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22 ブラックジョーカー -apple #10-

 平手打ちをされた頬を押さえて相手を睨みつけた。

「な…なによ?」

 女は明らかに怯んだ様子だった。まあ、そうだろう。4人で一人を呼び出して責め立てるこの仕打ちに、まさかその一人が反撃するなんて思っていなかったのだろう。

「それはこっちの台詞」

 出来るだけ低い声で応戦する。

「何、私が彼氏盗ったって? あんたが勝手に振られただけの話でしょ」

 ちょっと前までならともかく、彼氏を盗ったなんて責められるようなことをした憶えはない。ここのところ、私は男っけがなかったのだ。

「だ…だって、西村さんが、あんた一人に絞るから、私と別れるって…」

 あんにゃろ。思わず心の中で毒づいた。この鬱陶しい女と別れたかったからって、何も人の名前を出さなくてもいいだろうに。口実に使われたこっちは、おかげでとんだとばっちりだ。

「西村さんを盗った憶えはないわ。私があの人に好意を抱いてるわけじゃないし、向こうからそんなこと言われたこともない。あんたが振られたことと、私とは無関係。逆恨みで引っぱたかれちゃ、いい迷惑なんだけど?」

 反論されて悔しかったのか、振られたことを思い出して悲しくなったのか、まあどっちでもいいけど、女は泣き出した。友達らしき取り巻きが、大丈夫?とか何とか駆け寄って慰める。

 泣きたいのは、こっちの方よ。

 大して面識もない他の課の女4人に人気のない会議室に呼び出しくらって、泥棒猫呼ばわりされて、挙句に平手打ち。泣かない私がすごいと思うわ。

「最低。信じられない」

 友達らしき一人が言う。それこそ、こっちの台詞よ。

「プロジェクトのメンバーに選ばれたからって、調子に乗らないでよね。あれだって、西村さんに言い寄ってメンバーにしてもらったんじゃないの?」

「しかも桐島くんにまでちょっかい出して。ちょっと可愛いからってムカつくのよ」

 ああ、そう。私が可愛いのがムカつくのね。などと口にすればトラブルが大きくなるのはわかっていたので、口の中で留めた。

「変な言いがかりはやめてよ。メンバーに選ばれたのは仕事が認められたからだし、プロジェクトに桐島くんがいたのは偶然。仲良くなったのは、私の努力の結果だわ。あんたたちにとやかく言われる筋合いないわよ」

 完全に言い負かされて、ムカつくーなどと捨て台詞を残して女たちが会議室を出て行った。尻尾巻いて逃げたってところか、と心の中で毒を吐く。

 近くの椅子を引いて座り、溜め息をついた。冗談じゃない。

 まさか、社会人になってまでこんな幼稚なイジメを受けるとは思っていなかった。学生時代は、一部の女子にやっかまれて、こういうこともあったけど。

 そういう時、どうしてたんだっけ?

 ああ、そうか。誰かから聞いた秀明が駆けつけて、仲裁してくれてたんだ。私、そんなことまで秀明に頼ってたんだな、と今さらながらに反省した。



 プロジェクトは無事成功した。それを祝して、メンバー全員で打ち上げをした。二次会に向かう途中で初期メンバーだけ抜けて、四人でお疲れさま会をした。三次会の話題が出たので、桐島くんと相田さんを二人きりにする目的で、西村さんを連れ出した。

 こっちも西村さんに話がある。

 小洒落たバーで向かい合ってテーブルに着く。一通り互いをねぎらってから本題に入る。

「西村さん、彼女と別れたそうですね」

 突然の話に西村さんは、え?という顔をした。

「何で知ってるの?」

「彼女が私のせいで振られたと殴りこみに来ました」

「げ。マジで?」

 頷くと、西村さんは大きな溜め息をついた。

「ごめん! 別れ話の時に好きな女が出来たって言ったら、誰かってしつこく訊かれて、それで、茉里絵ちゃんの名前を」

 はあ、と彼以上の大きな溜め息をワザとつく。

「いい迷惑ですよ。彼氏盗ったなんて濡れ衣着せられて。どうせつくなら、もっとマシな嘘ついてくださいよ」

「え、嘘って?」と訊くので「彼女と別れるための口実でしょ?」と言ったら、首を横に振られた。

「嘘じゃないよ。本当に茉里絵ちゃんが好きなんだ。だから、俺と付き合わない?」

「お断りします」

 即答すると意外そうな顔をされた。

「何で? 断るにしても、もう少し考えてよ」

「いえ。西村さんと私は、合わない気がするんで」

 これはもう、直感としか言いようがない。この人とは合わない。仕事を一緒にする分には構わないけど、日常生活では歩調を合わせられない。

「そんなの、付き合ってみないとわからないだろ」

 付き合わなくたって、わかる。西村さんは、恋愛にあまり本気にならないタイプの人だ。恋愛にのめり込む私とは正反対のタイプ。正反対が惹かれあうこともあるけど、このパターンは、反発する。

