15 Killing Me Softly -citrus #3-
だって、お買い得物件だと思うわけ。
顔悪くないし、オシャレだし、優しそうだし、仕事も出来るっぽいし。上司や同僚からの信頼もあって、なんか昔生徒会長してたとかでね、人望あるみたい。
しかも彼女いないって言うし。これはもう狙うしかないでしょ。
「ねえ、あんた前に神崎さんのことカッコイイって言ってなかった?」
私の話を聞いた友達が呆れたように溜め息をついた。
「神崎さんは超高級物件だったの。カッコよすぎて緊張するし。あの人、大学時代モデルのバイトしてたらしいよ。しかも、周りに訊いたら、超美人な彼女と結婚カウントダウンだって」
「それ、リサーチしたわけ?」
頷いた私に、更に呆れた視線を向けて、友人は紅茶を飲んだ。
「沢村さんのこともリサーチ済みだよ。趣味は読書と映画鑑賞だって」
「普通」
「いいの! 知的な趣味なんだから」
紅茶のカップを置いた友人が、頬杖をついて私を眺めた。あんたって俗物よね、と失礼なことを呟く。
「ねえ、リサーチしたなら知ってるでしょ、あの噂」
沢村さんて、受付の伊東さんと付き合ってるって噂あるよね。と友人が確認する。
「ああ、あの噂はガセだと思う。二人が一緒にいるとこ観察してたけど、そういう雰囲気じゃないよ」
完全に友達だね!と言い切ると、男女に友情って芽生えるものかしら~と白々しく友人は言った。そういう自分は普通に男友達だっているくせに。
「彼女とランチしてたっていうのは?」
「そ、それは…、真相はわからないけど、でも、沢村さん本人が彼女いないって言ったもん」
彼女いますか?と訊いた時の対応からすると、嘘ついてまでモテたいって感じじゃなかったし、沢村さんはそういう嘘はつかないと思う。
「ふーん、それで、落とせそうなの?」
半ば義務感の滲む声で友人は訊いた。
「会ったら挨拶してくれるし、話しかけたら答えてくれるよ」
「それ普通だから。」
そうなのだ。彼女に立候補する、と、わかりやすくアピールしたつもりなのに、どうも真剣に受け止められてないみたいなのだ。向こうから挨拶してくれることも話しかけてくれることもあるけど、沢村さんがそうするのは私だけじゃない。親しさからいけば、噂になるくらいだから伊東さんの方がずっと親しい。沢村さんにとって私はただの顔見知りの後輩ってところだろう。
「もっと接近できないかなぁ」
何かいい案はないかと訊こうとしたら、友人の携帯に電話が掛かってきた。ごめんね、と断って電話に出た彼女は、嬉しそうに微笑みながら電話の相手と話している。たぶん、忙しくてなかなか会えないという彼氏だろう。
「ごめん、ランチ終わったら私帰るね」
電話を切った友人が言った。彼からの電話?と確認すると、急に午後から休みになった彼が久しぶりに会おうと言ってきたのだと、友人は嬉しそうに頷いた。
自分から一緒に買い物に行こうと誘ったくせに、彼の予定に合わせるなんて、こういう時、女の友情って薄情だと思う。だけど、彼女が彼に会いたくてもあまり会えないのを知っているし、自分だって女友達より彼を優先するだろうから仕方ない気もした。
ランチしていたレストランを出て友人と別れ、さて、このまま一人で買い物を続けるか、それとも帰ろうかと考えた。すると、ふと、人込みに見覚えのある背中を見つけた。
沢村さんだ。
一人で歩いていく沢村さんを思わず追いかけた。
追いかけて声を掛けてもよかったけど、好奇心で黙ってついていくことにした。沢村さんが休日をどんな風に過ごしているのか、ちょっと覗いてみたくなった。
まず沢村さんは書店に入り、そこで文庫を一冊買った。沢村さんの買った本が、どういう話なのか、活字オンチの私にはさっぱりわからない。
それから、大通りの脇にある路地を曲がり、古びた建物に入っていく。看板には「スピカ」と書いてある。中に入ると、どうやら映画館のようだ。外観どおり古びた内装で、受付では老婦人がチケットを売っていた。沢村さんに気付かれないように少し遅れて館内に入った。
