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51 初恋チェリー (おまけ的番外編)

番外編です。

 ざわざわとうるさい人込みの中でも、私の耳は確実にその声をとらえる。低くて通る、優しい声色。聞き間違えるわけがない。

「えみる」

 その声のほうへ顔を向けて、想像通りの顔を見つけて私は満面の笑みを浮かべる。

「秀明!」

 軽く手をあげて応えた彼に駆け出す私に、友人たちは驚いた様子で声を掛けるが、「先帰るね」と声を弾ませて振り向くと、何も言わずに手を振り返した。

 秀明と一緒に駐車場に行き、秀明が乗って来た車に乗せてもらう。当然のように助手席に収まった私に、秀明は運転席に乗り込んで微笑みを向ける。

「頑張ってるみたいだな、吹奏楽」

「うん! どうだった、今日の演奏?」

「よかったよ」

 秀明は学生時代に吹奏楽の経験があるとかではないが、度々演奏会を聞きに来てくれるので、今ではかなり詳しくなっていた。弟のサッカーの大会にばかり行ってしまう両親よりも、私の演奏会に来てくれる回数は、秀明のほうが多いと思う。

 今日だって、弟のサッカー大会が県外であって、両親はその応援に二人して行ってしまっている。まあ、弟はまだ小学生なので、優先されるのは仕方がないにしても、年の離れた姉というのは損だなと思ってしまったりする。

「頑張ったご褒美に、タルトでもご馳走してやろうか?」

「秀明、大好き!」

 まったく、この人は、本当に私のことをよくわかってくれている。私のテンションがちょっと下がったのを見て取ったように、それを浮上させてくれる。弟が生まれたばかりの頃、姉ぶって弟の面倒を見たがった反面、弟に両親を盗られた気分で拗ねたい気持ちもあった私を甘やかしてくれたのも、この人だ。

「…さくらんぼのタルト、頼んでもいい?」

「どうぞ」

 高校生にはとても手が出ない値段のタルトを強請ねだっても、顔色一つ変えずに、むしろにこにこと勧める大人の男。

 やっぱり、今でも私はこの人が大好きだ。

「……秀明」

 タルトを食べにやってきたカフェで、目の前に座り、私と同じようにさくらんぼのタルトをつつく彼を上目づかいに見やる。

「ん?」

 優しい声音が先を促す。目力のある吊り上がり気味の眼は、一見きつく感じるけど、目じりを緩めた笑顔は寛大で優しい。

「…今日、茉里絵ちゃんは?」

 さっき注文した時に、秀明がテイクアウト用で頼んださくらんぼのタルトと桃のタルトは、彼女の大好物だ。

「留守番。本当は一緒に来たかったんだけど、さすがにやんちゃ坊主二人も連れて演奏会は無理だから、俺だけ行って来いって言われた」

 …ま、そのほうが確実に私は喜ぶしね。

 じっと秀明を見つめると、どうした?という風に首を傾げて私の顔を覗き込む。視線は強い力を持つのに、際限なく優しく見えるのは、その笑顔のせい。彼は、自分の懐に入れた相手には甘い。だから、身内である私にも、めっぽう甘い。



 ───初恋は、実らないって、本当だ。

 私の好きだった人は、昔と変わらずに優しくて、昔と変わらずに私を子ども扱いした。



 翌日、学校へ行くと、何故かクラスメイト達に捕まって、椅子に座らされて取り囲まれた。

「えみる、10歳年上の彼氏がいるって本当?」

「聞いたよ、吹奏楽部の子たちから」

「昨日、演奏会の後、素敵に大人なイケメンの車に乗って去って行ったって」

 真剣そのものの表情で問い詰めて来る彼女たちに面食らいながら、私は「あぁ…」と呟いた。「いるの!?」「彼氏!?」とさらに詰め寄る友人たち。

「……10歳じゃなくて、18歳年上」

 秀明は若く見えるけど、私との年齢差は永遠に埋まらない。

「そして彼氏じゃなくて、義理の叔父」

 友人たちが顔を見合わせる。

「お父さんの妹の旦那さん。うちの両親が弟のサッカーの応援に行っちゃって昨日の演奏会に来られなかったから、代わりに来てくれたの」

 …本当に、初恋は実らない。私の好きだった人は、私の叔父になった。

 今でも「茉里絵ちゃん」と呼んでいる叔母は、二児の母とは思えないくらいに可愛らしいままだ。未だに二十代で通るんじゃないかと思う。ちなみに、呼び方が昔と変わらないのは、彼女が「叔母さん」と呼ばれるのを嫌がるからだ。その流れで、秀明のことも「叔父さん」ではなく、そのまま「秀明」と呼んでいる。

