは照れ屋さんですねっ」
そう言うと逃げるようにスタコラと洗面所に去っていく。
俺はそんな紗々の様子に口元が緩ませる。
――少し前、三厨さんと電話をした。
その時に俺は、とある任務を厳命されていた。
「さーちゃんをね、たっくさん甘やかしてあげて欲しいの」
「……俺が、ですか?」
「それが出来るのは次元くんだけだからね」
三厨さんは迷いなく言う。
「さーちゃんはこれからが一番の売り時になる。きっと怒られることや、理不尽なことがたくさん起こると思う。その時にさーちゃんが愚痴を吐いたり、支えて売れる人がいて欲しいの」
「それは……三厨さんでもいいんじゃないでしょうか」
「私はダメだよ。あくまでも仕事付き合いだし、立場も違う。さーちゃんの演技にリテイクを出し、厳しいことを言うのは私なんだから」
先日の出来事が頭を掠める。
実力で選ばれてないと訝った紗々に「当たり前だ、甘えるな」と灸をすえた。
――あの問答は三厨さんから出された条件だった。
ユーグレラを使ったブルームの復活劇は、三厨さんと打ち合わせて決めたことだ。
だが、タダでオーケーしてもらったわけじゃない。
紗々に本気でやる覚悟が見えない場合、ユーグレラには絶対に出演させないという約束だ。
ホライゾンのディレクターも、降魔のアシスタントも三厨さんは本気でやっていた。だから生半可な気持ちで重要な役どころはやらせない。そこは頑として譲らなかった。
三厨さんはプライドを持ったクリエイターだ。
中途半端な覚悟でその仕事を任せるわけにはいかない。
「わたしもさーちゃんのことは好きだし、仲良くしたい。でも私はあくまで関係者、そんな立場の人間が励ましてもウソくさくなる。だから支えたり愚痴を吐けるのは一歩離れたところにいる人……次元くんなんだよ」
「そんなこと、俺に出来るでしょうか……?」
「出来るよ。クソデューサーにボロクソ言われた時だって、次の日にケロッとしてたじゃん? あれは次元くんがやったことだよ」
小清水に会った日。
癇癪を起こしただけの俺に、紗々は自分のために怒ってくれたと喜んだ。
そして自分を甘やかしすぎだと怒り、俺のことをカズくんと呼んで、笑顔を見せるようになった。
「だから次元くんこそ、自分に自信を持って。それは夢見くんじゃなくて、君にしかできないことだよ」
「はい、ブルーム! わたしの代わりに食器の配膳をしてください!」
「え~、なんでこういう時だけボクに体を譲るのさ」
ご機嫌だった紗々がダウナーなテンションになっている。
どうやら体の主導権はブルームに移っているらしい。
「ブルームだって食べたいでしょ、ネギトロ丼。持っていったら今日は長めに体を貸してあげます」
「う~ん、まあそういうことなら……」
渋々といった様子で、紗々《ブルーム》が俺の隣に寄ってくる。
「……よっ」
「おう」
ブルームが少し照れ臭そうに挨拶をする。
先ほど俺の前で涙を見せたのだ、少し気恥しいのかもしれない。
「どれ、持ってけばいい?」
「ステーキは俺が切ってから持っていくから、紗々……じゃなくてブルームは冷蔵庫からネギトロとサラダを出しといてくれ」
「はーい」
ぶっきらぼうな口調で淡々と配膳を手伝ってくれるブルーム。
その光景を見ていると……なぜだか少し暖かい気持ちになった。