その映画館は全国ロードショーのような映画ではなく、古い映画やマイナー映画を単館上映するようだった。人の少ない館内の真ん中に座る沢村さんから見えないように、後ろの隅の方に座った。
その日上映された映画は、メキシコの映画のようだった。借りた金を親類に返しに行くためにメキシコからアメリカに向かった主人公の青年が、旅の途中でアメリカにいる母に会いに行く少年と道連れになり、少年の母を訪ねて旅をするというロードムービーだった。粗い映像で描かれる物語は淡々としていて、ヒスパニックの厳しい現実も含んだ社会風刺っぽい内容だった。でも、次第に心を通わせる主人公と少年のエピソードにウルッとくる。ラストの別れのシーンは大泣きしてしまった。
人が少ないのをいいことに、人目を憚らずにエンドロールが終わっても泣いていたら、出口に向かう沢村さんに見つかってしまった。
「藤森さん? 大丈夫?」
あまりに泣いている私を心配して、沢村さんがハンカチを差し出した。こくこくと頷いてハンカチを受け取り、促されるように席を立った。
「時間あるなら、トイレに行ってきた方がいいと思うよ」
なぜそんなことを勧められたのかわからなかったけど、言われるがまま化粧室に向かった。そこで鏡を見て気が付いた。泣きすぎてマスカラとアイラインが落ちて、パンダ目になっていたのだ。確かにこれでは街は歩けない。沢村さんの気遣いに感謝してメイクを直した。
化粧室を出ると、沢村さんが待っていてくれた。
「偶然だね、よく来るの?」
「いえ、初めてです」
話しながら出口に向かった。
「友達と買い物してたんですけど、友達が彼氏とデートに行っちゃって、フラれちゃったんです」
だから暇を持て余してフラッと映画館に入ったんです、と言い訳をし、落ち込んだふりをする。寂しいから一緒にお茶してくださいよ~と甘えると、時計を見た沢村さんが、このあと用事があるから長居はできないけど、と前置きして承諾してくれた。
映画館の近くのカフェの窓際に座り、ケーキセットを頼んだ。沢村さんはコーヒーを注文した。
「あの映画館、よく行くんですか?」
全国で上映するような映画も面白いと思うけど、ああいう映画館で単館上映されるようなのが好きなんだよね、と沢村さんは頷いた。
読書と映画鑑賞という沢村さんの趣味は、沢村さんと同じ課の同期の男の子から情報を得て、そんなお見合いのプロフィールみたいな趣味が本当かと疑ったりもしたけど、本当のようだった。
「いつも一人で観るんですか?」
「人と一緒に観ることもあるけど、一人が多いかな。ああいう映画って、好き嫌いがあるから」
確かに、館主の趣味で上映されていそうな小さな映画館の映画は、大衆受けするものではないかもしれない。
「でも、私は面白かったですよ。今度、一緒に行きましょうよ」
今日は偶然であることを強調しつつ、デートに誘ってみると、にこりと微笑んだ沢村さんは何も言わずにコーヒーを飲んだだけで曖昧に流された。
藤森さんは映画よく観るの?と話題を振られ、そんなに頻繁じゃないですけど、話題の映画は観てますよ、と答えた。
「泣ける恋愛映画が好きですね」
「ああ、女の子は、そういうの好きだよね」
俺は、ああいう泣かせる気満々なのは苦手、と沢村さんは苦笑した。
それから映画の話や他愛のない話をしていると、テーブルに置いた沢村さんの携帯が振動した。ごめんね、と断った沢村さんが電話に出る。
「ああ、うん、近くにいる。あ、」
窓の外に視線を向けていた沢村さんが手を振った。ガラス張りのカフェから見える人込みの中で、携帯電話を耳に当てた可愛い人がこちらを向いていた。
「そこにいて」
電話の相手にそう言って、沢村さんは電話を切った。
「ごめん、用事があるから、俺もう行くね」
と、伝票を手にして席を立つ。店を出た沢村さんは、こちらを見ていた女の人に声を掛けた。彼女と何か言葉を交わしてから私の方を向いて手を振った。隣で女の人が会釈する。二人に応えて私も会釈を返した。それから二人は私に背を向け、人込みに消えた。
