33 シークレット,シークレット -apple #15-
年末のお話
忘年会をしないかと真理子に誘われて、気軽にOKした。クリスマスまでの三日間は出張で地元へ行っていたが、そのあとは東京へ戻らなければならなかった。どうせ年末まで仕事で東京にいることになるし、丁度空いてしまった日曜日を埋めるには都合が良かった。
同じ高校だった奴らが東京に何人かいるらしく、真理子は今でも彼らと連絡を取って時々食事をしたりしているのだと話した。その彼らと、忘年会をしようという話になり、俺の話が出て、みんなが会いたがっているということだった。
メンバーの中に俺の同級生もいて、一緒に生徒会の仕事をしたりもした奴らで懐かしかったので、是非会いたいと参加した。
まさか、その場に彼女がいるなんて思いもしないで。
会場のレストランに着いて、俺は言葉を失った。懐かしい顔ぶれの中に、彼女がいたからだ。昔と変わらぬ綺麗な顔に、さらに化粧をしたせいか大人びて、凛とした空気をまとったまま彼女はいた。あの頃、俺が好きだったそのままの姿で。
俺を見て、相手も驚いたように目を丸くした。
「…沢村くん…」
それだけ呟いて、彼女は何度か瞬きをした。
「驚きました? 二人とも」
隣で真理子がいたずらっぽく笑った。先輩たちを驚かそうと思って黙ってたんですよ、と悪びれる様子もなく真理子は彼女にも笑い掛ける。
「…驚いたわ、本当に」
新メンバーって、沢村くんのことだったのね、と彼女は笑顔を作った。
「久しぶり、沢村くん」
笑顔を寄こされて、こちらも笑顔を返した。
「久しぶり、相原」
相原 沙樹は、俺の元彼女だ。高校生の頃の、初めての彼女。バレンタインに告白されて、五月に振られた苦い思い出の相手。
みんなに促されて席につき、改めて自己紹介をした。だいたいが覚えのある奴らだったが、転勤で東京へ来たことなどを説明した。
忘年会は、懐かしさも手伝って盛り上がり、和やかに進んだ。高校生の顔の記憶しかないような奴らと酒を酌み交わすのは、何だか不思議な感覚もあり、嬉しいものでもあった。
同級生の一人はもう既に結婚しており、生後十か月の男の子がいると嬉しそうに話した。
「沢村は? 結婚はまだ?」
訊かれて頷いた。
「うん。まあ、考えてないわけじゃないんだけど」
「それって、茉里絵先輩とですか?」
突然横合いから真理子が尋ねた。別のグループで話をしていると思っていたので、急に問われて「うん」と頷いてしまい、それから、しまったと思った。
「なに? お前、茉里絵ちゃんと付き合ってんの?」
案の定、同級生が大きな声で身を乗り出してきた。
「マジですか、先輩?」
「くぅ~、やっぱり沢村先輩なんですね」
後輩たちも声を上げる。茉里絵は高校生の頃、人気があったのだ。性格を知らなければ、あの顔にあの胸。まあ、わからないでもない。
で、結婚を考える程ってことは、もうしたわけ?と色っぽい方面に話を持っていこうとする男どもを、女の子もいる席だからと誤魔化した。
こんな話を聞いて、相原が気分がいいわけがない。
俺を振ったのは相原だが、その理由は俺にあって、その引き金は茉里絵なのだ。あれは茉里絵のせいではないと俺は思っているけど、茉里絵が原因の一端であることは否めない。
その茉里絵と、俺が付き合っているなんて、相原はいい顔をしないだろう。
ちらりと相原を盗み見れば、こちらの話題は耳に入っていないように近くの席の奴らと別の話題で盛り上がっていた。でも、女子が素知らぬ顔をしているからといって、話を聞いていないとは限らない。姉たちによれば、何でもない顔をしながらも、結構聞いているというのだ。
何とか茉里絵の話題を避けるようにしながら一次会を終え、俺は二次会に行くという奴らに明日は早いからと断って帰ることにした。年末のこんな時期まで仕事なのは本当だ。
「私も明日仕事があるから」
と、相原も二次会はパスした。
彼女は高校生の頃の希望通り、大学の建築科を卒業して、今は建築事務所で働いているという。建築デザイナーを目指していた彼女は、着実に夢を叶えている。そんな風に自分の意志を貫く姿勢は高校生の頃から変わらない。凛とした彼女らしい。
山手線か地下鉄かと訊かれ、山手だと答えると、自分も同じなので一緒に駅まで行こうと相原が言った。
歩き出して暫くすると、相原が寄りたいところがあると言い出した。
「このビルの奥の公園にね、ちょっとだけイルミネーションがあるの。結構綺麗で、今年も見に行こうと思ってたんだけど、忙しくて行けなかったから、ついでに行っていい?」
断る理由もなかったし、こんな時間に女の子を一人で公園に行かせるわけにもいかなかったから承諾した。
「ほら、綺麗でしょ」
公園を指さして相原ははしゃいだ声を出した。確かに小ぢんまりとした公園に控えめなイルミネーションは、光が多すぎる派手なイルミネーションよりも美しかった。
「昔も、よくこうして寄り道したよね」
はしゃいだ様子のまま相原が言った。付き合っていた頃は、よく一緒に帰って、近くの公園に寄り道したものだ。
「そうだな。懐かしいな」
頷いて、小さなイルミネーションを眺めた。
青白い光に照らし出された相原は、昔と変わらずに綺麗で、当時彼女の大人びた表情にドキッとしたことを思い出した。
不意に、相原が振り向いて俺に抱きついた。茉里絵よりも背の高い彼女の頭が目のすぐ下あたりに来て、茉里絵とは違う髪の香りがする。
突然のことに、どうしていいのかわからずに俺は立ち尽くした。
「…私、この間彼に振られちゃったの。慰めてくれる?」
俺の胸に顔を埋めて相原が発する言葉の意味を掴みかねる。
「…相原?」
「慰めてよ、茉里絵ちゃんにしたみたいに」
ドキリとした。その意味がわかったからだ。
あの時のことを、彼女はまだ許していない。
俺にとって当り前の行動が、俺にそのつもりがなくても、彼女を裏切る行為だったのだ。だから彼女は、俺を許さない。
「あの子に見られる心配はないわ。できるでしょ、沢村くんなら」
相原の強い瞳が俺を見上げた。
こんなこと、茉里絵に知れたら、きっと気にする。
相原と会ったなんて知ったら、怒るだろうか。いや、それならまだしも、泣かれたら困る。
だから、こんなこと、絶対に茉里絵には言えない。
絶対、茉里絵には秘密にしなければ──。