「……なんだ、彼氏じゃないんだ」

 私の説明を受けた友人たちは、残念そうに脱力した。まったく、女子高生は恋バナが好物で困る。そしてそれが親戚づきあいだとわかった瞬間、明らかに興味を失くす。


 それから数日、私の友達はもう秀明のことになんか興味を示さなくなったある日のこと、何故か私は生徒会室に呼び出しを受けた。

「……何か、ご用ですか?」

 呼び出したのは、生徒会長の今野こんの 春臣はるおみ先輩。身に覚えは、まったくない。

「…富永 えみる?」

 自分で呼び出しておきながら、フルネームで聞き返すとはどういうことだ。

「そうですけど…」

「似てないんだな」

「誰にですか?」

 生徒会長は無言で生徒会室に掲げられた写真を指差した。壁には歴代の生徒会長の写真が貼ってある。まるで校長室みたいだ。その中の一人に目を留めると、彼が示すのも同じ人物のようだ。

「伝説の生徒会長、沢村会長の姪なんだろ?」

「……血の繋がりはありませんから」

 そういうことかと合点はいったが、たかが秀明の姪だからといって呼び出されるようなことだろうか。面倒なので、父の妹の配偶者なんです、とまで説明してやった。

「会長は、叔父の話をどこでお聞きになったんですか?」

 私と今野生徒会長には、まったく繋がりはない。私は秀明がこの高校の生徒会長をしていたことを人には話していないから、私の叔父=沢村会長とはならないはずだ。

「ああ、まあ、ちょっと噂で」

 吹奏楽部と私のクラスメイトからの噂で私の叔父がイケメンだという話が生徒会長にまで届き、それが生徒会顧問の鈴木先生経由で『伝説の生徒会長』だと伝わったのだという。恐るべし噂。そしてあっさりバラすな、鈴木先生。面倒だ。

「お話はそれだけでしたら、私はこれで」

 こっちは何か生徒会に怒られることでもしでかしただろうかとビビったというのに、しょうもないことで呼び出されて私は内心イラついていた。

「あ、富永…」

 踵を返しかけた私を、生徒会長が呼びとめた。

「あのさ、生徒会に、入ってみる気はない?」

「私は『沢村会長』とは血の繋がりはありません。ご期待には添えないと思いますけど」

 生徒会長は、あの『沢村会長』の姪ならば優秀に違いないと期待したんだろうけど。私は茉里絵ちゃんタイプなので、生徒会とか、人をまとめる立場には合わないのだ。

「…あー…、や、そうじゃなくて……」

 視線を向ければ、気まずそうに生徒会長は目を伏せた。いや、まあ、まったく期待していなかったと言えば嘘になるけど、なんて口の中でごにょごにょ言って、生徒会長は首の後ろをポリポリと掻いた。

「ぶっちゃけ、生徒会は人員不足で、なり手を探してるって言うか…身内に生徒会関係者がいるなら、少しは興味持ってもらえるかなとか、思ったり…して…」

 最初の不遜にも取れる態度とは違って、しどろもどろに話す今野会長に、思わず笑ってしまいそうになる。(失礼だから笑いは堪えたけど)

 ああ、でもそうか。昔、秀明はここにいたんだ。この生徒会室で、その会長机に座って、『伝説の生徒会長』なんて言われるほどに活躍していたんだ。当然その隣には茉里絵ちゃんがいて…なんて、感慨にふけっていると、「富永?」と会長が声を掛けた。

「…いいですよ、吹奏楽部と掛け持ちでもいいなら」

 それは、少しでも秀明に近付きたいという恋心のなせるわざだったのかもしれない。秀明のいたこの生徒会室に私もいてみたいと。こんな風に声を掛けてもらえなければ、きっと私には縁のない場所だったはずだから。



