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34 A.S.A.P. -apple #16-

年末のお話

 自惚れていた。彼は私のものなのだと。

 どこにいても、誰といても。私が呼んだら、すぐに来てくれるのが当たり前だと。


 クリスマスに丁度出張が重なって、秀明は地元へ戻ってきていた。だから、拘束してクリスマスに付き合わせた。向こうもそのつもりだったらしく、ちゃんとプレゼントも用意してくれていた。

 そのまま年末年始の連休に入るのかと思っていたら、26日からはまた東京で仕事だと秀明は言った。だからクリスマスのうちに戻ると。不満だったけれど、仕事じゃ仕方がない。忙しいのにイヴに私のために早めに仕事を切り上げてくれたことに感謝すべきだ。

 30日まで仕事だなんて、忙しいにもほどがある。本来なら年末年始は休める職種のはずなのに。

 離れていることを感じるのは、こういう時だ。忙しくたって、近くにいれば会えるのに。疲れているだろう秀明に、優しくしてあげることだってできるのに。


 近くにいれば、こんなことで、不安になったりしないのに。

 すぐに問いただして、納得いく答えをもらえるのに。


 携帯の液晶を見つめて考え込んだ。それが示す現実を、受け入れるには勇気がいる。そこにある真実を、秀明の口から聞きたい。

 携帯の写真の中では、暗い夜の公園らしきところにイルミネーションをバックに男女が立っている。二人寄り添って。その男の背中は、秀明だ。携帯の写真じゃはっきりしないけれど、たぶん、間違いない。そして女は、秀明の元カノ、相原さんだという。顔は見えないけれど、きっとそうなのだろう。

 真理子ちゃんからのメールにそれが添付されていた。彼女が言うには、同じ高校だった仲間で忘年会を開いて、秀明と相原さんは再会したのだという。彼女が二人を会わせたのだと。だから、二人の抱き合う姿を見て責任を感じて私に報告したらしい。

 二人は二次会には行かないで一緒に帰って行き、相原さんから借りものをしていたことを思い出した真理子ちゃんが彼女を追いかけると、彼女が秀明に抱きつく場面に遭遇したという。

 真理子ちゃんの言うことが、どこまで本当かなんてわからない。わざわざこんな写真を添付してくるところを見ると、単に責任を感じているだけじゃないのかもしれない。

 だけど、この写真の真実を、私は知らない。

 秀明からは何も聞いていない。もともと秀明は私に日常の出来事を話すタイプじゃないし、元カノのことなど、あえて話さないのかもしれない。

 だけど、最初に秀明から相原さんに会ったことを聞いていれば、私はこんなに不安にならなくてもすんだかもしれないのに。二人の間に何かあったのかなんて、勘ぐらないでいられたかもしれないのに。

 どうしていつも、何も話してくれないの?



 昼休みの時間を狙って秀明に電話を掛けた。

「何だよ、どうした? 31日には帰るよ」

 本当に帰ってくるのかどうか私が心配したと思ったらしい秀明が電話の向こうで言った。

「秀明、日曜日、忘年会だったんだって?」

「え? うん、同じ高校の奴らと、真理子に誘われて」

 なぜ知っているのかという声だった。真理子ちゃんに聞いたと言うと、真理子から?とちょっと身構えた声に変わった。真理子ちゃんとは、前に母校の学園祭で会った時にメアドを交換していたのだと説明すると、ふうん、と答えて、警戒は解かないままでいた。

「楽しかった?」

「うん、まあ…」

 なぜそんなことを訊くのかと秀明は怪訝そうな声をした。

「相変わらず、綺麗だった? 相原さん」

「──それも聞いたのか」

「うん」

 そうか、と答えて、少し逡巡したようだった。

「久しぶりに会ったけど、変わってなかったよ。近況報告とか、ちょっとしただけだけど」

「近況報告…するのに、抱き合う必要ってある?」

 電話の向こうで秀明が黙った。

「真理子ちゃんがね、見ちゃったんだって」

 彼女から聞いた内容と写真のことを話した。

「ねえ、これって、どういうことなのか、説明して」

 相変わらず秀明は押し黙ったままだ。

「説明できないようなことでもあるの? 私にわかるように説明して」

 なるべく声を荒げないように、落ちついた声を出すよう努力した。

 お願い、早く私を安心させて。

「…ごめん、帰ってからちゃんと話す。もう昼休み終わるし」

「今すぐ説明して。そんなに時間のかかることなの?」

「茉里絵」

 秀明の声が困っているのがわかる。きっと、電話の向こうでいつもの困った笑顔をしているはずだ。私を宥めすかそうとする時の武器。私があの顔に弱いのを知ってか知らずか繰り出される秘密兵器。だけど、それが見えない電話では、私は簡単には引き下がらない。

