12 You have what I want -citrus #2-
「ヒロくん?」
昔と同じ呼ばれ方をされて、一瞬で思い出した。
「茉里絵?」
「ああ、やっぱり」
彼女は、当時と変わらぬ愛らしい笑顔を見せた。
「久しぶり、元気だった?」
ヒロくんが大学卒業して以来だよね。今どこで働いてるの?などと旧友と再会した時のような会話をして、近況報告を互いにした。
「あ、待ち合わせがあるから、そろそろ行くね」
と、茉里絵はカフェを出て行った。カフェに一人でいたところ、旧知に出会うなんて、そんな漫画みたいな展開があるのかと思った。
茉里絵と入れ替わりに俺の待ち合わせの相手が来た。
「ごめん、遅くなっちゃった」
と彼女は俺の向かいの席に座った。
「今出てった子、知り合い? すごくかわいいね」
外から俺達が話しているのが見えたのだろう。
ウェイトレスが注文をとりにきて、彼女はアイスカフェオレを注文した。
「大学時代の友達」
「元カノ?」
「…そう」
富永茉里絵は、大学時代、俺の彼女だったことがある。
「へえ、何で別れたの?」
そんなことを訊いてどうするんだ、と尋ねると、参考までにと彼女は言った。聞いても仕方ないとは思ったが、相手が聞きたいと言うので、話し出した。
俺が大学三年の時、茉里絵は一年でサークルに入ってきた。サークル仲間の男どもがこぞって狙うような美少女だった。男たちは浅ましくも彼女に猛アピールし、見事、俺が口説き落とした。
とにかくカワイかったのだ。愛らしい顔に、思わず守りたくなるような女の子だった。付き合ってみても、やっぱり茉里絵はかわいくて、ちょっとワガママなところはあったが、それを補うほどのかわいさで、自慢の彼女だった。
ただ一つ、気になっていたのは、彼女の背後に見え隠れする男の存在だった。「秀明」と彼女はそいつを呼んでいた。
何がショックって、俺と一緒にいる時でさえ、彼女は奴の姿を見つけると駆け寄っていく。彼女に「誰?」と問えば幼馴染だと答えた。幼馴染が仲がいいのは当然なのかもしれないが、幼馴染のいない俺にはわからない関係だった。
何かと彼女の話題に顔を出すその男を、よく知らないのに俺はよく知っていた。知らず知らずに、俺はそいつに対抗心を抱くようになった。そして彼女に、その男の話題を俺の前で出すことを禁じた。俺の意図がわかったらしく、それ以来彼女は俺の前でそいつの名前を出すことはなく、そいつの姿を見つけても駆け寄らなくなった。
サークルの帰り、茉里絵と一緒にエレベーターに乗った。二人きりのエレベーターで次のデートの約束をしていた時だった。急にエレベーターが揺れ、そして動かなくなった。エレベーターの灯りも消え、暗いエレベーターに取り残されてしまった。
「何…?」
怯える茉里絵を抱き寄せて「停電かな」と落ち着いたフリをした。停電なら、しばらくすれば戻るだろうと思っていたが、しばらく経っても回復はしなかった。ケータイの灯りで連絡用の電話を探し、外部との連絡を試みた。ところが、古い校舎の管理が怠慢だったのか、連絡用の電話は壊れていてつながらなかった。仕方なくケータイで誰かに連絡を取ろうと彼女に提案した。
頷いた彼女が真っ先に掛けたのは、あいつだった。
「ひであき? 私。あのね、今、学校のエレベーターに閉じ込められて…」
不安そうな声で事情を話す彼女に、電話越しに優しい声が掛かる。
「大丈夫か?」
「うん…でも、早く助けに来て」
「わかった」
静かなエレベーターの中で二人の会話が聞こえて胸がチクリと痛む。茉里絵を引き寄せてギュッと抱き締めた。
「ヒロくん、大丈夫だって。秀明がすぐに学校に連絡してくれるって」
俺が怖がっていると思ったのか、茉里絵は明るい声で俺を元気付けるように言った。その安心しきった奴への信頼感が、胸の痛みを大きくした。
しばらくして、エレベーターの灯りがついた。二人して電気を見上げる。するとすぐにエレベーターが動き出し、近くの階に着いてドアが開いた。
「茉里絵!」
ドアの外から掛けられた声に、とっくに俺の腕の中から抜け出した彼女が飛び出した。
「秀明!」
茉里絵はそいつの胸に飛び込んで、ぎゅうとしがみついて泣き出した。
「怖かったか? 大丈夫か?」
優しく声を掛けて頭を撫でる男に頷いて、彼女はその胸に顔を埋めた。
もう俺の存在など忘れ去っているかのようだった。俺には見せなかった涙を、あいつの前なら簡単にこぼすのだと、その時悟った。
「ふーん、とられちゃったんだ」
話を聞いていた相手が言った。
「いや、ちょっと違うな。最初から俺のものじゃなかった」
きっと今日も、あいつと待ち合わせなんだろうと思っていると「ふーん」と話を聞いていた相手が腕時計を見遣った。
「あ、そろそろ映画始まるから行こうか」
「ああ」
俺の左手と揃いの指輪をした彼女を伴って席を立った。俺のものになることを承諾してくれた彼女と、手を繋いで歩き出した。




