14 EYES ON ME -bee #6-
西村さんが部屋を出て行ってしまい二人きりになると、それを避けるように相田さんは「ちょっと資料室に」と言い置いて席を立った。
この間から、ずっとこんな感じだ。俺を避けている。
相田さんに告白した時、相田さんの態度があまりにいつも通りで、その変化のなさに落胆したりもした。だけど、こうも露骨に避けられると、それはそれでキツイ。
「ねえ、桐島くんたち、喧嘩でもしたの?」
相田さんと入れ替わるように部屋に入ってきた富永が尋ねた。
「わかりやすいくらい相田さん、桐島くんのこと避けてるけど」
「…喧嘩はしてないけど、たぶん、怒らせた」
「原因がわかってるなら、さっさと謝れば?」
他人事だと思って簡単に言う。それができれば苦労しない。謝ろうと近づけば避けられ、二人きりになることもできない。だけど、まさか人前で謝るわけにもいかない。
「資料室、今、一人だと思うけど?」
見透かされたように富永に促された。
「いってらっしゃ~い」
ニッコリ笑って手を振る姿は男なら騙されそうに可愛いが、いたずらを企んでいる子どものようにも思える。
富永の言う通り、資料室には相田さん一人しかいなかった。書棚の間を覗くと、相田さんが背伸びをしてファイルに手をかけた。何とかファイルを引き抜いたが、後ろにバランスを崩す。
後退してきた背中を胸で支え、肩に手を添える。振り向いた相田さんが俺の顔を見て慌てて体を離した。その拍子にファイルが落ちる。
「こういう時は、遠慮しないで俺を使ってくださいよ」
ファイルを拾い上げて差し出した。「あ、りがと」と、ぎこちなく受け取った相田さんは、じゃあ、と立ち去ろうとする。
逃げられないように書棚に手をついた。
左手で彼女の進行方向を塞ぐ。反対側に逃げられないように右手で退路も絶った。俺と書棚に囲まれた相田さんは、ファイルを胸に抱えたまま困ったように俺を見上げた。
ああ、まずい。そんな顔されたら、キスしたくなる。
「…桐島?」
顔を近づけると、相田さんは息を呑んでファイルで口元を隠した。
「この間は、すみませんでした」
「え?」
「あれを怒ってるんでしょう? 展望台で…」
「ああ、あれは…いいの。怒ってないよ」
ファイルで顔を隠したまま相田さんは言った。
「怒ってますよね?」
「怒ってない」
「じゃあ、何で俺を避けるんですか?」
あれ以来、相田さんは俺を見ようともしない。目が合って露骨に逸らされるならまだしも、目が合いもしないのだ。
「…避けてないよ」
相田さんはファイルで顔を隠して斜め下を向いている。
「避けてます」
「避けてないって」
そんな押し問答を何度か繰り返す間も、相田さんは俺を見ようともしない。
「じゃあ、何でこっち見てくれないんですか?」
好きだと告白して、俺を見てと哀願した。デートまでこぎつけて、やっと近づけたと思ったのに、目も合わせてもらえないなんて、これじゃあ前より悪い。
「こっち、向いてください」
「…無理」
告白した時と同じような会話が交わされる。まだ少しも進歩していないということだろうか。
「力ずくで向かせますよ?」
一度でいい、ちゃんと俺を見て。
強引にファイルを退かした。
「…意地悪、言わないで…」
顔を真っ赤にした相田さんが潤んだ瞳で俺を見上げた。その瞬間、理性が吹っ飛んだ。気づけば、その唇を奪っていた。
腕の中で相田さんが身じろぎして抵抗する。思いきり肩を突き飛ばされた。
「……二度としないで…!」
潤んだ瞳が鋭く俺を睨みつけた。
そのまま相田さんは俺に背を向けた。引き留めようと伸ばした手をするりと抜けて、足早に去る。バタン、と資料室のドアが強く閉められた。
「…さいてー、俺…」
力なくその場にへたり込んだ。自分の醜態に今更ながら猛烈に後悔する。謝りに来て、余計に怒らせてどうするんだよ。
可愛かったから襲ったなんて、ただのケダモノだ。
彼女はもう、許してくれないかもしれない。
激しく落ち込む俺を見かねて、富永が外で昼食を取ろうと誘ってくれた。会社の近くのカフェで食事をしながら、かいつまんで事情を話す。
別に話したかった訳じゃないが、勘のいい富永には俺の失態を何となく見抜かれていて、質問に答えていくうちに大方の事情を話してしまっていた。
「それはまた、短絡的な…」
俺の行動に呆れたように呟いて、富永はアイスティーを飲んだ。
「謝ろうとして、余計怒らせるなんて、最悪だ」
頭を抱える俺に、富永は例のいたずらっ子みたいな笑顔を向ける。
「でも、私が思うに、相田さん、そんなに怒ってないと思うけど」
「何でそう思うんだよ?」
「女の勘」
きっぱりと言い切った富永に、心の中で反論する。お前の勘なんか当てにできるか。
ああ、でも、その勘が当たっていますようにと、願わずにはいられない。




