13 ミステイク -bee #5-
失敗した、と気付いた時には遅かった。
「ドライブとか、どうですか?」
「え?」
「今度の土曜日」
突然の話題に首を傾げると、まさか忘れたわけじゃないですよね、と真剣な顔をされた。
「今度は俺の好きなところでいいって言ったじゃないですか」
沈黙したままの私に、桐島は女の子なら誰でも頬を赤らめそうな満面の笑みで言った。
「ここのところ忙しくてまともに話もしてなかったから、デートしましょう」
確かに、プロジェクトが本格化して新しい人員も補充され、彼らの配置や仕事の指示などでバタバタしていて、プロジェクトメンバーはまともに顔も合わせていなかった。
同じプロジェクトメンバーである西村くんと富永さんはまだ忙しいみたいだけど、私と桐島はひと段落して一息ついていた。
唐突なデートの誘いに困惑し、でも、そういえば、前回私が「次」の話をしたのがいけなかったのだと思った。
あの時は、ああ言ったけど…。
「桐島は、平気なの?」
「予定なら空いてますよ。あ、もしかして、相田さん都合悪いとか? 別の日に変えましょうか?」
「そうじゃなくて!」
首を傾げる桐島の目を見ずに続ける。
「私、どんなに時間と労力を費やしても、桐島の望む答えを出さないかもしれないよ。それでも平気?」
脈がないのにデートを繰り返したって時間と労力の無駄だ。私は桐島と出掛けるのは嫌じゃないから構わないけど、桐島はどうなのだろう? 努力しても振り向かないかもしれない女と出掛けて楽しいのだろうか?
「相田さん、俺のこと、気にかけてくれてるんですね」
嬉しそうな笑顔の桐島からは、何だかズレた答えが返って来た。「いや、あのね…」と話を元に戻そうとすると、「だって、そういう心配してくれるってことは、俺のこと考えてくれてるってことでしょう」とポジティブシンキングが披露された。
「それに俺、相田さんがどんな答えを出そうと、それはいいんですよ」
もちろん、俺を好きになってくれたら嬉しいけど。と照れたように言ってから語を継ぐ。
「ただ、今は相田さんと一緒に出掛けられるのが嬉しいんです」
だから俺のこと、そんなに気遣わないでください。相田さんとデートできるだけで、俺は嬉しいんですから。
桐島の言葉は、まるで私に都合がよくて、そんなんでいいのかとも思った。こんな女の子好みのセリフをポンポン言えてしまう人が、どうしてわざわざ私なんかを好きだと言うのだろう。可愛い女の子をよりどりみどりだろうに。
どうして桐島が私に好意を寄せてくれているのか、今さらながらに疑問に思った。好かれるようなことの一つもしていないのに、どうしてこんな風に真っ直ぐな気持ちを向けてくれるのだろう。
桐島が私を好きだと言うのは、何かの間違いじゃないかとさえ思ってしまう。
結局私は優柔不断なのかもしれない。今度のデートも断りきれずに行くことになってしまった。
桐島の車で地元のドライブコースを回り、それから、夕方にさしかかると桐島が行きたいところがあると車を走らせた。
「高校生の頃、部活のロードワークでよく登った山なんですよ」
海岸線のドライブコースを抜けてその山へと向かう。そこは岬から程近い小高い山で、山というより丘に近いだろうか。海に面した展望台があるらしい。少し昇ったところに駐車場があり、そこから階段を登って展望公園に出た。
公園の隅にある緩やかな階段を登ると展望台がある。展望台のテラスを回って海側に出ると、眼下に一面の海が広がっていた。
「すごい…」
思わずその景色に見惚れた。
穏やかな海は傾き始めた太陽の黄金の光を受けてキラキラと輝き、雲間からは幾本もの天使のはしごが掛かっていた。海に降る光の筋の幻想的な光景に、言葉を失った。
「綺麗でしょう?」
隣からする桐島の声に頷いた。
「うん、ほんと、すごく綺麗」
景色の美しさに感動して、食い入るように海を見つめた。
「ここからの夕日が好きで、相田さんにも見せたいと思って」
「ありがとう」
素晴らしい景色を見せてくれたことに素直にお礼を言った。
隣の桐島を見遣ると、こちらを向いて微笑んでいた。
その大人びた表情に、心臓が跳ねる。
まさか、そんな甘く優しい微笑を向けられているとは思わなかった。後輩だからと、いつも年下扱いしていた桐島の大人の男の顔に、ドキドキする自分が情けない。
何だか恥ずかしくて目を逸らしたいのに、視線を外すことができない。
自然と、私と桐島は見つめ合う形になった。
海からの風が私の髪を吹いて頬に髪がまとわりついた。その髪を桐島の手が梳いて退ける。
見つめ合ったまま、桐島の目が近づけられた。
「…ファイ、オー! ファイ、オー! ファイ、オー!」
不意に何人かの男の子の掛け声が聞こえて、桐島は手を離し、私は体を背けた。
「頂上までダッシュ十本!」
「キャプテン、鬼!」
「もう無理!」
「はい、スタート!」
高校生らしき男の子たちが展望台の脇の階段を登り出した。サッカー部か何からしい。近くの高校生が部活のロードワークでもしているのだろう。
「桐島の後輩?」
「そうみたいですね」
何だか気まずい雰囲気を紛らわそうと話を振った。
「何部だったの?」
「サッカー部です」
「そうなんだ」
どうにもそれ以上の会話が成立せず、仕方なくそのまま車に戻った。
その後、レストランで夕食を取ったけど、桐島を意識して緊張してしまって、料理の味などよくわからなかった。
桐島も気を使っていろんな話題を振ってくれたけど、どうも上手く話を続けられなくて、気まずいまま別れた。
だってまさか、あんな顔をしているとは思わなくて。
その表情に心を奪われたなんて認めたくなくて。
あの後、高校生たちがこなければ、そのまま流されてしまったかもしれないと思うと、情けないやら恥ずかしいやらで、桐島の顔をまともに見られなかった。
どうかしている。
こんなの何かの間違いだ。




