2-1 カズくんになってから
「お待たせしました、カズくん」
「ああ、お疲れ」
雑居ビルから出てきた紗々に手を振る。
隣に並ぶ紗々から黙って紙袋を受け取る。今日もそこそこの重さだ。
中には小説やら、雑誌やらが入っている。
最近、紗々はヒトカラ専門店でボイストレーニングをし始めた。
以前は普通のカラオケボックスに行ってたらしいが、最近は女性のヒトカラを狙う事件が増えていると聞く。
だからそれとなく言い聞かせて、オートロックのついた専門店に変えさせた。
「今日はどこで時間を潰してたんですか?」
「ゲーセンだよ、電気街通りの」
「えええ、似合いませんね」
「なんでだよ」
「だってカズくん、どのゲームもヘタクソじゃないですか」
「失礼だな、ていうかゲームだから楽しかったらいいんだよ」
「じゃあ、今日はなにをやってきたんですか?」
「クレーンゲーム」
「……手ぶらじゃないですか、まさか全部スっちゃったんですか?」
「違う、苦戦している人がいたから手ほどきをしてやったんだよ」
「カズくんが手ほどき? 言い訳にしては苦し過ぎます」
「お前っ、俺のクレーン捌きを見たらそんなこと言えなくなるからな」
「ヘタ過ぎてモノも言えないってやつですね」
「おうおう、そこまで言うなら目に物を見せてくれる。ほら行くぞ」
「え、行きませんよ。お腹が空いたので早く帰りたいです」
「それならそうと早く言え、帰るぞ」
俺の先をとてとて歩く紗々は、こちらを振り返ってふわりと笑う。
「ちゃんと前見て歩け」
「カズくんが遅れていないか、確認しているんです」
向かう先は紗々の家。
ここ一週間ほどで夕飯を作りに行くのが日課になってしまった。
こいつは飯の機会を与えないと「今日はアイスしか食べてません」とか平気で言いだす。だから紗々の腹減った宣言はなによりも尊重しないといけないのだ。
「今日は泊って行きますか?」
「どうだろう、飯食ってから考えるよ」
「わかりました」
以前はやたらと泊まって欲しいと駄々をこねたが、最近はあっさりと引く。
というのも、この会話が実質「泊まって行きます」の意思表示だからだ。
それがわかってるから紗々もしつこくしない。
こうなったのも、俺が泊まる抵抗をなくしたせいだ。
だって帰っても自転車で二十分、でも次の日はまた紗々の家に行く。
必然、行き来の時間を無駄と感じるようになる。
いまや俺も通販で買った布団をリビングに敷き、着替えもいくつか置かせてもらっている。
もしかしたらブルームにされた常識の話が、心に強く残ってるせいかもしれない。
元々、俺たちは色々な常識から外れている。
いまさらそんなものを守るのもバカバカしくなってきたのだ。
もちろん紗々との間にはなにもない。
そりゃこいつのことは可愛いと思う。
でも男女として意識してるかと言われると……わからない。
どちらかといえば血の繋がった妹、もしくはペットって感覚に近いかもしれない。
紗々が俺をどう思ってるのかはわからない。
ただ、以前よりはよく笑うようになった。
……だからきっと、悪くない関係ではあるのだろう。
「でも、お兄さんって本当に帰ってこないんですね」
「そうだな、月にいっぺん帰ってくればいいほうだ」
「ストリートなミュージシャンをしてるんでしたっけ?」
「ああ、演奏が終わってからは仲良くなった女の子を捕まえて一晩を明かすらしい」
「ええっ!?」
紗々が声をあげて驚く。
「おそろしいです……! そんな遊び人を地で行く、陽キャの魔王みたいな人が実在するんですか!?」
「陽キャの魔王て」
「陰キャ白なめくじとは対極の存在です。もはや敵ですね、きっと人はわかり合えません」
まあ、紗々とは真逆の存在だ。
現実のキャラクターを売りに駅前で路上演奏するあいにぃと、かたや仮想現実のアバターでマイチューバー活動をする紗々。目指すところは同じようなものかもしれないが。
「でもどんな活動をしてるのかは興味があります」
「基本はソロだけどバンドにも入ってる、このスマホケースもバンドで作ったやつだよ」
俺は自分のスマホをかざして見せる。そこにはZの文字が入ったロゴがあしらわれている。いらないと言ったが押し付けられた。
「本格的な作りですね」
「といっても自作らしいけどな。路上でCDとかと一緒に並べて売ってるらしい」
紗々は俺のスマホを手に取り、まじまじとケースを眺めている。
「リア充の魔王は怖いですが……カズくんのお兄さんならちょっと会ってみたいです」
「機会があればな」
まあ、会うことはないだろう。
そもそも俺でさえ会うのが難しい。
たまに思い出したように電話がかかってきて、内容の雑談を延々と垂れ流される。
きっと紗々がやたら敵視する陽キャというのは、そういう生き物のことを言うのだろう。確かに度し難い。




