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「ちょっと待ってよ。まともに話して2日目で求婚っておかしくない?しかもシメオン様は毒を盛られてたんだろう?事件とかに巻き込まれてるんじゃない?姉さんが面食いなのはわかったけどさあ。もう少し冷静になって考えようよ」
レジーヌはシメオンに求婚された事をその日のうちに家族に伝えた。父と母は静かに喜んでいるようだった。しかしルノーだけが彼女の結婚に否定的だった。
「大体シメオン様はブロン家の長男だろう?姉さんはこの家を継がなくちゃいけないんだ。嫁に行けない事くらいわかってるでしょう?」
そういえばそうだったな、とレジーヌは思った。シメオンという存在が好ましくて心地よく感じていた彼女は、いきなりの求婚にすっかりのぼせてしまっていたようである。
レジーヌは気を落としながら、シメオンに断ってくると言って部屋を出て行った。ルノーはいつもより暗く悲しげな姉の後ろ姿を見て、少しきつく言ってしまったと後悔したが、あの怪しい男は姉に相応しくないのだ、姉のためなのだと自分に言い聞かせた。
レジーヌがシメオンの部屋を訪れると、彼はベッドに横になっていた。体調が優れないなら後日にしようと、レジーヌは部屋を出ようとしたが、シメオンはそれを止めた。
「先ほどの求婚の件だが、からかったのでも、思いつきで言ったのでもない。本当にレジーヌに惹かれて一緒になりたいと思ってのことだ。それはわかっていて欲しい。普段ならば、このように早急に何かを求める事はしたことがない。だが、君が・・・君だから早く自分の気持ちを伝えなければと思ったんだ」
シメオンは穏やかな口調だが真剣な表情で言った。レジーヌはそれを聞いて頷き、少しの勇気を振り絞って答えた。
「シメオン、私はブルーフォンセ家の当主になるべく生きてきました。ですから、ブロン家を継ぐお方の元へは嫁ぐことができないのです。とても残念ですが、この件は無かったことに」
「待ってくれ。私はブロン家を継ぐ事はない。そしてレジーヌがこの家を継ぐ事は元より知っている。だから私は婿という形で君の側にいたいのだ」
シメオンはいつになく焦ったように言った。それからシメオンは自分の境遇を少しずつゆっくり話し始めた。
華やかで社交的なブロン家の中で、自分だけ引っ込み思案で疎外感を感じていた事、それを家族もわかってくれて、執拗に正す事はせず見守っていてくれた事、そして自分がブロン家の当主には相応しくないので、二人いる弟のどちらかに家を継いでもらうよう父と約束した事。
シメオンはこれらの事を少しずつ淡々と話していった。レジーヌは彼の話をゆっくり理解していった。彼の話を聞くほど、自分達はよく似た性格なのだなとレジーヌは思った。
「シメオン様のお話は分かりました。私の家に婿として来るのは問題ないという事でよろしいのですね?」
「そうだ。私はもう23になるし、実家の継承の件は話が着いている。だから問題なくレジーヌと結婚出来る。・・・その、君さえ嫌じゃなければの話なのだが。もし嫌なら断ってくれても構わない。・・・やっぱり出来れば断って欲しくないが、どうしても君が嫌なら」
シメオンは美しい顔を曇らせ、下を向いて喋り続けた。
「シメオン、私は全く嫌じゃありません。私は貴方と結婚したいです」
レジーヌはなんとか彼の言葉を遮って言った。彼女はシメオンとの結婚は何も問題がない事を知って嬉しかった。部屋に訪れた時は強張った表情をしていたが、今は少しだけ晴れやかな笑顔に変わっていた。
「そうか。・・・嬉しいな。ふふふ」
「うふふ」
こうしてシメオンは自分の家の事情を話し終えて、お互い小さく不気味に笑い合った。それから彼は、もう一つ話があるとレジーヌに話し出した。
それはどうして毒を盛られたかについてだった。彼はその暗い性格に反して、見た目は物凄く煌びやかなため、女性から好意を寄せられることが多かった。しかし積極的で喧しい女性を好まないシメオンは、どの女性とも親しくする事はなく、なるべく社交に出ることも避けていた。
彼は社交に出なければ出ないで、よく女性達から手紙を送られるようになった。全く目を通すことも無ければ返事もしないシメオンだったが、そんな彼に痺れを切らした一人の女性が、たまたま再会した夜会で毒を盛ったのだという。
女性から毒入りの飲み物を受け取って飲んだシメオンが、たちまち体調に異常をきたしたので、待機していた騎士によって女性はすぐさま捕らえられた。尋問された女性によれば、媚薬だと思って盛ったとの事だったが、現物は様々な薬を適当に調合した毒に等しいものだった。そのため解毒しようにも適応した解毒剤はなく、聖なる泉の力を頼るためにここを訪れたという事だった。
この話を聞いてレジーヌは聖なる泉という存在に感謝した。この泉が無かったらシメオンはずっと苦しまなければならなかったかもしれない。そう思うと自然と涙が出てきた。
「すまないレジーヌ。恐ろしい話を聞かせてしまったな」
そう言ってシメオンはレジーヌの涙を手で拭った。
「シメオンの体調が癒えて本当に良かったです。聖なる泉があって、本当に良かった」
「ああ、聖なる泉のおかげだ。泉のお陰でレジーヌ、君に出会えた。私はとても嬉しい」
二人は静かに抱き合った。それはとても長い抱擁だった。