21 Call me my name -bee #8-
プロジェクトが無事に終了し、プロジェクトメンバーみんなで打ち上げをした。もともとのメンバー4人と、後から増員された人員で、結構な数になった。
開放感からいい気分に酔っている席からお手洗いに立った。みんなのいる座敷への帰り、桐島と広報部からの応援メンバーの女の子のツーショットを目撃した。人目につかないトイレ前の一角にいる。
「桐島くんと仕事別れちゃうの寂しいな。ねえ、この後、二人でどこか行かない?」
これは…お誘いってやつ? どうやら女の子が桐島を呼び出したらしい。思わずドキドキして身を隠して様子を窺ってしまった。
「ごめんね。誤解されるようなこと、したくないから」
断った桐島に、不服そうに女の子は口を突き出した。
「…好きな人、いるんだ?」
「片想いなんだけどね」
微笑んだ桐島は、ごめんね、ともう一度言って、座敷へと戻っていった。
桐島に、あんな顔をさせるのは、私?
ごめんと女の子を気遣いながら、片想いだと告げた桐島の寂しそうな笑顔に胸が痛む。例えば、私が彼を受け入れていれば、あるいはもっと早くに彼を突き放していれば、あんな顔をさせずに済んだのかもしれない。
もうそろそろ、潮時だ。
一次会が終り、二次会の会場へみんなで向かう途中、富永さんの提案で、初期メンバーだけで二次会をすることにした。こっそりとみんなの輪を抜けて4人で別の店へ向かう。
お互いの労をねぎらい、三次会はどうする?なんて話題が出たところで、「じゃあ、三次会は各部署に分かれてしましょう」と富永さんが西村くんを連れて行ってしまい、私と桐島が残された。気を利かせてくれたつもりなんだろうか。
桐島と顔を見合わせ、せっかくだからと二人で三次会をすることにした。久々にゆっくり話をして、ほろ酔い気分で駅への道を歩いていた。
「終わっちゃいましたね、プロジェクト」
楽しかったから、ちょっと寂しいなぁと桐島が呟いた。
「桐島」
意を決してその名を呼んだ。何ですか、と桐島が振り向く。
今まで、答えが出なくて、プロジェクトで忙しいのを口実に保留にしてきて、ずいぶんと待たせてしまった。でも、プロジェクトが終わった今、その理由は使えない。桐島に、あんな顔させたくない。桐島を想う女の子たちにも悪い。『このままじゃ桐島くん、他に目を向けてくれないじゃないですか』と、いつか富永さんに言われた言葉が頭をよぎる。
だから、今日こそ答えを出さなければ。伝えなければ、とキュと口を結んだ。
「いい加減、桐島を待たせるの、やめないとね」
桐島は何のことだかすぐにわかったらしく、真剣な顔をして私の正面に立った。その綺麗な顔が緊張しているのが判る。
「…桐島は、いい奴だと思う。一緒に仕事するのも楽しい。仕事じゃない時の桐島も、いいと思う。でも、私にとって、やっぱり桐島は仕事仲間なの」
桐島は強張った表情のまま、私を見下ろしていた。
「一緒の職場で付き合うって、難しいなって思って。付き合ってるのがバレると何か仕事し辛いし、かといって、隠すのも大変だし」
「それは、付き合えないってことですか?」
桐島の眼光に、思わず怯む。
「わ…別れた時のこととかね、考えちゃって。気まずいでしょ、なんか」
「そんなこと、俺にはどうでもいいことです」
桐島の不機嫌な顔に、怒らせてしまったのだと慌てた。
「俺たちの置かれた状況だとか、周りの目とか、そんなの俺にはどうでもいい。後のことは、後で考えればいい。俺を見て、俺に答えを出してください」
怒気を含んだ視線が私を睨みつけた。
「結局、相田さん、俺を見てない」
桐島の顔には硬い表情が乗っていて、でも、なぜか泣いているように見えた。桐島が視線を逸らして背を向けた。
違う、そんな顔をさせたかったんじゃない。
辛抱強く優柔不断な私を待ち続けてくれていた桐島を怒らせてしまった。桐島の怒りはもっともで、それを止める術を知らない自分がもどかしかった。
どんどん先に歩いていってしまう桐島の背中が遠くなる。引き止めなければ、と焦るばかりで、心臓が震える。
「す…好きだから…!」
桐島が足止めて振り返った。
「…たぶん」
綺麗な顔が硬い表情のままこちらを窺う。
「だ…だから、いろいろ考えちゃって、その…ごめん」
何を言いたいのかわからなくなって焦る私に、戻ってきた桐島が近付いた。
「『たぶん』って何ですか?」
「それは、その…とっさに口から出ちゃったから…」
自分でも、まさか好きだなんて口走るとは思っていなくて、焦って断言を避けたのだけど、先に出た言葉が真意なのだと認めざるをえない。
「俺と付き合ってもいいってことですか?」
真剣な目で桐島が私を覗き込んだ。
「…桐島こそ、私でいいの?」
「俺は相田さんがいいんです。相田さんでないと駄目なんです」
どうしてこの人は、こういうことを臆面もなく言えるのかと赤面した。
「付き合っても、桐島が思うようにはいかないかもしれないよ。がっかりするかも」
「がっかりなんてしません」
そう言い切る桐島に抵抗を試みる。
「私、職場では恋愛のこととか関係なくなっちゃうから、今まで通りに接するけど」
「構いません」
「人前で手とか繋げないけど」
「期待してません」
「それに、私、頑固で」
「知ってます」
「意地っ張りだし」
「そこが可愛いんです」
「浮気とか許さないし」
「しません」
「嫉妬することもあるし」
「嬉しい限りです」
「タバコ嫌いだし」
「吸わないから問題ないです」
「お酒も控えめにして欲しいし」
「努力します」
「ええと…、デートとか、ちゃんとしてくれる?」
「勿論です」
「行きたい場所とか、結構主張するけど」
「相田さんの行きたいところなら、どこでも喜んで行きます」
「…あと、『今何してる?』ってメールしない?」
「気をつけます」
「ええと、それから、二人の時は…」
何を言っても動じない桐島に、最後の質問を投げ掛ける。
「……名前で呼んでくれる?」
桐島が微笑んだ。
「恭子」
甘く優しいあの笑顔で、私の名前を呼ぶ。
反芻するように何度も私の名前を呼んで、返事をすると満足そうに微笑んだ。
「あ、じゃあ、俺のことも名前で呼んでくださいよ」
「何だっけ?」
「あっ、ひでぇ!」
「嘘。知ってるよ、雄一郎」
呼びなれないその名前に、恥ずかしさが込み上げる。
「…くん? さん? 雄一くん? 雄くん? 雄ちゃん? ゆう…」
桐島の顔が近付いて、思わず息を呑んだ。触れそうなほど近くまできた唇は一瞬ためらってから離されて、そのまま抱き締められた。
「…恭子…」
耳元で低く囁かれる甘い声に、顔が赤くなる。この距離なら見られずに済むかとその胸に顔を埋めた。
触れたところから伝わる桐島の鼓動が全身に共鳴する。自分の心臓の音なのか、桐島の音なのかわからないくらいに近くにいることに、息苦しささえ感じた。
「…桐島、待たせてごめんね」
言葉の代わりに腕に力が込められた。




