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29 グリーンデイズ -apple #14-

 新幹線の改札で待っていると、秀明が改札の向こうで手を振った。手を振り返して秀明が改札を出てくるのを待つ。改札を抜けた秀明に駆け寄ったら、サンダルのヒールが床に取られてつまずいた。秀明が抱きとめるように体を支えてくれた。約一ヶ月ぶりの秀明の温もりに、思わずそのまま抱きついた。

「…茉里絵、嬉しいけど、ちょっと恥ずかしいな、俺」

 慌てて体を離すと、見上げた先には「相変わらずどんくせーな」と少し困ったように笑う秀明の優しい顔があった。


 秀明が帰省したのは、私が母校の学園祭に行きたいと言ったからだ。私たちが通っていた春日高校は、六月に学園祭を開催していた。金曜に体育祭、土日が文化祭で、日曜は一般公開されている。

 五月の連休に会いはしたけど、また会いたくなってしまって、それを口実に秀明を誘ったのだ。秀明は快諾してくれた。


 学園祭は、地元の学生や一般の人で結構な賑わいを見せていた。正門には「春高祭」と書かれた門が設けられている。正門から校舎までの道には体育祭の応援で使った赤、青、黄の三枚の巨大パネルが飾られている。秀明が生徒会長の時に始めたことだ。

 従来の赤白二色では盛り上がりに欠けていた体育祭を、競争を熾烈にするために赤、青、黄の三色に分け、応援合戦にパネルを導入した。パネルの出来栄えが勝敗に関わるとあって、作る側も気合が入る。力作のパネルは、文化祭で飾って一般の人にも見てもらう。今では、応援パネルは一種の呼び物になっていた。

 後輩たちが作ったパネルを眺めながら校舎へ向かう。体育館や講堂では吹奏楽部の演奏や演劇部の舞台、校舎では様々な部活の展示やイベント、そして各クラスのお店などが開かれていた。

 喫茶店をやっている教室からメイド服姿の女子高生が出てきて、廊下を歩いていた男の子に声を掛けた。彼は生徒会役員の腕章をしている。

 ふと、高校生の時を思い出した。



 私のクラスは喫茶店を開いていて、ウェイトレスの私は教室の入り口でお客さんを案内していた。すると、秀明が数人の学園祭実行委員と廊下を歩いているのが見えた。円滑に学園祭が行われているかを見回っているのだ。

「秀明」

 声を掛けると立ち止まった秀明が微笑んで私の名前を呼んだ。クラスの女子みんなで一生懸命作ったウェイトレスの制服を見せたくて駆け寄った。と、誰かがこぼしたらしい水で足が滑った。転びそうになる私を秀明が抱きとめて支えてくれた。

「あぶねーな。パンツ見えるぞ」

 ミニスカートを指して秀明が笑った。

「大丈夫よ、ペチコートの下は短パンだし」

 スカートの裾をちょっとつまんで秀明を見上げる。

「ね、可愛いでしょ、これ」

 水色チェックのパフスリーブに、同じ生地のフワフワのミニスカート。裾はフリルになっていて、スカートの下に白いフリルのペチコート。そして白いフリルのエプロンという、メイドさん風の衣装だ。

「うん。似合うなお前、こういうの」

 転びそうになった拍子に曲がってしまったらしい私のメイド帽を直しながら秀明がさらりと褒める。二人のお姉さんを持つ秀明は、褒めるべきタイミングを知っていて、照れずに褒めてくれる。それが嬉しくて、褒めて欲しい時は秀明に近付くのだ。

「ねえ、寄る時間ある?」

「いや、見回り途中だし、アンケートの集計もしないとならないから。ごめんな」

 秀明が忙しいことは知っていた。見回りが終わっても、アンケート集計や各所から寄せられる苦情対応に追われて生徒会室を離れられないのだ。

「じゃあ、私、当番が終わったら出前してあげる」

「ああ、頼む」

 アイスティーでいいよね、と確認を取って自分の教室へ戻った。


 自分の当番を終えた私は、約束どおりアイスティーを持ってウェイトレスの衣装のまま生徒会室を訪れた。秀明はソファに座ってアンケートを読んでいた。アンケートは来場者に配られ、楽しかったイベントや店などを訊く、いわば一般来場者の人気投票だ。後夜祭の時に結果を発表するので、校内の回収ボックスから集められたアンケートは秀明が随時集計していた。