「富永!」

 今日も生徒会室に今野会長の怒声が響く。

「何回言ったらわかる!? 報告書類は正確に! 誤字脱字はもってのほか、データのミスもすんな!」

 私はこの人に請われて生徒会に入ってやったはずなのに、どうしてこうも頭ごなしに怒鳴りつけられなければならないのか。理不尽だ、と、だんまりを決め込めば、「あ?」と脅した声が頭上から降る。

「…すみません」

 渋々謝れば、「今日中に直せ」と容赦のないお言葉。私が生徒会に入ったと聞いて喜んでくれた秀明には悪いけど、今すぐにでも辞めたい。吹奏楽部のほうも顔を出せない日が続いているし。はあ~~っと深い溜息をついて席に座ると、隣から「伝説の生徒会長の姪も楽じゃないねぇ」とからかわれる。だから、血の繋がりはありませんってば。

 それから、他の生徒会メンバーは部活に行ってしまい、書類の直しがあった私と、今野会長だけが生徒会室に残っていた。二人きりは息が詰まるからやめてほしいんですけど。

 しばらくはパソコンのキーボードを叩く音だけがしていたけれど、不意に今野会長が「富永」と呼んだ。

「何ですか?」

「…その、悪かったな、怒鳴ったりして」

 どういう風の吹きまわしかと、思わず手を停めてパソコンから視線を今野会長に移す。

「お前を入れたのは、俺の一存みたいなところがあって、だから、厳しくせざるを得ないって言うか…」

 そうなのだ。他の生徒会メンバーは、誰もが「ああ、やっぱり」と思うような人たちなのだが、私だけは「何であの子が?」と言われるような感じなのだ。

「だから、言ったじゃないですか。沢村会長の姪だからって期待しないでくださいって」

 拗ねたように言うと、喉の奥で少し笑って、今野会長は席を立った。それから、ゆっくりと近づいてきて、私の隣に立つ。

「富永を強引に生徒会に入れたのは、沢村会長の姪だからじゃない」

 椅子に座ったまま見上げると、思いの外真剣な顔をした会長が私を見下ろしていた。

「…可愛かったから、……側にいさせる理由が欲しかった」

「………は?」

 つまり、それは、あれ。私を側にいさせるために、職権乱用したと? (知らないとはいえ)私の秀明への恋心を利用したと?

「…なに、言ってるんですか?」

 急に告白まがいのことを言われた緊張と、秀明への恋心を利用されたことへの憤りもあって、ぶっきらぼうな言い方になる。

「富永、俺と付き合ってみる気ない?」

 生徒会に誘った時と同じように、割と軽い感じで今野会長は言った。隣の席の椅子を引き、そこに座って私と目線を合わせる。

「ありません。私、好きな人がいますから」

 目を逸らしてパソコン画面に集中するふりをする。

「沢村会長?」

 誰にも話したことのない気持ちを簡単に言い当てられて、思わず勢いよく今野会長を振り返った。

「あの写真見て、うっとりしてるの見てればわかる」

 そりゃ、確かについ、高校生の頃の秀明の写真に見入ってしまうことはあったけど(私が覚えてる秀明は二十代以降のものだし)…。

「やめとけ、叔父さんなんだろ、義理の」

「そんなの、会長には関係ないです」

「あるよ、俺は富永が好きだから」

 ストレートな物言いに、一気に顔に熱が昇る。

「顔が赤い。まるでさくらんぼみたいだ」

 ふ、と笑った会長の手が頬に触れる。

「初恋は実らないものだから、次の恋に賭けてみるってのは、どうかな?」

 何を言ってるんだ、あんたは、とは声にならなくて、私はただ口を開閉するだけしかできなかった。

恋愛ものの習作として書き始め、なぜか二組のカップルにしてしまったことを後悔しつつ、二組とも愛着の湧いた我が子たちでした。シトラスの登場人物は補完的役割しかなく、放置状態なのが少しかわいそうだった気がします。なので、シトラスの登場人物ではありませんが、結構重要な役割を果たしていたえみるだけは番外編で拾っておきました。

遅筆で物語を放置するくせがあるため、少しでも季節ものイベントを拾いつつ更新頻度をあげようと自サイトで公開していたものでしたが、こうして並べてみるとイベントの間隔があいて放置していたのがバレバレですね。

恋愛ものはなかなかに難しいと実感したお話でしたが、これといった事件の起こらない話を書くのはとても楽しかったです。いつか、ラブコメのようなお話が書けたらいいなと思います。

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