月曜日の朝、私を振って彼氏とデートに行ってしまった友人が更衣室で早速謝ってきた。
「夏帆、土曜日はごめんね」
いいよ、楽しかった?と答えると嬉しそうに頷いて、そんな彼女が羨ましく思えた。
「実は、あのあと沢村さんと偶然会って、一緒に映画観てお茶しちゃった」
ちょっと説明を省いて報告した。
「ほんと? 良かったね」
ある意味私のお陰でしょ、と友人は自慢げに言った。
「でも沢村さん、約束があったみたいで、可愛い女の人と帰っちゃった」
「女の人? 彼女?」
「わかんない。彼女いないって言ってたのに…」
そこへ、おはよう、と伊東さんがロッカーに入ってきた。
「訊いてみれば?」
沢村さんと仲のいい伊東さんなら知っているかも、と伊東さんと同じ課の友人は言った。私が躊躇していると、友人は伊東さんにおはようございますと挨拶をして、そのついでのように訊いた。
「沢村さんて、彼女いないんですよね?」
突然の質問に、「いないと思うけど…」と言いつつ伊東さんは首を傾げた。伊東さんが、彼氏いるよね?と友人に確認し、友人は、この子が知りたがってるんですと私を引っ張った。
「…だめよ、沢村くんは」
伊東さんが釘を刺す。
「どうしてですか? 彼女いないんですよね? 伊東さんと付き合ってるわけでもないんですよね?」
思わず言い返すと、そうだけど、と言いながらも、伊東さんは強い視線を私に向けた。
「でも、だめよ。沢村くんは、人のものだから」
反論を許さない強い口調で伊東さんは言い切り、ロッカーを閉めて更衣室を出て行った。
彼女がいないのに、人のものって、どういう意味?
沢村さんにハンカチを返そうと訪ねると席におらず、屋上じゃないかな、と同じ課の人が教えてくれた。屋上に行くと、沢村さんが屋上の柵に頬杖をついて何か考え込んでいた。
声を掛けると、沢村さんは振り向いて微笑んだ。
「先日は、ありがとうございました」
お礼を言って、洗濯してアイロンを掛けたハンカチを返すと、どういたしまして、と受け取ってポケットにしまった。
「…あの、彼女は、いないって言ってましたよね?」
本当は、あの可愛い人は誰ですかと訊きたかったけど、それは図々しい気がしたので、そういう訊き方をした。
「うん」
沢村さんは肯定した。
「じゃあ、私なんかどうですか? 私なら、一緒に映画楽しめるし、ほら、若いし、えっと、可愛いし、彼女にもってこいでしょ?」
前に私が彼女に立候補すると言ったのは、半分はノリだったけど、半分は本気だった。そして、今は全部本気だ。
私の気持ちを知ってか知らずか、沢村さんは微笑した。
「…彼女は、いない。でも、気になる人は、いるんだ」
私の告白を軽く受け流しつつ、けれど受け入れ態勢がないことを告げた。
「そ…そうなんですか…」
それはこの間の可愛い人ですか?とか、伊東さんが沢村さんは人のものだと言ってたけど、その人のものってことですか?とか、訊きたいことはあったけど、それ以上の言葉を口にすることができなかった。
「ちなみに藤森さんは、彼氏にはいつも傍にいて欲しいと思う?」
「…そ、それは、そうです。そばに、いて欲しいと思うのが、普通じゃないですか」
沢村さんの質問の意図がわからないまま答えた。
「じゃあ、なおさら難しいよ」
困ったような笑顔で、沢村さんは私の気持ちを受け入れない。優しく、穏やかに、あくまでソフトに。
人の告白を、そんな大人の笑顔で軽く受け流そうなんて、ずるい。
私はそんなに簡単に、諦めたりしない。
こっちを向いて。
私を残して屋上の出入り口に向かう沢村さんの背中を見つめて願掛けをする。もし、沢村さんが振り向いたら、諦めない。
不意に、沢村さんが振り返った。
「ごめんね」
優しい笑顔でとどめを刺す。あくまで軽く、あくまでソフトに。
私を拒むなら、もっとちゃんと息の根を止めて。
そうでなければ、諦めるなんて簡単にできないの。




