41 チョコレイトディスコ -apple #17-
バレンタインのお話(前話からだいぶ時期が飛びます)
バレンタインを間近に控えて、デパ地下は華やいでいた。きらびやかと言ってもいいかもしれない。
色とりどりのパッケージ(圧倒的に赤が多いのだけど)の山に群がるたくさんの女の子たち。ひしめきあって、まるで何かのお祭りみたい。
友チョコが入った紙袋を提げた私は、相田さんと一緒に賑わうデパ地下を歩いていた。これから自分用のチョコを探す予定だ。こういう時期のデパ地下は何度来ても楽しいので、会社の人たちへの義理チョコは、先日友人と来て買っている。
「それで茉里絵ちゃん、例の彼には、何をあげることにしたの?」
最近、相田さんは私のことを名前で呼んでくれるようになり、とても可愛い嬉しい。絶対、相田さんにも友チョコを贈ろうと心に決めた。
…じゃなくて、相田さんの問いは、さっき昼食を取りながらした話の続きだ。相田さんは桐島くんへのチョコレートに大変悩んでいた。それを見て、私も秀明には毎年手作りのお菓子をあげているのだけど、ネタ切れしそうなのと同時に、今年はどうしようか悩んでいるという話をしたのだ。
「恋人同士になっての初めてのバレンタインでしょ?」
桐島くんに贈るためのチョコレートを、ショーケースの中に目で探しながら相田さんが言った。彼女は桐島くんに個人的にチョコをあげるのは初めてなのだという。
私は相田さんとは違って、毎年あげていたわけだけど、本命チョコとして渡すのは今年が初めてなのだ。何を渡すかというのもそうだけど、どうやって渡すかも悩みの種だ。あれでいて、秀明は鈍い。いつも通りに渡せば、いつも通りに深く考えもせず義理と同じ扱いで受け取るだろう。
秀明は、自分に渡されるチョコレートが本命だとほとんど気づいていない。ちゃんと言葉を添えて告白しないと義理だと決めつけて普通に有り難く受け取って、チョコが美味しいと喜ぶだけなのだ。
卒業を間近に控えたバレンタインは、受験という重荷を背負っていても、高校生たちを浮き足立たせるには充分なイベントだ。この時期になると三年生は授業がなく、登校も自由になる。とはいえ、多くはまだ受験本番を控えて補講を受けに登校していた。
昇降口で秀明と会って挨拶を交わし、靴箱から上履きを取り出して靴とはき替えた。ふと視線を遣ると秀明は靴箱を開けたまま中を見ている。覗き込めば、そこにはいくつかのラッピングされた小包があった。バレンタインのチョコだとすぐにわかった。
生徒会長の座は既に退いているけれど、相変わらず秀明の人気は高かった。会長だった時ほどではないにしても、今年も結構チョコを貰えるだろう。
「…食べ物をさぁ、ここに入れるのはどうかと思うよな」
少しピント外れなような、でも確かに頷ける文句を言って秀明は靴箱からチョコレートの包みを出した。靴を履き替えてチョコを持ったまま教室へ向かう。
「おはようございます、沢村先輩!」
後輩の女の子が数人やってきて、秀明に同じような可愛らしいラッピングを差し出した。
「これ、受け取ってください」
「ありがとう」
秀明は照れることもなく、嬉しそうに受け取った。渡した女の子たちは「渡せちゃったね」なんて恥じらいを含んだ笑顔で走り去って行った。
教室に入ると、クラスメイトの女の子からもチョコが贈られた。やはり秀明は嬉しそうにチョコを受け取る。
机の上に貰ったチョコを置いて思案しているので、用意していた紙袋を渡した。去年も予想外に貰いすぎて置き場に困り、生徒会室にあった紙袋をもらって入れていたのだ。私から紙袋を受け取った秀明は、無造作にチョコをその中に放り込んだ。
「ねえ、沢村くん、机の中に何か入ってるみたいだけど」
クラスメイトに言われて秀明と一緒に私も机の中を覗き込んだ。そこには、いくつかのチョコレートの入った箱が詰められていた。秀明はそれを取り出すと、一応差出人の名前を確認し、「やべ、知らない子がいる」などと言いながら、やはり無造作に紙袋に入れた。
補講が終わって、私は小論文を見てもらいに国語の先生のところへ行っていた。職員室を出て教室へ戻ると、秀明と隣のクラスの女の子が一緒にいた。
「沢村くん、これ、バレンタインだから」
「お、サンキュ」
差し出されたチョコレートを、やはり秀明は何のためらいも恥じらいも照れもなく受け取った。秀明が犬なら、確実に尻尾は左右に振れている。
「沢村くん、大学は地元?」
訊かれて、秀明は「第一志望はね」と頷いた。それから、どこの大学を受けるかとか、学部はどうするかとか、私立の受験はするかとか、そんな話を互いにしていた。
他県の大学を受けるという彼女は、ためらったようにしてから息を吸い込み、邪気のない秀明の笑顔を見ると、自分も笑顔を作った。