「何もないなら、説明に時間は要らないはずでしょ」

「何もないよ。だけど簡単な説明じゃ、納得しないだろ」

 茉里絵が心配することは何もない。ちゃんと話す。今日、仕事が終わったら電話するよ。そう言って私を子ども扱いして優しく諭そうとする秀明に、段々腹が立ってきた。私が今電話しているのは、後で聞きたいからじゃない、今聞きたいからだ。

「秀明、どうして私が今電話してるかわからないの? 今説明して欲しいの。今すぐ私を安心させて。今すぐ会いに来て、何でもないって言って抱きしめて」

「茉里絵」

 秀明の声のトーンが変わった。きっと今、秀明は困った笑顔をしていない。眉根を寄せて、厳しい顔をしているだろう。

「俺を困らせたいの? 今すぐ来いって何だよ? 俺、仕事中だって知ってる?」

 珍しく怒った声をしていた。

「俺はランプの精じゃない。茉里絵の都合で呼び出されてばかりいられない。そんなに会いたいなら、自分が来ればいいだろ、休みなんだから」

 ツーツー、と電話の切れた音が小さく聞こえた。こんな風に秀明に怒られるのは、久しぶりだ。小中学生の時はワガママ言うなと怒られたことがあったけど、高校以降は驚異的なまでの寛容さで私の我儘を許容してきた秀明が怒るなんて。



 だけど秀明、今すぐ会いたいの。

 顔を見て、何でもないよって笑ってくれれば、それで納得できるの。



 前に秀明は私のことを突発的だと言った。それは自覚している。思い立ったらすぐ行動。これは私の欠点でもあるけれど、ある意味長所でもある。

 マンションの部屋の前で待っていた私を見て、秀明は目を丸くした。

「…本当に来たわけ? ていうか、来るなら電話しろよ」

「仕事中に電話したら怒るかと思って」

 一瞬言葉に詰まって「さっきは悪かったよ」と秀明は謝った。

「いつ着いたの? 寒かっただろ?」

 秀明の会社が借り上げているマンションは、防犯の関係上、合い鍵は作れない。だから私は、秀明が帰ってくるまで、一応壁に囲まれているとはいえ、部屋の外の廊下で待っていたのだ。

「着いたのは一時間くらい前かな。でも、さっきまで近くのファミレスにいたから」

 秀明の帰りが遅いのは知っていたので、新幹線も遅めのものにした。着いてから少しファミレスで時間を潰して、それから部屋の前に移動して、秀明が帰ってきたのは30分後くらいだろうか。

 急いで鍵を開けて秀明は私を部屋へ招き入れた。玄関のドアが閉まった瞬間、秀明に抱きしめられた。

「さっきは、ごめん。ちょっと仕事でイライラしてて。当たったりして悪かった」

「ううん。私こそ、ごめんね」

 本当は、聞きたいことは山ほどあったはずなのに、秀明から伝わる熱に溶かされてしまったみたいだ。直接触れる温かな体温が、不安ばかりの心を宥めるように安らぎを与えた。

「それから、突然来たりしてごめんね」

 何も言わずに訪ねてきたことを謝ると、耳のすぐそばで秀明が笑った。顔を上げると、その先で秀明がいつもの困ったような笑顔を見せた。

「お前って、ほんと突発的」

 唇にキスを落として秀明が微笑んだ。


「できることなら、言わないで済まそうと思ってたんだ」

 私が渡した携帯で真理子ちゃんからのメールを見た後、私に携帯を返した秀明はソファにもたれかかって溜息をついた。

「相原とは、本当に何もない。忘年会の後、駅まで一緒に行っただけだよ」

 たまたま二人とも翌日仕事があったので二次会には行かず、同じ駅を使うので一緒に向かった。途中で相原さんがイルミネーションを見に公園に寄り道したいと言ったからそれに付き合っただけだと。写真は、つまづいた相原さんを支えた時だろうと秀明は言った。

「だけど、相原と会ったなんて言ったら、茉里絵気にするだろ?」

 図星だった。秀明と一緒に写っているのが別の人でも説明を求めただろうけど、相手が相原さんでなければ、あんな風に執拗には訊かなかっただろう。

 相原さんは、素敵な人だった。誰もが秀明とお似合いだと言った。私が二人を邪魔するようなことをしなければ、今でも秀明と一緒にいたかもしれない。

「隠されたら、余計気になる」

 そうか、そうだよな、と呟いて、秀明は「ごめん」といつもの笑顔を見せた。

 少し困ったように目じりを下げた優しい笑顔が、ぎゅうと胸が苦しくなるくらい大好きなの。だからお願い、私を離さないで。

 抱きついた私を秀明が包み込んだ。


 ランプの精のようにはいかないけれど、会いたくなったら、すぐに来るからね。



-as soon as possible-


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