48 24/7 ~twenty four/seven -apple #20-
冬のお話
それを聞いた時から、もう、決めていた。物事には、タイミングというものがある。きっと、今がその時なのだと思った。
地元に帰って、茉里絵と会う約束をした。行く場所も決めていた。あいつの好みそうなシチュエーション。必要な場所。
「この寒いのに、何でわざわざそんなところに?」
と、助手席の茉里絵は、行く先を知って不服そうだ。確かに、目的地は、特にこれといって何もない山の上。一応は公園になっているが、遊具もあまりない寂れたところだ。子どもの頃は、親に連れられて茉里絵と一緒に遊びに来たりもしたけれど、大人になってからは、桜の美しい春の頃にしか来ていない。こんな冬の時期には、冷たい風が吹くだけで、人の姿はないだろう。
けれど、人気がないのはむしろ好都合で、そして、あの場所でなければいけない理由があるのだ。
「まあ、いいから」
茉里絵を宥めて目的地へ連れて行く。
車を降りれば、案の定、冷たい風が吹いていた。それでも茉里絵を促して例の桜の木まで歩く。辺りはうっすらと雪化粧していた。
「わあ、すごい! 花が咲いてるみたい!」
茉里絵が歓声を上げた。朝から冷え込んだと思ったら、葉がすべて落ちている冬の桜の枝に雪が付き、まるで白い花を咲かせているようだ。
「綺麗ね!」
白い息を吐き出して、頬を紅潮させてはしゃぐ茉里絵に、目を細める。すごい、秀明、綺麗ね、と興奮する茉里絵は、俺がこれを見せるためにここに連れて来たのだと思っているようだ。
実は少し違うんだけど、予想外にいい演出がされていることに感謝する。前に、茉里絵にこの話をしたのは、満開の桜の下。あの時は、まだ約束も何もできなかったけれど。
「茉里絵」
「なあに?」
首を傾げて俺を見上げる茉里絵に、用意していた言葉を投げかける。
「指輪、買いに行こうか」
「…え?」
何故だか茉里絵は眉間に皺を寄せる。いつもなら、何かを買ってやると言えば、大喜びであれこれ候補を言いだすのに。
「……嫌」
小さな声で、けれどもはっきりと茉里絵は拒否する。え、断られた! 予想外の返事に、俺は慌てる。
「何で?」
「だって…」
茉里絵が唇を突き出して俺が贈った二本の指輪に触れる。そこで俺は、やっと大きな誤解が生じていることに気付いた。
茉里絵は、「指輪=まだ帰れない、ごめん」という意味だと受け取ったようだ。確かに、俺は転勤で離れる代わりに指輪を贈ったし、東京での仕事が続くと決まった時も指輪を贈った。離れていても繋がっていられるようにと、その指輪に願いを込めた。
「ごめん、言葉が足りなかった。俺が言ったのは、婚約指輪、買いに行こうって意味」
だけど、今度は、ずっと一緒にいられるように、その指輪を贈る。
今までの指輪は、自分の想いを込めるために、自分で選んで渡した。でも、今度は違う。いつも、俺は茉里絵に相談なしに勝手に決めてしまうと怒られるから、こういう『一生モノ』は一緒に選ぼうと思っていた。
「…婚約…?」
「こっちに帰って来られることになった。仕事の引き継ぎは済ませてあるし、今度は大丈夫」
一度はトラブルがあって、帰って来られるはずの時期に帰れなくなってしまったけど、俺がいなくても仕事が回るように引き継ぎをしたから、大丈夫だろう。というか、こっちでの新プロジェクトに呼ばれたのだから、これはもう確定事項だ。
上司からこの話を聞いた時、まず考えたのは、茉里絵のことだ。
物心ついた時からずっと一緒にいて、恋人でない時期も長かったけれど、それでもやっぱり、最後に一緒にいたいと思うのは、茉里絵で。
転勤が決まった時、茉里絵を手放したくない一心で、やっと自分の気持ちに気付いた。いつも側にいるのが当たり前だったから、当たり前すぎて、当然自分のものなのだと思っていて、それが揺らぐ時の不安を始めて知った。
やっと付き合い出したのに、途端に遠距離になって、寂しい思いをさせた。
だから、戻って来られることが決まって、言うべき言葉も決まった。
その言葉を言う場所も、やはりここしかないと思った。東京の自分の家や、茉里絵の部屋では、借り住まいだから、いつかは引っ越してしまう。すると、思い出の場所が残らなくなってしまう。でもここなら、大掛かりな開発でもない限り、そしてこの桜の樹齢が続く限り、思い出の場所として残るだろう。
茉里絵が、思い出だとか記念だとか、そういうのを好きなのは知っていたので、なるべく彼女の望むシチュエーションを用意したつもりだ。
いつかする、と宣言したこの桜の木の下で、約束通りにこの台詞を言う。あの時は、満開の薄紅色の花をつけていた桜は、今は、白い雪の花が咲き誇る。
「プロポーズするから、頷いて?」
茉里絵の手を取って微笑む。
「……普通、そんなこと宣言しないし、返事も強要しないでしょ」
驚いたように呆然と俺を見上げていた茉里絵が、しばらく間を置いた後、やっと口を開いた。呆れたような口調だが、頬は赤く染まって、目には期待が宿る。その様子に、俺はさらに笑顔を深める。
「結婚しよう、茉里絵」
「──はい」
まるで、こういうことが決まっていたかのように、俺たちは互いの言葉を確認した。茉里絵と付き合うと決めた時から、この言葉を言うことは決めていた。その返事も決まっていたのだと、自惚れではなく言える。
「……ひであき、大好き」
茉里絵が小さく呟いて抱きついた。その小さな体を抱きしめて、お互いの温もりが混じるその感覚にひたる。
たとえば、朝起きたら彼女がいるという幸せ。たとえば、家に帰れば必ず彼女に会えるという安らぎ。帰るべき場所を同じくする安心感。不安な時は側にいて、ケンカしてもすぐに謝れる距離にいる。
一緒に食事をして、一緒にテレビを見て、他愛のないことで笑い合って。
独り暮らしとは違うルールで生活をして。両親や兄姉と暮らしていた時とは異なる、二人のルールを作って。
24時間、一週間、それを何度も繰り返して、永遠を彼女と共にする。
「おおきくなったら、ひーくんのおよめさんになりたい」
「うん、いつもいっしょにいようね」
幼い頃の約束を思い出して、ふと口元が緩む。
そうか、自分からプロポーズしたつもりでいたけど、実際には、先にプロポーズしたのは茉里絵のほうか。
「茉里絵、ありがとう」
俺の側に生まれてくれて。ずっと側にいてくれて。この腕の中を、選んでくれて。
「こういう場合、お礼を言うのは、私のほうでしょ?」
少し体を離して、茉里絵が俺を見上げた。
「ありがとう、秀明。大好き」
「俺も」
その唇にキスを落として、永遠の愛を誓う。
24時間、一週間。一ヶ月、一年365日。毎日ずっと、永遠になるまで、君を愛している。