「じゃあ、ね」
「おう、ありがとな」
教室を出ていく彼女に、秀明は再びお礼を言った。彼女は振り向いて頷き、手を振って去って行った。
彼女が出ていった反対側のドアの外に私がいるのを見つけて秀明は視線をよこした。私は彼女と入れ替わるようにして教室へ入った。
「またチョコもらったの?」
「うん。みんな親切だよな」
ちょっと見当違いな感想を秀明はもらした。自分にチョコをくれる人は、みんないい人だと思っているのかもしれない。まるで餌付けだ。
「まさかとは思うけど、みんな、秀明がチョコ好きだからくれてると思ってる?」
「え、違うの?」
ああ、やっぱり。
うすうす気づいていたけど。何となくそんな気はしていたけど。秀明は、自分に渡されるチョコに彼女たちの気持ちが込められているなんて、これっぽっちも理解していない。せいぜい義理堅いとか、親切とか、そんなところだ。
「絶対本命チョコも何個かあるから」
「…そうはいっても、見た目じゃ判断つかないだろ」
手紙とか添えられてるのはそうかなーと思うけど、と口ごもる。確かに、シャレで「LOVE」なんて書いてくる子もいるから、見た目だけじゃ判らないかもしれない。秀明には、相原さんみたいにちゃんと手渡して告白しなければ通じないのだ。
「そういえば、まだもらってないんだけど」
私に掌を差し出す秀明は、どう形容しても犬だ。長い尾っぽをちぎれんばかりに振ってる感じ。完全なるおねだりのポーズ。
秀明は、私がチョコを用意しているのが当たり前だと思っている。
「たくさんもらったんだから、別に要らないでしょ」
「茉里絵のは、要る」
またこの男は。真剣に想いを込めてチョコをくれた女の子が聞いたら怒りそうな台詞だ。
でも、本当はこれが聞きたくて、ちゃんと用意していても、わざわざ「要らないでしょ?」と訊くのだ。紙袋に詰められたチョコたちよりも、私のチョコを秀明が楽しみにしているというのは、何だか嬉しくもあり、一方では当然な気もしていた。
仕方がないふりをしながら用意していた包みを渡した。嬉しそうに受け取った秀明は早速開けて中身を取り出した。今年はあまり時間がかけられなかったから、簡単に作れるチョコレートチーズケーキにした。
秀明は、いつも私のチョコは渡した先から口にする。そして、今にも尻尾を振りだしそうな顔をして、美味しいと感想を述べる。
私はそれを期待していて、秀明はその期待を裏切らない。
「美味い」
たくさんの想いを込められたチョコレートよりもまず先に、一番に自分のものに口をつけられたことに優越感を抱くなんて、私って、何て浅ましい。
今年はバレンタインが土曜日だったので、秀明の家に行く約束を取り付けた。当日会社が休みだからチョコはないかと思っていたら、ちゃっかり13日にもらってきていた。
13日がイメージの良くない金曜日だったことや、秀明が前に言っていたようにホワイトデーのお返し目当ての子がまだいないことを差し引いても、結構もらってる方じゃないだろうか。
今年からはこのチョコの贈り主はライバルだ。
私にとって秀明にチョコを渡すことは当たり前だったので忘れていたけど、今なら、あの子たちの気持ちがわかる。チョコレートに込めた自分の想いが伝わるかどうか不安で、でもどこかで期待をしていて。甘いチョコレートに想いを詰め込んで差し出すあの感じ。届くといいなと思いながら机に忍ばせる緊張感。
まあ、秀明は、その想いに気づくにはちょっと鈍いけど。
それで私は、というと、今年のチョコはフォンダンショコラにした。サクッとした生地を割ると中から熱いチョコレートが出てくる焼き立てが美味しいお菓子だ。近くにいられてすぐに渡せることを最大限に活かすことにした。出来立てのフォンダンショコラを出すと、とろりと中から流れるチョコレートに驚嘆し、一口含んで秀明は笑みを浮かべた。
「毎年思うけど、お前って、こういうのめちゃくちゃ上手いよな」
今年は特に気合い入ってるからね、美味しくて当然よ、と私は嬉しそうに食べる秀明の様子を眺めた。
食べ終えて満足げに「ごちそうさま」と手を合わせる秀明に一瞬不安がよぎって念を押す。
「念のため言っておくけど、これ、本命チョコだからね」
え?という顔をして私に視線を向けた秀明は、すぐに表情を崩した。
「わかってるよ」
甘い笑顔を向けられて、それならいいけど、と視線を逸らした。
「茉里絵、ありがとな」
「え?」
「チョコ、すっげー嬉しい」
今さら、そんな風にお礼を言われると照れてしまう。見上げれば、いつもの目じりを緩めた優しい笑顔。極上のチョコレートみたいに甘くてまろやかで柔らかい感情が胸一杯に広がる。
秀明の唇が触れて、私にもチョコレートの味が伝わってくる。
甘くて、甘い、チョコレート。クラクラ、キラキラ。