「今晩だけでも付き合ってみない? 相性が合えば、ね、上手く行くこともあるし」

「───冗談、ですよね?」

 にこやかな笑顔を作って、けれど怒りを込めた視線を送った。

「も、もちろん」

 慌てて作り笑顔で頷く男にグラスの中身をぶっ掛けなかった私の忍耐を褒めて欲しい。グラスをテーブルに置き、席を立った。

「帰ります」

 早足でドアに向かい、さっさと外に出た。

 なにあれ? 最低。相性って何よ? 体のってこと? 最悪。

 きっと西村さんは、相田さん相手にあんな冗談は言わない。

 私は、同性からは、平気で人の彼氏を取るような女だと思われている。男からは、好きでもない男と簡単に寝ると、きっと思われているんだ。

 そう思ったら、悔しくて、悲しくて、涙が滲んできた。

 不意に、携帯が鳴った。ディスプレイに秀明の名前が浮かぶ。

「もしもし」

「どうした?」

 電話に出ると、開口一番に訊かれた。

「え、何?」

 訊かれた意味がわからない。

「泣くのを我慢してる声。俺に判らないと思うなよ」


 たった、たった一言で。

 秀明は私を見抜いてしまう。


「…ひであき、そっち行っていい?」

 堪えていた涙が、もうすぐそこまで溢れ出しそうになっていた。



 家を訪ねた私を、秀明はいつものように玄関で迎え入れた。

 秀明の顔を見たら、我慢していた涙がぶり返してきた。玄関から部屋に向かう廊下の途中で、とうとう抑えきれなくなくなった。

「どうした?」

 ボロボロと泣き出した私を秀明が振り返った。

「ひであきぃ」

 その胸に抱きついて涙を我慢するのをやめた。小さい子どものように泣き出した私を、秀明は昔と同じように優しく抱き締めてくれた。

 この腕の中で泣くのは、久しぶりだった。嘘泣きしてでも留まりたいくらいの心地好さで、昔から私を癒してくれる。


 気の済むまで泣いて、泣き止んだ私を秀明はソファに座らせ、紅茶を出してくれた。

「これでも食べて落ち着け」

 そう言って綺麗にラッピングされた小包を出した。開けると、マカロンが入っていた。秀明が熱のある時に言ったことなのに、憶えていてくれたんだ。

 マカロンを食べながら、今日の出来事を秀明に話した。西村さんの元カノに泥棒猫呼ばわりされたこと。それを西村さんに言ったら何となく告白されたこと。そして、あの台詞。

「言っていい冗談と悪い冗談があるわ。相性なんて、そんなんでわからないわよ」

「まあ、でも一説には、そういう相性は大事らしいよ。それがダメで別れる人もいるくらいだっていうから」

 こういう時、いつもだったら秀明は私の話に反論しない。話を聞くだけだ。私がそれを求めているから。珍しく反論されて、思わず口を尖らせた。

「試してみる? 俺と」

 言われたことの意味が一瞬判らなくて、秀明を凝視した。三度瞬きするうちに意味を理解して、答えに窮する。

「冗談」

 秀明の口が弧を作った。


 ───悪い冗談を、言うと思った。


「帰る」

 私があんな話をしたばかりだというのに、そんなことを言う秀明の無神経さに腹が立った。立ち上がって玄関へ向かう。

 秀明とテーブルの間を通る時、秀明の足に躓いた。バランスを崩して、ソファに座る秀明に覆い被さる形になり、秀明が私の腕を掴んで支えた。

 転倒を免れて息をついた。すると、目の前に秀明の唇が見えた。

 思わず、唇を重ねた。黙ってそれを受け入れている秀明に、秀明のせいだと心の中で文句を言った。


 あんな悪い冗談。私が冗談に取らなかったら、どうするつもりなのだろう?


 唇を離すと秀明と目が合った。

「帰るんじゃなかったの?」

「……帰らない」

 どちらからともなく唇を寄せて、さっきよりも深く重ね合わせた。

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