50 サムシングフォー -bee #20-
本編最終話です。
その招待状を差し出した彼女は、まさに幸せの絶頂という笑顔だった。もともと愛らしい子だったけど、それに輪を掛けて綺麗になった気がした。
「違う課の人で呼んだのは、相田さんと桐島くんだけなので、隣の席でも問題ないですよね?」
そう確認されたので、桐島と顔を見合わせて頷いた。同じ会社の人たちと披露宴で顔を合わせることになると、私たちが気まずいのではと気遣ってくれたようだ。だけど、企画課から出席するのは私たちだけで、他の人とはあまり面識がないから、私たちが一緒にいても不自然ではないだろうと茉里絵ちゃんは言った。
「いいわよ。別に隠してるわけじゃないし」
わざわざ人に言いふらしていないだけだ。
「良かった」
と微笑んで、茉里絵ちゃんは桐島を見上げた。
結婚式当日、控室にも顔を出してくださいね、と誘われていたので、茉里絵ちゃんを訪ねた。桐島は、さすがに親族や新郎以外の男が花嫁の控室に入るのはまずいだろうと遠慮した。
「相田さん!」
ウェディングドレスに身を包んだ茉里絵ちゃんは、可愛くて、本当に綺麗で、女の私でさえ見とれてしまう。
彼女の豊かな胸を彩る繊細な刺繍は清楚で嫌味がない。きゅっと絞った腰から、フリルとドレープの効いた愛らしいドレスは、まさに彼女にぴったりだった。
「おめでとう。ドレス、すごく似合ってる。綺麗よ」
褒めると、目をきゅうと細めて、本当に可愛く笑う。
「ありがとうございます。ドレス、実は最後までもう一つとすごく迷って、結局彼がこっちのほうが似合うっていうから、こっちにしたんですけど」
と、携帯電話を取り出して、もう一つの候補はシンプルで綺麗なんです、と写真を見せてくれた。シンプルな造りだけどラインの綺麗なそのドレスも茉里絵ちゃんは似合うだろうけど、茉里絵ちゃんの彼が言うとおり、今着ているドレスのほうが、茉里絵ちゃんのイメージにぴったりだろう。
「こっちは、たぶん相田さんが似合うと思うので、ぜひ着てください」
「……いつか、機会があったらね」
目を泳がせる私に、きょとんとして大きな目を彼女は向けた。
「考えてないわけじゃないんでしょう?」
「…まあ、この年齢だしね」
「私、二人はお似合いだと思うんですよ。本当は、サムシング・ボロウは、相田さんに借りようかと思ったくらい。でも、あれって、既婚者のじゃないとダメっていうから…」
「サムシング・ボロウって、サムシングフォーの?」
「はい」
…そうね、普通既婚者のものを借りるわね。
サムシングフォーは、マザーグースに由来している花嫁の幸せを願うおまじないだ。
Something Old ―なにかひとつ古いもの
Something New ―なにかひとつ新しいもの
Something Borrowed ―なにかひとつ借りたもの
Something Blue ―なにかひとつ青いもの
サムシング・オールドは、先祖や伝統を表す。家族から譲られた宝飾品や母親の婚礼衣装などを用いる。茉里絵ちゃんは、お母さんの真珠のイヤリングを譲り受けたそうだ。
サムシング・ニューは、新生活を表す。新しいものなら何でもいいらしいが、普通は白いものを用意するそうだ。この長手袋がそうなんです、と茉里絵ちゃんが見せてくれた。
サムシング・ボロウは、友人や隣人との縁を表す。幸せな結婚生活を送る友人、隣人から持ち物を借りて幸せにあやかる。茉里絵ちゃんは私に借りたかったと言ったけど、普通は既婚者の物を借りるので、既に結婚している友達のハンカチを借りたそうだ。
サムシング・ブルーは、一番有名なおまじないだろう。青は、聖母マリアのシンボルカラーで、純潔を表す。目立たないところに着けるのが良いとされ、白いガーターベルトに青いリボンをつけるのが一般的だそうだ。茉里絵ちゃんもガーターベルトに着けたんです、と見せてくれそうになったので、丁重に止めた。
「この手袋、サムシング・ニューにするために買ったので、相田さんの時はお貸しできますよ」
とびっきりの笑顔で茉里絵ちゃんはこともなげに言う。
「…ありがとう。機会があったら借りるわ」
私たちは、まだ何の約束もしていない。そんな話をしたこともない。彼は私を好きだと言ってくれるけれど、それと結婚とは、直接結び付くものではないのかもしれない。