「はい、お待たせ」

 アイスティーをテーブルに置くと、秀明はアンケート用紙を手にしたまま私を見上げ、スカートをつまんでピラリとめくった。

「ちょっと! 何してんの!?」

 慌ててスカートを手で押さえる。

「いや、中どうなってんのかなと思って」

 フワフワのペチコートがどうなっているのか気になるらしい。

「だからって、めくらない!」

「いーじゃん、どうせ短パンなんだろ」

 諦めたというよりは、最初からさほど興味があったわけではないらしく、秀明はあっさり手を離してアンケート集計に戻った。

「手伝うわ」と、秀明の隣に座って私もアンケートを手に取った。

 暫く二人とも無言でアンケートを集計していたけれど、疑問のある回答を見つけて秀明に訊こうと隣を見た。秀明はソファにもたれかかって目を閉じていた。私のほうに寄せられていた顔を覗き込むと、規則正しい寝息が聞こえた。

 ずっと忙しかったから、疲れているんだろう。秀明が手にしていたアンケート用紙をそっと引き抜いてテーブルに置く。ソファに斜めにもたれている体勢では首が痛くなってしまうだろうと思案して、秀明の体を引き寄せて倒した。自分の腿の上に頭を置く。つまり、膝枕状態。子どもの頃と変わらない無邪気な寝顔の秀明の髪をもてあそんだ。


「よく寝てますね、会長」

 一年後輩の生徒会役員の鈴木くんが言った。

「いつもの姿からは想像もつかないくらい無防備よねぇ」

 生徒会副会長の安藤さんが秀明の顔を覗き込む。秀明が寝ているところへ生徒会室に来た彼らはアンケート集計を手伝ってくれていた。

「あ、起きた」

 秀明が目を開けたらしく、「安藤?」と怪訝な声を出した。

「気持ち良さそうに寝てたわね、茉里絵ちゃんの膝枕で」

 がばっと起き上がった秀明が私の顔を見た。「悪い」と謝るので、首を横に振った。

「それにしても、羨ましすぎですよ、茉里絵先輩の膝枕なんて。俺もして欲しいっす」

「寝言は寝て言え」

 鈴木くんに冷たく言った秀明は、テーブルの上で温くなってしまったアイスティーに手を伸ばした。アイスティーを飲み干すと、残りのアンケートを集計し始めた。



「沢村先輩!」

 模擬店の並ぶ廊下を歩いていると、向こうから見覚えのある人が手を振ってやって来た。

「潤平」

 秀明がその人物の名を口にした。生徒会役員だった鈴木くんだ。そういえば、この学校で教師をしていると聞いた。

「渋谷先生、沢村会長ですよ」

 鈴木くんは振り向いて、年配の教師を呼んだ。私の記憶よりも白髪が増えているけど、秀明が生徒会長をしていた時の顧問だった渋谷先生だ。

「お久しぶりです、先生」

 秀明と一緒に渋谷先生に挨拶に行った。実は、今日学園祭に来たのは、渋谷先生に会うためでもあった。私たちの卒業と同時に異動になった渋谷先生が、今年またこの学校に戻ってきたのだ。

「元気そうだな、沢村。相変わらず富永と仲がいいみたいだな」

 二人で顔を見合わせて、「ええ、まあ」と秀明が答えた。

「先生、もしかして、この方が伝説の沢村会長ですか?」

 渋谷先生と一緒にいた女子高生が訊いた。渋谷先生は頷き、彼女が現在の生徒会長だと紹介した。「伝説って?」と尋ねる秀明に、鈴木くんが教える。今の生徒会イベントはほとんど秀明が始めたり改変したりしたものなので、伝説の生徒会長ということになっているらしい。

「あ、沢村先輩。やっぱり来てたんですね」

 同じ歳くらいの女の子が秀明に駆け寄ってきた。

「潤平くんから渋谷先生がまたこの学校に赴任されたって聞いたんで、先輩も来るかなって思ってたんです」

 そう言ってから、お久しぶりです、と彼女は渋谷先生に挨拶をした。そして、私に目を向ける。

「茉里絵先輩も、いらしてたんですね」

「真理子ちゃん、久しぶり」

 生徒会役員だった一年後輩の女の子だ。高校生の頃、私にお茶やコーヒーの淹れ方を教えて欲しいと言うので、生徒会のみんなの好みの淹れ方を教えてあげたことがある。

「お久しぶりです。会えて嬉しいです」

 彼女はにっこり笑って言った。

「あ、もしかしてこれ、沢村先輩からのプレゼントですか?」

 私の左手の指輪を目ざとく見つけて彼女は私の手を取った。頷くと、かわいー、いいなぁと指輪を見つめている。

「ということは、今は付き合ってるのね」

 輪に加わった安藤さんが言った。副会長だった彼女も渋谷先生に会いに学園祭に来て、この一団を見つけてやってきたという。

「なれそめが聞きたいです」

 私の手を掴んだまま身を乗り出す真理子ちゃんの手から、秀明が私の手を取り上げた。

「じゃあ、俺たち、これから校内回ってくるんで」

 質問攻めにされてはかなわないという風に秀明はその場を離れ、私の手を引いた。ごく自然に繋がれた手が嬉しくて、思わず頬が緩んだ。

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