1-17 できることと、できないこと
「プロデューサー! いくらなんでも失礼ですよ!?」
「おっと、これは失礼」
ワガママ?
こいつはいま、そう言ったのか?
自分と共に歩んできたブルームを続ける、そんな当たり前のことを。
三厨さんは怒ってくれている。
だが、小清水の顔に反省の色は見えない。
それを見て三厨さんはよりヒートアップしていく。
……このままでは話はなにも発展しない。
感情的になってしまえば、まとまる話もまとまらない。
だから俺だけは冷静でなければいけない。
――そんなことは、わかっている。
「ひとつ、聞いてもいいですか?」
急に口を開いた俺に、視線が集まる。
「アンタ、頭大丈夫か?」
「な……」
三厨さんが絶句する。
「さっきから聞いてれば、陰口たたく周りを正そうとはせず、言われた方が悪いみたいな話ばかり。紗々は被害者なのにどうしてお前は被害者を追い出す話しかできないんだ?」
「ふふ……」
小清水はなにがおかしいのか、笑みをこぼす。
「いまの事務所が褒められた状態でないのは確かです。……でも、一ノ瀬くんにだって非はありますよね?」
「ありません」
断言する。
「紗々はやれるだけのことをやって結果を出した、それに嫉妬をするザコ共が悪い。それ以外になにが?」
「ありますよ。大事なことがね」
「教えてくれ、俺はバカだからわからない」
「コミュニケーション能力ですよ」
小清水はどこか得意げに口を開く。
「お宅の妹さんはね? 元気に挨拶もできない、オフの集まりにも来ない、周りといい関係を築こうって努力もまったく感じられない。……ホライゾンはチームプレイです。全体の足を引っ張るのであれば、異分子と捉えられても仕方ありませんよね?」
「いえ、そうは思いません。むしろ徹底的な実力主義を掲げて、ブルームを見本にしろって命じてもいいくらいだ」
「そんな堅苦しい体制を敷くつもりはありませんよ。売れなくて厳しく叱りつける時代は終わったんです」
「でも陰口は許容するんだよな? 村八分がなくならない昭和の村社会、ベンチャー企業なんてよく言えたもんだ」
わざとらしく鼻で笑って見せる。
小清水は存外にカチンと来たのか眉根を寄せる。
次なる反論に備える。
が、小清水が視線を向けたのは――紗々だった。
「一ノ瀬くんはね、向いてないんだ」
冷たい言葉が、紗々に突き刺さる。
「声優は芸能人だ。それなのに君には元気がない、根が暗いんだよ。そんな声優に誰が活躍の場を与えようって思う?」
小清水の言葉には、感情が乗っていた。
感情の乗った言葉は熱を持ち、良くも悪くも聞き手の心にじわりと染み込んでいく。
「声優は明るく元気な人が望まれる、もしくはそう振る舞えるような人がね。それなのに君は今日までそれを怠ってきた、君は他の声優に比べて――頑張ってない」
紗々は視線を彷徨わせ、体を震わせる。
「君はそうして大人になった、もう遅い。声優を目指すなら、もっと人に好かれる努力をするべきだった。プロが明るく笑顔で目立とうとする中で、君はいまの自分でいいと思い続けてきた。そんな怠け者を、私はホライゾンに置いてなんか――」
小清水の胸倉を掴み、壁に押し当てていた。
「……お前、言っていいことと悪いことがあるんじゃないのか?」
「次元くんっ、落ち着いて!」
三厨さんが間に入り、俺と小清水を引き剥がす。
「次元? 誰だ、そいつは?」
三厨さんが失言に気付き、口元を抑える。
だが、設定なんてもうどうでもいい。
「……コミュ力が足りない? バカ言うな、そんなのは生まれ育った環境で、いい人に会えたかどうかの運でしかないんだよ」
周りに優しい大人がいて、気の合う友達がいて、その関係を上手く育てられた結果、手に入るのがコミュニケーション能力。
そこには当人の努力もあるだろう。
だが、それを持たない人間が努力してないわけではない。
その環境に恵まれなかった人を、まったくもって考えていない。
紗々はハーフとして生まれ、みんなと異なる容姿を持ち、親の転勤で幾度も転校を余儀なくされた。
その中で対人スキルを育てられなかったとしても、なんの不思議もない。ましてや責められるなんてお門違いもいいとこだ。
でも、その環境に恵まれていたヤツらは口を揃えて言う。
努力してない、本人に問題がある、気持ち悪い。
それぞれの生まれ育った環境なんて考えようともせず、一方的に不出来の烙印を押し付ける。俺たちこそが努力をしてきた人間だと円陣を組む。
たった、恵まれたか、恵まれなかっただけの違いで。
「コミュ力がなくても紗々はホライゾンで一番人気なんだろ? じゃあコミュ力のない紗々を落とせない他のライバーはゴミか? それともホライゾンは結果を見ずに、努力と頑張りとコミュ力だけを評価するのか? 随分と生温く、優しい会社だな?」
小清水はなにも言い返さず、黙って襟を正している。
「結論、お前は好き嫌いでしか人事ができないんだろ? そんな頭の湧いた事務所に、大事な紗々を預けてなんておけねーよ」
バッグを肘に掛け、紗々の手を引く。
「行くぞ」
呆然と立ち尽くす小清水と三厨さんを残し、俺は白鳥の本社を後にした。