控室を後にして、招待客の集まるラウンジに行くと、桐島が待っていた。結婚式用のスーツを着た桐島は、他の招待客の女性の視線を集めていて、この人は、私との将来を考えるなんてことはあるのだろうか、と、つい凝視してしまう。
「おかえり。どうだった?」
桐島はにこりと笑って、自分の隣の席を勧める。
「うん。可愛かった。っていうか、ものすごく綺麗だった」
でも、控室での会話は内緒。変なプレッシャーを与えたくない。
少しすると、結婚式場のスタッフの案内で、チャペルへ移動した。
バージンロードの先で、茉里絵ちゃんを待つのは、いつか水族館で会った、あの彼。茉里絵ちゃんが、お父さんと腕を組んで式場に登場すると、目じりを緩めて微笑んだ。甘くとろけそうなその視線に、彼がどれほど茉里絵ちゃんを愛おしく想っているかがわかる。
ふと、隣を見やれば、同じような目で桐島が私を見ていた。視線が合うと、優しく微笑む。慌てて、私は茉里絵ちゃんへ目を移す。茉里絵ちゃんが私たちに微笑みかけて、そして彼のもとへ歩いて行った。
感動的な人前結婚式が終わると、今度はチャペルの外で招待客がフラワーシャワーで新郎新婦を迎える。そして、新郎新婦がチャペル外の階段を踊り場まで降りると、招待客たちは階段下の広場に集められる。踊り場に設けられたバルコニーからブーケトスを行うのだという。
バルコニー下に未婚女性が集められる。「茉里絵、こっちね」「茉里絵ちゃん、私に投げてね」と声が掛かり、バルコニーの茉里絵ちゃんは、ブーケを振って見せる。
「じゃあ、みなさん、よろしいですか? 行きますよー!」
スタッフの掛け声に合わせて、茉里絵ちゃんが後ろを向き、ブーケを投げ上げる。綺麗な放物線を描いて青空を舞ったブーケは、下に待つ女性たちへ向かって落ちて来た。
いくつもの手が上がり、その一つにブーケが当たる。その手がブーケを弾いてしまい、ブーケは女性陣の輪を外れて飛んで行った。
思わず飛んできたそれを受け取ってしまった桐島は、驚いたように何度か瞬きをした。そして、みんなの注目を集めたまま、目もくらむような微笑みを浮かべた。
お洒落なスーツを着こなす男前が、ブーケを持って微笑めば、これでもかというくらい絵になる王子様だ。
何を思ったのか、桐島はブーケを持ったまま歩み出し、私の前で止まった。
「はい」
「え、でも、桐島が貰ったものだし…」
差し出されたブーケに戸惑う。
「俺は恭子に貰って欲しいんだよ」
そう言われて、「ありがとう」とブーケを受け取った。
周りを見回せば、みんなの視線が集まっている。ちら、とバルコニーを見やると、新郎が茉里絵ちゃんに何か耳打ちをしていた。新郎に頷いた茉里絵ちゃんが、私にアドバイスをする。
「相田さん、そういう時は、ブーケから一輪花を抜いて、相手の胸に挿すんですよ」
そういうものなの?と思いつつ、言われたとおりに一輪白いバラの花を抜き、桐島のスーツの胸ポケットに挿し込む。
「プロポーズ成立、だな」
新郎がよく通る声で宣言した。
「えっ!?」と見上げると、「貰ったブーケから花を抜いて相手の胸に挿すのは、求愛を受け入れたっていう証しなんですよ」と茉里絵ちゃんが説明した。
き、聞いてない! ていうか、ハメられた!? そういえば、結婚式のセレモニーで、ブーケからブートニアを抜き出すみたいなのがあったかも。あれって、そういう意味だったの? と、視線を彷徨わせるが、新郎新婦はにこにこと見守るだけだ。桐島に目をやれば、これまた甘い笑みを浮かべている。
「ありがとう、恭子」
と言ったかと思ったら、左手を取られて、薬指にキスを落とされた。きっ、キザ! なのに、何なの、この人、やたら絵になる。
フラワーシャワーのバラの花びらが舞ってきて、見上げると、バルコニーから茉里絵ちゃんが降らしていた。
「おめでとう!」
彼女のお祝いの声を合図に、周りから拍手が沸き起こった。恥ずかしい!恥ずかしすぎる! なのに、桐島の手を振りほどくなんてことは出来なくて、仕方がないから、目の前で微笑む桐島に笑みを返した。
この人と、幸せの四つのアイテムを携えて…なんて時が、いつか来るのかもしれない。
──そう遠くない未来に。
次回、番外編です。




